【担当とわたし】『猫奥』山村東×担当編集

新春新連載祭りの第2弾として「モーニング」8号(1月23日発売)から掲載となる『猫奥』で連載デビューを果たす注目の新人作家・山村東(やまむら・はる)先生。今回は連載開始記念のスペシャル対談として、「猫」と「江戸」をテーマにした独自の時代劇作品を生み出す先生の人となりから『猫奥』世界の裏側まで、山村先生ご自身と担当編集者・加藤さんに語っていただきます!

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新春新連載祭りの第2弾として「モーニング」8号(1月23日発売)から掲載となる『猫奥』で連載デビューを果たす注目の新人作家・山村東(やまむら・はる)先生。今回は連載開始記念のスペシャル対談として、「猫」と「江戸」をテーマにした独自の時代劇作品を生み出す先生の人となりから『猫奥』世界の裏側まで、山村先生ご自身と担当編集者・加藤さんに語っていただきます!

…山村東『猫奥』作者
>『猫奥』1話はコチラから!
…モーニング編集・加藤『猫奥』担当 
>担当編集の詳しいプロフィールはDAYS NEOに掲載!

「THE GATE」応募のきっかけは、山岸凉子先生に会いたかったから!

――山村先生は2018年の「第6回 THE GATE」大賞受賞をきっかけに連載デビューとなりますが、応募の経緯は?

山村:もともと昔から漫画はいろいろと描いていて、実は20年ほど前に一度「モーニング」の新人賞で佳作か何かをいただいたんです。それから漫画から離れて結婚をして、育児と出産も経験して10年以上何も描いてないような状況だったんですが、一昨年に思うところがあって「THE GATE」に投稿したんです。
加藤:担当になってお話させてもらった時に「実は昔「モーニング」に載ったことが…」とお聞きしてびっくりしたんですよね。
山村:新人賞に応募する前は、高校で5年ほど地理・歴史の教師をしていたので、受賞後の読み切りで教師ものも描かせていただきました。あと、昔あった読者コーナーの「モーニングフォーラム」で、1ページのエッセイ漫画っぽいものも描かせてもらったり。
加藤:えっ? 教師やってたとか、僕聞いてないですよ!
山村:いい加減なオタク教師だったので申し訳ないし、ボロが出るのが嫌なのであまり言い出しにくくて(笑)。
加藤:僕も20年くらい「モーニング」にいるので載った作品自体はおぼえていたんですが、当時は違うペンネームだったのでお会いするまでわからなかったんですね。
山村:当時はプロになることを考えていたんですが、連載に向けて編集部の方とお話しても、自分は何が描きたいのかが見えずにもやもやすることばかりで。自分のダメなところばかりが見えて描けなくなってしまったんです。それで自然消滅みたいな形で漫画から離れてしまいました。

――それから10年以上を経て「THE GATE」に投稿しようと思われたのは、どんな理由からだったんですか?

山村:実は数年前ちょっと体調を崩した際に、気持ちがだいぶ沈んで「このまま死ぬのかな」と考えたら、「今死んでしまったら、子どもに何も残せないな」と思ったんです。幸い死んだりはしなかったわけですが“私のもの”を残したい、出したいという気持ちは残って…。そんな時に「第6回 THE GATE」で私が大好きな山岸凉子先生が審査員をされることを知ったんです。

――「山岸先生に見てもらえるかも!」という気持ちが大賞受賞作の『フク』を産んだんですね。

山村:見てもらえるなんて畏れ多い! って感じでしたけど(笑)。でも、山岸先生ってあまりメディアに出ていらっしゃらないし、「これで端っこにでも引っかかれば、憧れの山岸先生に会えるかも! これはもう絶対に出さないと!」というのが投稿の原動力でした。あの時は10年のブランクを埋めるつもりで100ページくらいネームを考えて自分で「ボツ!ボツ!ボツ!」みたいな感じで進めていて、最後は悩みながらも「なるようになれ!」という気分で応募しました。
加藤:授賞式の時、山岸先生と会えて感極まって泣いちゃってましたよね。
山村:取り乱してしまって、自分にとってもちょっと黒歴史なんですが…(笑)。でも加藤さんは全然山岸先生のすごさがわかっていないです! すごい人に会いすぎて感覚がデフレ現象を起こしてるんですよ、きっと。

「第6回 THE GATE」大賞を受賞した『フク』

 

――そんな加藤さんが、山村先生の担当になったのはどういった経緯だったんでしょう?

