『リバーベッド』単行本第1巻発売記念! 「ヤクザ博士」の最速レビュー

追い詰められる少年たちをリアルに描く鬼作『リバーベッド』第1巻発売中

ついに「他人事ではない」少年犯罪の泥沼を活写した話題作『リバーベッド』の単行本が発売された。
これを記念して、近著『テキヤの掟』(角川新書)も重版を重ねるなど、アウトローをテーマとした研究で知られる「ヤクザ博士」こと廣末登氏が緊急特別寄稿。『リバーベッド』のリアルさはどこにあるのか、自らの不良経験も踏まえてどこよりも早くレビューする!


警察庁によると、刑法犯認知件数は、ピーク時の2002年(約285万件)から減少を続け、21年は戦後最少の56万8104件を記録していた。昨年は自転車盗や路上での暴行・傷害などの「街頭犯罪」が前年比14.4%増えて20万1619件となり、全体の認知件数を押し上げた。警察庁は、コロナ禍の行動制限の緩和が、街頭犯罪の増加につながったとみている(「読売新聞」2022年2月3日)。

ただ、そうとはいえ、総じてみると、わが国は安心・安全社会を維持できているようにみえる。一方で、平成後期から令和における一部少年の行き過ぎた犯罪には、眉をひそめるようなものも散見される。

 

シンプルだった昭和時代の少年非行

筆者の時代──1980年代初頭の少年非行といえば、タバコ、シンナー、喧嘩、校内暴力、集団危険行為等、深夜徘徊、万引き、自転車・原付バイク盗など、オーソドックスな内容の非行であった。

喧嘩なども、相手をやること、相手からやられることがあり、「やめ時」を身体で覚えていた。だから、死亡事故につながることは少なかったのだ。

もっとも、先生や親より恐ろしいのが不良の先輩であったことは、おそらく今も昔も変わっていないと思う。

とはいえ、彼らから要求されるのは「タバコ買ってこい」や「コーヒー買ってこい」(いずれも代金は下級生持ちで)、たまに「パー券(パーティ券)買え」とか言われる程度。

面倒くさいケースとしては、同級生に売りつけた携帯型カセットプレーヤーを先輩が取り上げ、使用しているうちに故障したなどの場合、「あのウオークマン壊れた不良品じゃねえか。責任とれや」と、理不尽なケツを持ち込まれる(責任を取らされる)ことくらいであった。

筆者の少年時代は、SNSが発達している昨今の少年に比べると牧歌的であり、概してシンプルな非行であった。

一方、令和の「非行」のリアルを描いたと話題を集めているのが、講談社の青年漫画誌「モーニング」に連載された『リバーベッド』という作品である。原作は『ルポ 川崎』を著した磯部涼氏だ。

『リバーベッド』第1巻

東京の対岸で起こった事件

この作品を読んだとき、筆者はかなり衝撃を受けた。不良の質の変化がヤバ過ぎるのだ。

そもそもこの『リバーベッド』は、原作者が自らの著作である『ルポ 川崎』を下敷きにしたと思われる箇所も多く、フィクションとはいえ、現実と乖離した荒唐無稽なものではない。

『リバーベッド』の主人公が負の連鎖に巻き込まれるのは、多摩川沿いの河川敷をモデルにした場所である。

「川淵は4分の3が埋立て地なんだわ。言ってみりゃ工場地帯にするためにつくられた街だ。東京の植民地だな。俺らはずっと搾取され続けてるんだよ。ここも元は海だからいきなり深くなっている。泳いでみろよ。この街のことがよくわかるぞ」

「(ストロングチューハイのロング缶)飲み干したやつから川に飛び込め。向こう岸に生えている葦を取って、いちばんに帰ってきたやつがリーダーだ。“3人目”にならないように気をつけろよ」

冷酷に下級生に告げる作中の内田先輩──このコミックは中学生の主人公が死ぬまでの物語である、と冒頭で語られている。

 

リアル河川敷殺人事件

多摩川の河川敷と聞いて、ピンと来た読者の方がおられるかもしれない。そう、『ルポ 川崎』(新潮文庫 2021年)の冒頭に紹介されている河川敷殺人事件である。

「二〇一五年二月二〇日、午前六時頃。神奈川県川崎市川崎区港町で、多摩川沿いの土手を散歩中の地元住民が、河川敷に全裸で転がっている遺体を発見した。被害者は中学一年生の少年X。全身に痣や切り傷といった暴行の跡がみられ、特に首の後ろから横にかけては頭部の切断を試みたのではないかと思えるほど、深く傷つけられていた(中略)そして、二月二十七日。当初から主犯格として捜査線上に浮かんでいた十八歳の少年Aが川崎署に出頭。同日、やはり共犯と目されていた十七歳の少年BとCが殺人容疑で逮捕された。彼らは日頃から少年Xを子分のように扱い、犯行当日は態度が悪いと言いがかりをつけて暴行。さらに、最低気温四度の寒夜に裸で川を泳がせた末、致命的な傷を負わせたまま放置」と、生々しい記述がある。

さらに、「事件は近年稀に見る凶悪さに加えて、容疑者のグループと少年Xが、当時はまだ目新しかったソーシャル・ネットワーキング・サービス、LINEでやりとりしていたことから、現代的な事件だと捉えられ、報道が過熱」とある(引用部分 同上)。

