「ちはやふる」創作ノートを大公開! 百人一首の持つ奥深い魅力とは?

『ちはやふる』の名場面は、このノートから生まれた! 2022年冬発売の第50巻で完結することが発表された『ちはやふる』。 それに先立ち、作者の末次由紀さんが百人一首の名歌について学び、アイデアを膨らませるために作成した創作ノートが単行本として発売されました。 その名も『ちはやふる百人一首勉強ノート』。その「はじめに」の部分を全文公開します。 自筆の文章とイラストで鮮やかに描かれる百人一首の豊かな世界へようこそ! 〈本記事は「現代新書Web」で2022年4月19日に配信されたものの再録です〉

『ちはやふる』の名場面は、このノートから生まれた!
2022年冬発売の第50巻で完結することが発表された『ちはやふる』。
それに先立ち、作者の末次由紀さんが百人一首の名歌について学び、アイデアを膨らませるために作成した創作ノートが単行本として発売されました。

その名も『ちはやふる百人一首勉強ノート』。その「はじめに」の部分を全文公開します。
自筆の文章とイラストで鮮やかに描かれる百人一首の豊かな世界へようこそ!
〈本記事は「現代新書Web」で2022年4月19日に配信されたものの再録です〉

 

 

若宮詩暢の目線に近づきたい

小さい頃からノートを作るのが好きでした。もともと、白い紙と鉛筆さえあれば、ずっと絵を描き続けているような子どもでしたが、勉強をするときも、書いて覚えようとするタイプでした。小学生だった頃から今に至るまで、書かないと身にならない、という思いは変わっていないような気がしています。

2007年から連載をしている漫画『ちはやふる』には、競技かるたに青春を懸けるキャラクターが登場します。主人公・綾瀬千早のように、音を重視するキャラクターもいれば、クイーンの若宮詩暢(しのぶ)のように、小倉百人一首の歌人の個性など、歌の中身を重視するキャラクターもいます。


最初の頃は、必要になるたびに各首について少しずつ勉強していましたが、連載が進むにつれて、詩暢という人物を書き込むためにも、彼女の目線に近づきたい、そう思って、第一首から第百首まで、一から勉強しようと作りはじめたのが、このノートです。

勉強を通してわかったこと

それぞれの歌にはどのような技巧が凝らされているのか、何がきっかけで詠まれたのか、作者や時代背景を知りたいと思って、百人一首についての文章をいろいろ読みました。もちろん文章を読んでわかったこともたくさんありますが、読むだけでは、通り過ぎてこぼれ落ちてしまう部分も出てきます。だから小さかった頃と同じように、ノートにしてみました。

でも、自分で書いた文字をもう一度読み返すのは、じつはそれなりにカロリーを消費します。目視的に楽しくないと、何度も自分で見返そうというモチベーションを維持できないので、歌人たちの絵を描くことにしました。なかには、少しおちゃらけたキャラクターも登場させて。

結果として、絵を描いてみたことは、歌の作者についてのイメージをふくらませる糧になりました。高校生の頃には、百人一首のクラブに入っていて、クラブの前の授業中に百人一首の本をこっそりと読んだりしていたのですが、やはり自分の手を動かしてみないと疑問も浮かばないんですね。

同じ百人一首の歌人といっても、時代でいえば、じつは500年くらいの開きがあります。最初に勉強をはじめた頃は、第一首の天智天皇の頃も衣装は後の平安時代と同じだろうと思っていましたが、調べてみるとまったく違うことに気づきました。時代が進むにつれて、どんどん衣装の流行も変わっていったのがわかるようになりました。当然、男性と女性でも違うし、身分によってもまた違う。天皇じゃないと、この衣装は着ないんだ、といったことも知りました。

百人一首の成立

百人一首の成立は、藤原定家が、宇都宮頼綱(蓮生)から京都・嵯峨野にある自分の山荘の襖に飾る歌を選んでほしいと頼まれたのがきっかけだといいます。襖障子1枚に、歌が書かれた色紙2枚が貼られていたと伝えられます。

障子は大きなキャンバスです。そこに、たとえば紅葉や川が描かれた絵がある、とします。空気感のある絵だけでも美しいですが、いっしょに「ちはやぶる神代も聞かず龍田川 から紅に水くぐるとは」という歌を置いてみた。そのセンスには、うならされます。

