『GIANT KILLING extra』の新しいインタビューシリーズが始まりました。
Jリーガーが語る、家族の物語《ファミリー》。いつも応援している選手たちの、普段見せない顔に、ぜひ出会ってください。
7人目の登場は、川崎フロンターレ・谷口彰悟選手です。
Jリーガーが語る、家族の物語《ファミリー》。いつも応援している選手たちの、普段見せない顔に、ぜひ出会ってください。
7人目の登場は、川崎フロンターレ・谷口彰悟選手です。
あの日、谷口彰悟は川崎フロンターレのチームメイト数人と近くの温泉に出掛けていた。熱いお湯に浸かり、心身ともにリフレッシュした彼は、自宅へと車を走らせていた。すると、勝利した試合のあとでもないのに、立て続けにスマートフォンが鳴った。胸騒ぎがして画面を覗くと、多くの友人や知り合いから一斉にLINEが届いていた。
「突然、バーッてみんなからLINEが入ってきて『大丈夫?』って書いてあるから、『えっ?』ってなったんですよね。それで何が起こったのか知りました」
2016年4月14日21時26分——谷口が生まれ育った熊本県熊本地方を震源とする震度7の地震が起きた。
震災で避難所生活が続く中でも、谷口を気遣ってくれた両親
谷口は急いでテレビをつける。小さな画面からは故郷・熊本で大きな地震があったというニュースが流れていた。「慌てて両親に電話したんですけど、つながらなくて。何度、電話しても全然かからない。電話よりもLINEのほうが連絡を取れるんじゃないかと思って、谷口家のグループLINEがあるので、そこにメッセージを入れたんですけど、それでもなかなか返信はなかったですね……」
ちょうど、そのとき鹿児島に出張中だった父・登志夫さんにも電話はつながらなかった。9歳上の姉・友季子さんと3歳上の兄・慶祐さんも熊本県内に住んでいるが、離れて暮らしている。そのため実家には母・春江さんと祖母の二人きりだった。
胸騒ぎは大きな不安に変わり、谷口の心を支配していく。部屋に戻ってからもニュースを見ながら、何度も、何度もスマートフォンの画面を眺めた。
「何度見ても、自分が送ったメッセージが既読にならなくて。あのときは本当に気が気じゃなくて……。それからしばらく経ってからですかね。家族みんなの安否が確認できたのは。とりあえず、ひと安心して、それから高校の同級生とかにも連絡を取って、自分の身の回りに大きなケガや事故に遭った人がいないことが分かって、少しだけホッとしました」
ただ、地震は一度だけではなかった。翌日にかけて大きな地震が数回続くと、16日にも震度7を観測する地震が起き、さらに規模の大きい揺れが続いた。
「2回目以降の地震がかなりひどかったみたいなんですよね。ぐちゃぐちゃになった家を整理しようかというタイミングで起きた。実家は震源地に近いこともあって、壁に亀裂も入り、怖くてもう住める状況じゃないという。だから、近くの広場にテントを張って、車で寝る生活をしているという話を聞きました。それを僕は電話で聞くことしかできなかったんですけどね」
すぐにでも熊本へ飛んで行きたい気持ちでいっぱいだった。母親と、熊本に戻ってきた父親から惨状を聞けば聞くほどに、その思いは募っていった。
「常に心配はしていました。ちゃんと寝られているのか、ちゃんと食事はできているのかって。でも、こっち(自分)はシーズンも続いていましたし、試合もありましたから。気持ちの切り替えは、難しかったですね」
東日本大震災の復興支援を続けているクラブやチームメイトも、すぐに熊本への支援物資を集めるなど動いてくれた。風間八宏監督からも「実家のことが心配だろうから、気になるなら帰ってもいいんだぞ」と優しい声を掛けてもらった。
そんな谷口の心情を慮ってか、両親には電話をするたびに、逆に励まされ、勇気づけられた。
「連絡しても『こっちのことは心配せんでいいから』とか『お前はサッカーがんばれ』って言ってくれて……。『試合は見られないけど、結果は確認しているから』って、気丈に振る舞ってくれていました」
避難所での生活を余儀なくされていてもなお、自分を気遣ってくれる両親の声を聞き、谷口はサッカー選手としての使命を全うしようと固く誓った。
「それで思いましたよね。自分が試合に出て活躍して、しっかりと結果を残せば、それだけでも思いは伝わる。両親や地元の人たちに、僕もサッカー選手としてがんばっているという思いを……うん……届けたかったというか。その気持ちは強かったですね。だから、ピッチに立つ以上は、サッカー選手として結果を残すためにがんばろうと思いました」
だから谷口はピッチに立ち続けた。また、その思いが彼を突き動かしてもいた。
谷口が故郷に戻ったのは、震災から1ヵ月が過ぎようかというころだった。熊本駅まで迎えに来てくれた友人の車に乗り込むと、車窓から見える景色に思わず息を飲む。すでに日は暮れていたが、そこに自分が見慣れたかつての町はなかった。 (前編了)
取材・文=原田大輔(SCエディトリアル)
写真=佐野美樹
写真=佐野美樹
谷口彰悟(たにぐち・しょうご)
1991年7月15日、熊本県熊本市生まれ。MF。熊本県立大津高校時代は2年生のときに全国高校サッカー選手権に出場。その後、進学した筑波大学でもユニバーシアード日本代表として活躍。2014年に川崎フロンターレに加入すると、プロ1年目から頭角を現しリーグ戦30試合に出場した。リーグ戦全試合に出場した昨季に続き、今季もCBとしてチームの躍進を支えている。後編へ続く