加藤:「THE GATE」の第二次選考会で、『フク』を僕ともう一人長沢という編集者が「この漫画、すごく面白い!」と主張して、その流れで一緒に担当につくことになりました。それで山村先生に連絡して「じゃあ、ちょっと一回お会いしましょう」みたいな感じで編集部に来ていただいたのが始まりでした。『フク』に登場する猫たちには、いわゆるキャラクターとして「可愛い~」というのとは違う、「ふてぶてしいかわいさ」みたいな部分が描かれていて、そこがすごく可愛いと感じたんです。絵もデフォルメをそんなにしていない、割とリアルな感じで、そこも印象に残りました。
山村:加藤さんは20年前から「モーニング」にいたそうで、私もなんだか見覚えがあったんです。そうしたら過去に載った作品を「覚えてますよ」と言ってもらえて安心しました。
加藤:当時は接点がなかったので顔はわからなかったんですが、作品自体は覚えていました。「THE GATE」応募時のプロフィールに「45歳・主婦」とあってお子さんもいるということで、落ち着いた方を想像していたんですが、だいぶ若々しい方で(笑)。
山村:いえいえ…。
加藤:その時に「20年前は描きたいものが見つからなかったけれど、今は江戸と猫が描きたいんです」というお話をいただいたんです。僕らとしても『フク』の世界観がすごくよかったし、次もそれで描いてほしいと思っていたので、すごくかみ合った感じで嬉しかったですね。こちらが見たいものと、漫画家さんが描きたいものが合致するのって、意外になかったりするんですよ。

描きたいテーマは「江戸」と「猫」! 『猫奥』は「ゆるくゆるく」がコンセプト。

――『フク』での受賞後、読み切り『こまとちび』『おのぼり侍』、そして『猫奥』も「江戸」と「猫」をテーマにされていますね。

山村:江戸については、もともと大学でも歴史学科にいて卒論の題材に江戸時代のことを選んだくらい好きで、猫も当然のように好きで(笑)。ただ、それまでは好きだからこそ描けなかった部分があったんですが、病気をして「好きなものを描かなきゃ!」と思い、『フク』で初めてその両者を題材にしたんです。『猫奥』は加藤さんにアドバイスをいただきながら、内容を決めていきました。軸は猫を中心にしたコメディで、お話もゆるくゆるく…と。
加藤:やっぱり、山村先生の描く江戸の猫の話っていう世界観がいいなと思ったので、そこを推してほしかったんです。『フク』の後で打ち合わせをしていく中でできたのが『猫奥』連載の前号(「モーニング」2020年7号)に掲載された『おのぼり侍』で、それを当時の編集長にも認められて「じゃあ次は連載だ」という話になりました。

「モーニング」2020年7号に掲載された『おのぼり侍』

 

――連載作品が『猫奥』に決まった経緯というのは?

加藤:最初、山村先生は『おのぼり侍』に愛着があってこれをそのまま連載に持っていく形でやりたいとおっしゃってたんです。でも、もともとがストーリー漫画的な内容で、江戸と猫からだんだんズレてきて侍の話になってきちゃったので、ちょっと仕切り直しをしましょうとお話したんです。
山村:私が“天保の改革”が好きなので、それをたくさん描こうとしちゃったんです。当時のことを調べているとあれもこれも面白くて、全部盛り込もうとしてしまうんですよね。でも、途中で「あれ? これは方向が違うぞ?」となった。
加藤:その頃に「私はすごく天保の改革が好きなんです」と、すごい説明を受けたことがあったなあ。あんなに熱く天保の改革の面白さについて語られたのは初めての経験でした。
山村:あの時代はキャラがまず立ってるんですよ。水野忠邦は置いておいても、鳥居耀蔵とか、遠山の金さんとかも出てくるし…。えっ、ここで語っていいんですか?
加藤:簡単に語ってもらっていいですか?(笑)
山村:天保の改革は倹約令が有名ですけど、あれは当時大坂に問屋さんが集まって全国の物流の起点になっていたのを、幕府が地方の商人から袖の下をもらって一方的に直接江戸に持ってきていいよってことにしたために流通がおかしくなり、だんだん経済もガタガタになっていったという、幕府の政策の失敗が根っこにあるんです。その影響で物価が高騰していろんな問題が起きたのを、老中の水野忠邦が倹約政策で一生懸命元に戻そうとしたのが天保の改革なんですが、その一方で幕府自体は将軍を日光に行かせるような一大イベントを企画したり、大奥ですごく豪奢な生活が許されていたりと、すごい浪費もしていたんです。その幕府がやってることのズレとか、おかしさみたいな部分がすごく面白いんです!

