当時のメモが残ってるんだけど…(と1冊のノートを取り出す)。確か当時の編集長が「宮下さんの次回作の企画をみんなで考えるぞ!」って言ってコンペをやったんだよね。それで、最初は警察の白バイモノをやろうってことになった。
宮下:『GTO』の鬼塚みたいな警官が白バイを乗り回すっていう主人公で考えてて、でも難しかった…。要は明るい漫画を描いてほしかったんだろうけど、明るいものを描くには天性の明るさがいるっていうか…。
T:確かに理屈じゃないとこっすよね。「俺ならこうはしねーよ」とか。
宮下:明るい漫画って難しい!ほんとに。警察の取材もしたんですけど、この頃は僕が取材をフィクションに起こす力が全くなかった。だからどんな取材したって無駄っちゃ無駄だった(笑)。取材を上手く活かせるようになるのって少なくとも一年くらいかかる。フィクションの形に起こせるまでね。
T:で、白バイモノのメモが急に途絶えて、3月には小諸と上田に行ってる。
宮下:このときはもう『センゴク』の連載決まってましたね。一ヵ月後とかから始まるくらい。
T:連載一ヶ月前に突貫で取材! こういうことしちゃだめだよね(笑) 。上田に仙石家の「両祖出陣図」っていう絵があって、その写真を撮りにいったんだ。まずそれだ!って思って。
宮下:鎧の写真も撮ってましたよね。
T:そうそう! それはしばらく後にカラー扉で使ったんだよなー。
宮下:最初は学研の甲冑写真集とか見てイメージ膨らませてましたね。あと笹間良彦先生の『甲冑武具事典』とか、あの辞典だけでおもしろかった。これを書けば5万部くらいいけるんじゃないかと(笑)。
T:笹間先生のことは、東郷隆先生に教えてもらったんだよね。
宮下:ということは、一番最初に東郷先生の『戦国合戦マニュアル』を買ったのかな。
T:そうそうそう! 最初はそれでしたね。読んだら面白くて「こんなのありますよ」って紹介したら宮下さんも乗り気だったから、東郷先生に連絡とって会いにいった。
宮下:東郷先生の話は本当に勉強になった。ただ、具体的に何を描くかについてはまだピンとはきてなかったですね。戦国モノって僕にとっては第3希望くらい、いや第4希望くらいだったんで。
T:でも、あの時宮下さんの中で戦国時代が第3希望くらいだったから長く続いたのかもしれませんね。一番やりたいことを描くと意外に長続きしなかったりもするし。
──主人公・仙石秀久はどうやって決まったんですか? 宮下:最初は信長を主人公にお話を考えてたんだけど、なかなかうまくいかなかったですね。それで信長に憧れる立場の主人公を探すことになった。
T:そのとき宮下さんが「こんな奴いますよ」って、ゲームの『信長の野望』かなんかの武将ファイルから仙石を見つけてきて教えてくれたんだ。そこから調べ始めたんだよ。「石川五右衛門を捕まえたんすか、こんなやついたんすね!」って。しかも名前も”センゴク”ってキャッチーでいいっすねって。(笑)
宮下:しかも信長、秀吉、家康に仕えたってこともわかって、これはいいぞと。
T:その時の宮下構想からすると、ゴンが平社員で、秀吉が部長で、信長が社長っていうイメージでしたよね。で、序盤は平社員から社長を見た天才性を描いてなんとか面白くしてやろうと。そしたら意外とうまくいきましたね。
宮下:その後、大河の「功名が辻」の冒頭でも「山内一豊は平社員」みたいな説明してましたね。
──権兵衛が決まってから他の武将たちのイメージを作っていったんですか? T:メモによると、秀吉のキャラを最初に考えたみたいだね。フロイスの書いた「淫蕩で」というところから、昔のセックス教団を調べたりしてた。
宮下:最初のネームではそんな感じだった。「マグノリア」のトム・クルーズみたいな感じだったんですよ、最初の秀吉像って。
T:うんうん。でも色々アイデアあげてましたよね。秀吉を三重人格にしようとしてたり(笑)
宮下:色々考えてた(笑)
T:もう迷走してるといってもいいくらい(笑) 三重人格っていうのは、まず普通の主人格の籐吉郎、これはいわゆる通説の秀吉で、次に残虐な秀吉と、で、最後にフロイスが書いてたエロ秀吉。
宮下:でも後に実際そうなってますよね。
T:うん、これで当たってましたね。涙もろくてエロ好き、たまに残虐。
宮下:で、信長はある種イメージ通りに作りましたかね。
T:そこは通説を変えずにそのまま皆が見たい信長をやろうって言ってました。奇をてらわず。
宮下:編集部内では、もうちょっと違う視点の信長にした方がいいんじゃないって意見もあったみたいですけどね。
T:信長を正統派にした分、秀吉をぶっ飛んだキャラにしようとしたのかな(笑)。
──合戦の描写がリアルだというのも初期から大きく話題になってましたよね。 T:「超リアル」は企画の前段階からキーワードだった。その頃、ずーっとリアルリアル言ってたんだよね。当時ヒットしていた『ブラックジャックによろしく』の手法を意識してたんだ。取材をして裏側を描く、みたいな。
宮下:僕はどっちかというと『風光る』とかを参考にしてましたね。当時は新説とかあんまり興味なかったんです。
T:でも連載初期から「合戦に日本刀は使わない」っていうのは反応もよかったですよね。
宮下:「騎馬隊がなかった」とかもそうですよね。
T:これも東郷先生の『戦国合戦マニュアル』に書いてあるんですよ。
宮下:あとは、試し合戦の「横槍に弱い」とかは『雑兵物語』から。初期は知識ないなりに、いろいろ勉強してました。こういうのも、まあうまく面白さにつながりましたよね。あるあるっていうか。雑学?
