ジャイアントキリング発サッカーエンターテインメントマガジン GIANT KILLING extra

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【ファミリー~Jリーガーと家族 ①】 川崎フロンターレ 小林悠選手(前編)

『GIANT KILLING extra』の新しいインタビューシリーズが始まります。

Jリーガーが語る、家族の物語《ファミリー》。いつも応援している選手たちの、普段見せない顔に、ぜひ出会ってください。

一人目の登場は、川崎フロンターレ・小林悠選手です。



小林悠に会うため、川崎フロンターレの練習場へと足を運んだのは、ある一言が引っ掛かっていたからだ。1年前にインタビューした際、彼は、「高校を卒業したらこれ以上、親に迷惑は掛けられないと思い、自衛隊の厚木マーカス(※海上自衛隊の社会人サッカーチーム)でプレーしようと考えていた」と話していた。


「絶対に負けるな」強き母から言われた言葉

結局、小林は直前で思い直して大学に進学した後、プロへの道を切り開く。気になったのは、高校生の彼が、なぜ進学ではなく働こうとしたのかだった。その真っすぐな瞳で見つめてきた人生とはどんなものだったのか。彼の境遇に強く興味を惹かれた。そして、再会した小林はゆっくりと、それでいて懐かしそうに幼少期のことを語ってくれた。

「子どものころはゴールを決めると、いつもお母さんに向かってピースしてましたね。そのときに幸せそうな顔をしてくれるのがうれしくて」


物心がつく前に青森県から東京都町田市に移り住んだ。理由は両親の離婚だったという。

「僕、小学4年生まで母子家庭で育ったんですよ。そのあと、母親が再婚したんです。サッカーをはじめたのは一つ上の兄の影響でした。兄が小学生になるタイミングでサッカーチームに入ることになったんです。僕はまだ保育園だったんですけど、兄がサッカーをやっている間は一人になっちゃうから、同じタイミングで入りなさいって母親に言われて、サッカーをはじめたんです」

小林をサッカーの道へと誘ったのは母・久美子さんだった。そして小林は兄以上にサッカーの楽しさに没頭していく。

「僕は小っちゃくて、がりがりだったんですけど、兄より全然、サッカーはうまかったんです。兄は控えなのに、僕は兄の世代の試合に出ていたくらいでした。 そのころからプロのサッカー選手になって、お母さんを楽させてあげたいなって思ってました」

サッカーチームの月謝に、遠征費。加えてユニフォームやスパイクなどの用具代も掛かる。だが、久美子さんがサッカーのことで我慢させることは一度たりともなかったという。

「大変だったと思いますよ。でも本当にサッカーのことだけは不自由させないというか……。何の不便もなかったですし、がんばっていることに関しては何でも協力してくれましたね。僕も兄も薄々は分かっていたんです。子供ながら、(家計が)苦しいはずなのに、お母さん、がんばってくれてるんだろうなって」

当時、家族が住んでいたのは団地だった。キッチン以外には小さな部屋が二つ。部屋は兄と一緒で、寝るのは二段ベッド。それでも「狭くても楽しかったですね」と話すのは、久美子さんがいつも気丈だったからだ。

「一言でいうと強い人ですね。優しいし、明るいけど、厳しいときは厳しい。ほわっとした雰囲気じゃない。仕事も遅くまでやって、帰ってきてパパッとご飯を作って食べさせてくれる。お父さんはいないけど、二人分やってくれてるって感じでした」

久美子さんはどんなに忙しくてもサッカーの試合は見に来てくれた。一番の熱狂的なサポーターであり、専属のコーチでもあった。小林が久美子さんから言われ続けた言葉があるという。

「絶対に負けるな」

強き母は父親役も兼ねていた。久美子さんは、自分自身に負けることを何よりも嫌った。

「一番、覚えているのが、(市の)選抜か何かのセレクションのときですね。引っ込み思案なところがあって、緊張していつものプレーができなかったんです。そうしたら帰りの車の中で『いつもできるのに怖がって情けない』ってずっと言われて……。自分でも分かっていたので、むしゃくしゃしましたけど、本当に言われたとおりだなって思ったのを今でも覚えてますね。小さいころから僕も負けず嫌いで、家族でトランプをやって負けただけで泣くくらい。だから、勝つまでやる(笑)。それはやっぱり親の育て方が大きかったんじゃないかなって思いますね」

小林が今も勝負の世界に身を置いているのは、やはり母親譲りの性格ゆえなのだろう。

今日まで度重なるケガに苦しんできた小林は、プロになる直前にも、本人が絶望するほどの大ケガを負った。そのとき支えてくれたのも強き母・久美子さんだった。そして、もう一人……母親とは正反対の女性が、彼を支えてくれた。

「彼女の話をすると僕、泣きそうになっちゃうんですよね」

見ると、小林の目にはうっすらと、涙が浮かんでいた。(前編了)


取材・文=原田大輔(SCエディトリアル)
写真=佐野美樹

後編へ続く