「ブルーペナントって知ってますか?」
笑いと本心。そこに見え隠れする芯の強さがある。もはや完全に佐々木の人間性に引き込まれていた。
日本代表に選ばれるまでを振り返るなかで、たまたま、ここまで指導してきてくれた恩師について聞いた。すると佐々木はこんな話をしてくれた。
「日本代表に初めて選ばれたとき、大学時代の監督だった木村哲昌さんから電話があったんですよね。『おめでとう』って言ってくれるのかと思ったんですけど違って、『ここからが大事だからな』と、逆に厳しいことを言われたんですよね。だから、ちょっと拗ね気味に『がんばります』って答えました(笑)」
これはもちろん、佐々木なりのリップサービスである。
「ブルーペナントって知ってますか? 日本代表に初めて選ばれると、それまでお世話になった各カテゴリーの指導者の方に、そのペナントを送ることができるんですよね。だから、小学校のときから大学まで、お世話になった恩師の方、全員に贈りました。特に高校のときの大野真監督には、今もお世話になっているので、形として何か残すことができて、最高にうれしかったですね。大野監督は厳しかったですけど、まだ子どもだった自分に、人間性というか、人としてどうあるかべきかを教えてくれた。そのあとの大学時代もがんばりましたけど、大野監督に出会わなければ、今の自分はなかったかもしれない。それくらい僕の人生でも大きいな出会いだったんです」
話をしていくと気づかされる。森保監督に対してもそうだが、佐々木は出会った恩師たちへの感謝を素直に口にする。その根っ子はどこにあるのだろうか。佐々木は言う。
「僕は全然、エリートではないですし、現実を見ながら、その時期、その時期で苦しみながらも、ちょっとずつ、ちょっとずつ成長してこられたのかなって思っているんですよね」
その過程でサッカーをやめたくなったことはなかったのか。そう尋ねると、佐々木は、こちらを真っ直ぐに見て、こう言った。そのときばかりは照れもなければ、はぐらかす行動もなかった。
「僕、母子家庭で育ったんですよ。生まれがイギリスで。詳しいことは母親にも聞けていない自分がいるんですけど、1~2歳のときに日本に来て、それからずっと日本で暮らしてきたんです。祖父、祖母のサポートはあったんですけど、母親に金銭的な苦労はかけられないなと思って、高校卒業と同時に、サッカーをやめて、手に職をつけようかとも考えたんです。でも、そのとき母親が、大学に行く学費は貯めてあるから安心して大学に行きなさい、サッカーを続けなさいって言ってくれたんですよね」
思わず、「感謝だね」と投げかけていた。
「本当にそれは間違いないですね」
そう言って佐々木は微笑んだ。
日本代表デビューとなったコスタリカ戦が行われた新潟まで、母親は駆けつけてくれたという。だから「僕からしたら、あの場に立てたというだけで親孝行になったんです。もちろん、それだけではダメなんですけどね。でも、やっぱり、ここまで(日本代表という)チャンスとは掛け離れたキャリアを送ってきたのでね」
「意識高い系になった感じ」
10月2日で、29歳になった。代表選手としては遅咲きかもしれない。2度も右膝の前十字靱帯を痛めるという大ケガも負った。そのときも「自分もきつかったですけど、それ以上にずっとリハビリに付き合ってきてくれたトレーナーに申し訳ない気持ちでいっぱいだった」と、人への思いを語る。
「僕は器用じゃないので、本当に、目の前の1試合1試合というか、1日1日のことしか考えられない。だから次の対戦相手のことも怪しいくらい(笑)。リハビリのときもそう。サッカーができないから、リハビリします、筋トレしますみたいな感じだったんです(笑)」
今を生きる——。
「本当にそんな感じかもしれないですね。今はサンフレッチェでサッカーができていることが何よりうれしいんです」
10月の日本代表での活動を終えて広島に戻ってきてからは、全体練習後に自主トレをする回数が増えているという。それについて尋ねれば、「日本代表に行って、影響されたというか、意識高い系になった感じです」と、またこちらを笑わせる。
「技術って、たくさん練習したからといってすぐにうまくなるわけじゃない。でも、そのベースとなる筋力だったり、走力は、もっと上げることができるかもしれないですからね」
まずは建前で笑いを誘い、その後で本音をのぞかせる。最後まで佐々木はサービス精神を忘れなかった。
学生時代もエリートではなかったかもしれない。プロになってからも順風満帆ではなかったかもしれない。ただ、できることを全力で、精一杯やってきたからこそ、今がある。それはこれからも変わらない。今を生きる——感謝の思いとともに、佐々木は日々成長していく。 ⚽
写真=佐野美樹
『ジャイキリ』に引き込まれたのは、シンプルに面白かったからというのが一番なんですよね。ストーリーにリアリティーがあって、選手が考えていることや、監督が考えていることが伝わってくるというか、試合中に選手が考えていることまで共感できたりする。そういうところが純粋に面白かったんですよね。
試合の描かれ方にもリアリティがあって、こういう状況だから、こういう選手が投入されて、こういう戦い方をする。そこまで考えて描かれているので、サッカー選手である自分でも何の違和感なく読めたんだと思います。
あとは監督や選手だけでなく、サポーターや地域の人たちまで描かれているところも好きなんですよね。(談)
佐々木翔(ささき・しょう)
1989年10月2日、神奈川県出身。サンフレッチェ広島。DF。背番号19。176cm/70kg。神奈川大学を卒業後、2012年にヴァンフォーレ甲府に加入すると、1年目から出場機会を得て活躍。2015年にサンフレッチェ広島に加入し、クラブ3度目のJ1優勝に貢献した。2016年、2017年はケガに苦しんだが、今シーズン復活を果たすと、日本代表に初選出された。9月11日のコスタリカ戦で代表デビューを飾り、その後も森保ジャパンに名を連ねている。
