『潰国のユリウス』外伝①「ヴァイパーとの出会い」
帝国軍に差別はない。ただ能力でもってのみ評価される。これは建前でなく真実である。
しかし、軍組織と制度に差別はなくとも、各司令官の考えは別だ。
私が配属された部隊の司令官は、純血主義者──昔からの帝国領民であり、かつ軍人の家系である。そういうことに重きをおく性格であった。故に植民都市出身であり、かつ孤児である私を疎んじた。軍学校主席卒業の肩書きですら、自分の知己が次席となった原因として舌打ちまでした。
私は他の指揮官に能力で優越しながら二線級の部隊を任され、栄誉ある任務からは遠ざけられ、僅かな失態を数倍にして責められた。
そうした仕打ちの中で私の方もまた、いじけて反抗的となり評価を下げた。こうして私のキャリアが終わろうとしていた時だった。
「君がマクレガン君かな? ヴァイパー・マクレガン中尉」
「は、そうであります。……中佐殿」
見覚えのない顔であったが、中佐の階級章を見て敬礼する。
そして鼻を小さくならした。相手の視線が敬礼の動作で揺れたであろう胸を凝視していたからだ。
「失礼。あまりに大きく魅力的だったのでつい。ユリウス・ローア中佐だ」
「ローア中佐……」
人より優れている記憶力で思い出す。
先の紛争にて、一個大隊800名で敵の師団15000名を粉砕した名将。帰還するなり新進気鋭の女優との情事をタブロイド紙にすっぱ抜かれて軍団長から拳骨を貰ったと噂される人物。
「君をスカウトしに来たんだ。実は今度、旅団を任されることになったのだけど、人が足りなくてね。それにしても女性だとは聞いていたけれど、こんな美人だとは。素晴らしい」
結局、私は彼の誘いにのった。決して評判の良い人物ではなかったが、今の部隊で未来がないことはわかっていたし、軍にも失望して半ば自棄になっていた。
何より名将の戦歴にはそぐわないボンクラな見た目のこいつに、本当は優秀な私を見せてやる……そんな思いもあった。
1ヵ月後。
「も、もう持ち堪えられません! 敵の砲火力は圧倒的で援軍もない! このままでは壊滅する……撤退です! それ以外に選択肢はない!」
「ま、そう結論を急がずに。予備の3中隊を左翼に回して凌ごう。2時間も持ち堪えればこちらの砲兵の移動が完了する。敵砲兵は攻撃だけを考えて見通しの良い丘に陣取っているから、対砲兵射撃ができれば、まだまだ挽回できるさ」
そして彼の言う通り、味方は絶対不利から巻き返し、算を乱して逃げたのは敵軍であった。
「ね、案外なんとかなるだろう?」
活躍できないのは司令官と組織のせい。機会さえあれば誰よりも優秀であると思っていた私は自分の限界を知った。
だが嫌な思いはまったくなかった。私が無能なのではなく、閣下が歴史に名を残すような英傑なのだとわかったからだ。
そして嬉しかった。戦争以外はまるで何もできないこの人の補佐をすることができるのだ。
私と同じく疎外されたもの、軽んじられた者達が集まり『我らが旅団』はやがて我らが師団となり我らが軍団となった。
もう自分自身の評価など気にならなかった。何を言われても平気だった。
私は確かに、大いなるユリウス軍団の一部になっていたのだから。
栄光の日々はいつまでも続く。そう信じていた。
▼▼この外伝①は『潰国のユリウス』プロローグに続きます。▼▼
『潰国のユリウス』外伝②「ルップルの隠し財宝」
さて、事も落ち着いたところでルップルについて改めて見てみようと思う。
まずは地形。ルップルは海にも山にも近い場所にある。森林ともいえる山から海までの狭間地帯、海に注ぐ川に沿って村が形成されている。
山の幸と海の幸どちらの恩恵にも預かれるが、逆にどちらからの災害も受けることがある。故に強い指導力を持つリーダーが好まれる風潮にあり、元はよそ者のゴルラもリーダーとして問題なく受け入れられている。
ちなみに山側の見張り台に居たリシュが、海から来る大波に気付いて漁船に叫び知らせたという話もあるそうだ。
「クワ壊れたからゴルラの借りるよぉー」
リシュの叫びがこだまする。畑を手伝いながら沖の漁船にいるゴルラまで平気で声が届いている。距離にして約3km……リシュの声は警笛かなにかだろうか。
気を取り直して次はルップルの産業だ。農業と漁業がほとんどで、収穫物はそのままか、せいぜい塩漬けや乾物に加工するぐらいだ。
農作物には収穫税、漁業では船や漁具にかかる税金が重いらしく、その分を税金をかけにくい狩猟や山菜の採集などで補っている。
ある時、リシュが漁船の手伝いをしていると、沖合にいてルップルでは取れないはずの大型魚が入れ食いのお祭り騒ぎ、通称「リシュの大漁」があり、女神のような扱いを受けたそうだ。
しかしその1週間後にリシュはキノコ狩りで種類を間違い、村の6割が寝込む「リシュの食中毒」を引き起こして女神ではなくなった。一番食べた本人はなんともなかったそうだ。
まとめるとルップルは発展していない。中世レベルの製造業すらまともにない。豊かにはなれないが、また食うに困ることはないのどかな田舎村……それがルップルなのだ。
「さて今日の仕事場についたぞ」
村から1分の岩場。ここに生える山菜が料理の味付けに必須なのだ。普段この仕事をしている8歳のミーちゃんが熱を出したので代わりにやり遂げなければ。
「ユリウス鈍くさいけど大丈夫? 落ちちゃったら怪我するよ? 滑る苔に気をつけてね」
随分心配されたが問題はない。
「いざ!」
崖に足をかけた瞬間に苔で滑って視界が一回転、そのまま転げ落ちて仰向けに倒れ込む。
「ぐ、情けない……む、こんなところに洞窟?」
洞窟は入り口が低く、文字通り寝ころばないと見えなかった。
覗いてみると何かが整然と並んでいる。
「隠し財産金貨の山……なんてね。ははは」
笑いながら腰を屈めて洞窟に入ってみる。
「燻製、漬物、干した果物……村の備蓄じゃないな。それに見覚えのある形だ」
「見たな。私の隠し財宝を」
聞き覚えのあるドスの聞いた声と共に、俺の意識は途切れた。
崖で滑って気絶していたとリシュが教えてくれたので、そうだと思っておこう。
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