『リバーベッド』原作者・磯部涼氏は、実際にこの街を歩き、取材しているからこそ、事件そのものだけでなく、その舞台となった街の様子も克明に記述している。そして、アンダーグランドに生きる若者たちのシステムも。

 

追い詰められる少年はリスクを選択する

「近年、暴対法による規制の強化もあって、暴力団が不況産業化していることはよく知られているが、結果的に締め付けられるのは下部組織だ。そして、その影響は地元の不良少年たちにすら及ぶことになる」

「中学生になると“カンパ”っていう形で上納金を徴収されるようになりました。川崎の不良には自由がないんですよ。バイクで走っているだけで止められる。最悪、当てられて轢かれる。(中略)“カンパ”の理由は因縁みたいなものが多くて。『飲み会やるから来い』『はい』『ここ座れ』『はい』『タバコ吸うか?』『はい』。で、次の日になったら、『お前のタバコのせいでダウン・ジャケットに穴開いたから五万円、持ってこい』みたいな。(中略)“カンパ”の要求はひっきりなしにあり、少年たちは追い詰められていった。彼らは資金を賄うため、ひったくりや空き巣といった犯罪に手を染めるようになる」

「オレは深夜にタバコ屋のシャッターをこじ開けて、レジごと盗むっていうのをやってたんですけど、同じところで繰り返してたら、ある晩、店員がバットを持って暗闇に潜んでて。友達がフルスイングで顔面殴られてぐしゃぐしゃになってましたね。」(引用部分 同上)

 

搾取され、タタキ(強盗)に走る中学生の苦悩

一体全体、ここはどこだ。まさか安心・安全な国、日本ではあるまいと、証言を疑いたくなる。しかし、これは近年の川崎の現実である。

『リバーベッド』は、こうしたエピソードをつなぎ合わせ、極彩色の物語に仕上げている。

内田先輩の指令はシンプルだ。「1週間やるから、3人で10万用意しろ」

「ダサいかもしんないけどさ、先生に相談に乗ってもらうとかどうだ?」

「それで仮に今回の10万は逃げられたとしても、俺たちは、これからも川淵で生きていかなきゃいけないんだぞ」

「入金まであと7日です」

LIME(筆者註・LINEのこと)には、残された時間が流されてくる。

「マジかよ……」

窮地に立たされる主人公と仲間たち。結局、最初の10万は、仲間の一人が親のカードでカネを引き出して急場をしのぐ。

ファンドの入金をした主人公らに内田先輩は新たな指令を出す。

「そんなできる君たちには、早速、次のレベルに挑戦してもらおうか」

「は……?」

「金額は30万。期日はまた1週間ね。はい、よーいドン」

『リバーベッド』の中で搾取され続ける主人公のグループは苦悩する。そして、仲間のひとり翔太は、タタキの犯罪集団に加わる。

 

友達がフルスイングで顔面殴られてぐしゃぐしゃになってましたね

昔から買い物をしていた雑貨屋に忍び込んだ翔太は、「ばあちゃん、ごめん。将来金持ちになったら返すから」と言いつつ、手提げ金庫に手を伸ばす……。

その瞬間、「ゴキブリが!」「オレの金にたかりやがって!」罵り言葉と共に、家人が振るったバットのフルスイングに崩れ落ちる。

結果、「脳挫傷で意識不明。面会もできない」という状況に陥る。

「店員がバットを持って暗闇に潜んでて。友達がフルスイングで顔面殴られてぐしゃぐしゃになってましたね。」という『ルポ 川崎』の証言を彷彿とさせる場面だ。

 

磯部涼氏が書く「原作の目が離せない展開」

関東などで相次ぐ広域強盗事件が巷間を騒がせている。この事件では、「広域強盗 21年夏以降発生の50件以上が関連か 60人超逮捕」という報道がなされている(「毎日新聞」2023年2月8日)。

SNSを通じて闇バイトで集められた人間が多いこと、若者が多いことが特徴だ。中には10代の少年も含まれている。

『ルポ 川崎』や『リバーベッド』を読むと、オレオレ詐欺やタタキに巻き込まれる人間が置かれた境遇が知りたくなる。

そこには、現代社会を生きる老若男女が抱える様々な苦悩が見いだせるのではないだろうか。

特殊詐欺やタタキに加わる人は特殊事例かもしれない。しかし、それは、南米や東南アジア、あるいは世界のどこかで起きているのではない。それらの事件は現代の日本で起きているのだ。

磯部涼氏が「見た、聞いた、会話した」のは、川崎のごく一部の人かもしれない。しかし、彼は少なくとも現地でズボンの尻を汚して、地域の「声」を集めている。だからこそ、彼が描く『リバーベッド』は、作画を担当した漫画家・青井ぬゐ氏に「原作の目が離せない展開に、毎度衝撃を受けながら描かせていただいております」と、コメントさせたのだと思う。

現代社会のごく限られた一角。とはいえ、誰もが陥る可能性を否定できない暗くて危険な船底の社会。かつて船底に生きた筆者ですら、中学生が主人公のこうした作品が書かれる時代がきたとは信じられない。

しかし、それが現実ならば、我々は目を背けるべきではない。あなたの子や孫が生きる未来の社会を考えるためにも、勇気を出して『リバーベッド』を手にとっていただききたい。

 

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