美しい景色に、歌も添えられると、強い光が差し込んだようになる。YouTubeでは、アーティストの音楽とともに、アニメの絵がよく流れますね。その相乗効果と似ているのかもしれません。襖障子の前で過ごす時間も長かったでしょうから、絵と歌を見て、当時の人はどう思っていたのでしょうね。

藤原定家から手渡された切符

障子に色紙を飾る文化があったといわれても、今の私たちからすると、すぐにはわかりませんが、いろいろ調べているうちにイメージが浮かび、『ちはやふる』に登場するキャラクターの人物像がふくらむきっかけにもなりました。ですから、この本は勉強ノートでもあり、一種の創作ノートと思ってもらってもいいかもしれません。

このノートのなかで、百人一首とは、定家から手渡された切符なんだ、と書きました。百人一首は、もっとも身近な、手に取りやすい古典です。百の歌には、数多くの歌のエッセンスがつまっています。

掛詞、歌枕が入り、三十一文字をさらっと読んだだけではわからないような技巧が凝らされている歌が百人一首には多くあります。あなたのことが恋しいという気持ちをただ歌にするのではなくて、かつての本歌を踏襲して、自分の知識、感性をすべてつぎこんで作られたような歌があります。

当代随一の歌人が集まって、技を競わせる歌合せのようなシステムがあったから、歌人たちは自分の技を磨いて磨いて磨き尽くそうとした。そうして作られた歌のなかから、定家によって選ばれた百の歌。一千年読み継がれてきた歌には、やはりそれだけの力があります。ノートを作りながら、このことを実感しました。

和歌のもつ力

私は、古今和歌集の仮名序にある紀貫之の言葉が好きです。

「和歌(やまとうた)は、人の心を種として、万(よろづ)の言の葉とぞなれりける」「力をも入れずして天地(あめつち)を動かし、目に見えぬ鬼神(おにかみ)をもあはれと思はせ、男女の仲をもやはらげ、猛き武士(ものゝふ)の心をもなぐさむるは、歌なり」(『古今和歌集』岩波文庫)

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歌はさまざまな言の葉になる。天地を動かし、鬼神をもしみじみとさせ、男女の仲をやわらかくし、武人の心をもなぐさめる、といった文章です。誰かの心を動かしたり、誰かを説得したり、誰かをひきつけたり、何かを伝える能力は、ますます必要になってきています。

そういう時代だからこそ、言葉を軽んじちゃいけない。表現を磨かないといけない。誰かを傷つけるだけだったり、非難するためだけに、大事な言葉を使わないでほしい、という思いがあります。魔法をかけられるほどの力が言葉にはあるのですから。自分の感度を高めるためにも、古典はきっとあなたの助けになってくれるはずです。

百人一首は高い山みたいなもの

漫画のなかで、若宮詩暢の師匠でもある伊勢大二郎(京都明星会会長)が「百人一首は高い山みたいなもの、千メートルの山に登ると、下におるときは見えへんかった二千メートルの山が見える」(第34巻)という言葉を紹介しています。

これはもともとは百人一首を研究している人の言葉でした。1000メートルの山の向こうには2000メートルの山が見えてくる、それが百人一首の世界だと。研究すればするほどわからない、新しいものが見えてくる。長い間真剣に研究してきた人がこのようなことをいうのですから、とんでもないテーマに挑んだと思います。そういった研究者たちの後ろから、山を眺めているような気分です。

その意味で、現代語訳も使わせていただいた吉海直人先生をはじめとする研究者や白洲正子さん、田辺聖子さんら作家の方のこれまでの成果にはほんとうに助けられました。

いろいろな目線で書かれた複数の仮説を勉強しながら、歌人、歌のイメージをつくり、ふくらませる、それが自分に委ねられていることだと感じて、ノートにしてきました。自分の勉強のためにはじめたノートなので、誰かの目に触れることを想定していませんでしたが、今回本にするにあたって、参考にした資料はできるかぎり紹介させていただきました。

『ちはやふる』は、千早や詩暢らが競技者として、百人一首という山を登る物語です。あの子たちは、クイーンをめざして抜きつ抜かれつするなかで、百人一首の頂点をめざす。一人で登る山は険しく、つらく感じますが、一人でなければ、もっと高い山があるとわかっても、さらに登っていける。

このノートも皆さんにとって、そういう存在になってくれればと思っています。百人一首、そして百人一首の向こうにある歌の数々を知るためのステップのひとつにしてもらえたら、嬉しいです。

〈『ちはやふる百人一首勉強ノート』立ち読みはこちら↓から〉

comic-days.com