T:そうですね、センゴクの重要なエッセンスの一つというか。「お得感」がいいんじゃないかと思ってたんだよね、実は。飲み屋で言えるじゃん(笑)。それが毎週一個あるといいなとかなんか言ってましたね。
──実際に連載が始まってからはどんな風にお話を作っていったんでしょうか? (※連載第1話の制作エピソードについては「コメンタリー挿入版第1話」で大いに語っていただいてます!) 宮下:まずは上田市に『仙石家譜』があると知って。
T:コピーしに行ったんですよね。
宮下:それを読んだときに、最初に物語としてやりたかったことは山崎新平の討ち取りですね。初めての武功までは描きたいと思った。
T:それももちろんだけど、担当としては姉川の合戦で家康が出るところまでが目標だった。漫画として信長、秀吉、家康まで出したかったという発想だった。
宮下:あの頃は話が作りやすかったです。復讐劇っぽい構成で作れたから。因縁があって、山崎新平を倒して、権兵衛が成長していくという流れだった。いまは因縁がなく合戦するので盛り上げるのが難しいんですよ…。そうやって姉川まで描こうと思ってたんだけど、試し合戦の時点で完全に予定延びちゃって。
T:そうそう、あれそんなに長くやるつもりじゃなかった。
宮下:あれ(試し合戦)は完全にマンガのメソッド。スポーツ漫画でいう練習試合ですね。いきなり殺し合いして盛り上げる自信がなかったんですよ。
T:それ言ってましたよね。あと、まだ仲間になってないから人が死んでもあんまり悲しくない。ここで戦場の切った張ったをやっても絆がないんじゃないか、みたいな。そうそう、思いだした! その時に明確に宮下さんが言ってたのは、「試し合戦っていう練習試合をやって、敵ですげー嫌な奴とか強い奴を作っておいて、それが仲間になったときパワーが出るんだ」って。
宮下:『キン肉マン』(笑)。
T:それが可児と堀久太郎なんだよ。完全にそうやって作りましたよね。可児は強い奴、久太郎のほうは嫌な奴。久太郎は逆張りで見つけたんだよな、権兵衛がアホでバカだからその逆を探してたら「名人久太郎って奴がいるぞ、こいつすげえ」ってなって。
宮下:堀はちょうど谷口克広先生が取り上げだした頃で、まだ全然マイナーでしたよね。
T:マイナーマイナー、堀秀政なんて知ってる人は少なかった。でも、当時はそうやって少しずつ知識を増やして描いていきましたよね。姉川の時なんかも、現地に取材に行って、そこで知った新説を取り入れたり。
宮下:あれは呪縛ですよね(笑)。毎回最新の説を描かなきゃって。三方ヶ原の時は相当きつかったです。一回取材に行っただけで「この通説には疑問が残る」って描くというのも…学者でもないのに。
T:でも今や、「疑問が残る」は待ってましたっていう感じですからね。
──最後に、あらためて連載を振り返っていかがですか? 宮下:今読み返せば変な構成ですよね。敵の傘下に入るところから始まるってのは。
T:江戸時代の武士だと切腹して死んじゃうんだけど、戦国時代は全然違いますからね。
宮下:忠義とかとは関係なく、あくまで「生き抜く」が目的。かといって泥被ってまで姑息に生き抜いてやるという風にも描いていない。そこそこ正統派で正義感強いのに、敵の傘下に入っちゃうというある意味ブレてるキャラ設定(笑)。
T:純粋さがあるから成立したのかもしれないですね。
宮下:始まったころは歴史モノをどう描いたら面白いのかまだ分かってなかったので、なんとかマンガとして面白くしようと、とにかくモノローグを多用して感情を乗せていこうとしてましたね。
T:だんだんと知識を入れて作っていった感じですよね。そしたら反応が増えていって。
宮下:最初は100万部を目指してましたけど、当時の編集長には30万部でいいよと言われた(笑)
T:そうでしたね(笑)。最初、アンケートの順位は高くなかったし。でも単行本は発売してすぐに重版になった。
宮下:1、2巻の装丁の出来が良くて、自分でも気に入ってました。
でも、まさか1000万部突破するとはね…! それにこんなに続くなんてあの時は思わなかったです。宮下さん、おめでとうございます!
宮下:ありがとうございます。
──本日はありがとうございました!