――それはなかなか…歴史マニア的な楽しみですね?(笑)

加藤:『おのぼり侍』は、そういう状況の江戸に出てきた若い田舎侍の姿を描くストーリー漫画向きのお話でした。でも、そのテーマを描くのに必要なページ数を毎週こなすのは今も子育て中の山村先生には正直厳しいでしょうし、僕の判断で「連載で行くなら4ページでまとまるものにしましょう」とご相談したんです。同時に、江戸、猫に加えて何かもうひとつキャッチーな要素が必要だとお話をして、先生から出てきたのが「大奥」だったんです。
山村:最初、加藤さんから「現代の甘やかされた猫が江戸時代にタイムスリップしてくる話はどう?」と言われたんです。でも安易なタイムスリップを認めない派(笑)の私は「それはないです!」と反対して、代わりに「大奥で猫が飼われていた記録があるから、その猫が一般庶民の家にもらわれてギャップに驚く」という話を思いついて、それが『猫奥』の出発点になりました。

――「江戸」と並んでテーマになっている「猫」ですが、先生は猫を飼われているんですか?

山村:14歳と8歳の2匹を飼っています。猫は本当にいいですよね。ただ自分の描く猫が猫好きの方にどう受け止めてもらえるか、いいものが描けているかにはまだまだ自信がないです。

――『猫奥』の猫たちは、その2匹がモデルだったりするんでしょうか。

山村:家の猫は…もうちょっと可愛いかな(笑)。女の子なのでもっとすごく甘えてくるし、撫でろ撫でろってくるし、お腹に乗ってきます。でも『猫奥』にも、これから可愛い猫が出てきますから!

――猫の描き方について、加藤さんから何かアドバイスはあったんでしょうか?

加藤:そこは山村さんの“猫愛”にお任せしています。今の「モーニング」では掲載を判断する前にまず誰かひとり編集部員に見せて、それでOKをもらってから編集長に見せる仕組みになっているんですが、『猫奥』は猫好きに見せないとダメだろうということで、猫を飼っている編集部員に見せたんです。そうしたら「いやぁ…めちゃめちゃいいですね…! カワイイですね…! 猫飼いの心、作者の人はよくわかってます!」みたいな反応をしてくれて「これはやっぱ猫好きの人には分かる作品になってるんだ!」という自信を持って編集長に提出しました。

――先生が猫を描かれる時に気にされているポイントは?

山村:あまり考えたことはないんですが、可愛く描きたいとは思います。でも、あまり可愛く描こうとすると人間っぽくなっちゃうんですよね。『猫奥』で最初に出てくる猫の吉野は、キャラクターをつけるためにいつも目が可愛くない半目くらいな感じで、ちょっと怖いかも(笑)。

『猫奥』その1より

――主人公の滝山さんも目つきがあまりよろしくないですね(笑)

山村:滝山は実在した御殿女中で大奥でもすごい偉くなった人なんです。大河ドラマの『篤姫』で滝山を演じていらした稲森いずみさんがすごくきれいで、「きれいに描かなきゃ!」と思って描いたら、加藤さんに「もっと怖く!」と言われたんですよ。
加藤:美人だとちょっとキャラクターが弱いなと思って(笑)。
山村:でも、この顔にしたらキャラクターがすごく動かしやすくなって、いろんな顔芸もできるなあと(笑)。実在の滝山さんにはとても申し訳ないので、連載開始前にお墓参りをして「ネタにしちゃってすいません!」と先に謝ってきました(笑)。
加藤:滝山が怖く見えないと、猫と二人きりになってでれっとした表情になったときのギャップが生きないので、そこはこちらからのリクエストで気を付けてもらっています。

『猫奥』その2より

 

――今後、ほかにも実在の人物が出てきたりも?

山村:姉小路(あねがこうじ)という家慶付きの上臈御年寄っていう京都から来た人が吉野の飼い主で、その人は出てきますね。ただし滝山と一緒で、経歴を見て、頭の中で妄想をして、捏造をしつつ漫画に…という感じです。
加藤:そのあたり、キャラクターの性格や行動はフィクションということで。ちゃんとフィクション表記が書いてありますので(笑)。
山村:本当は大好きな天保の改革のことも描きたいんですけど…。『猫奥』の時代設定は天保十二年なので、この後にちょうど大奥に対する改革の動きが来るんです。
加藤:そこにちゃんと猫が絡んでくれれば描いてもらってもいいんですけど、どうなんでしょう?
山村:猫と水野忠邦はなかなか絡めにくそうかも…(笑)。でも、大奥って世間的なイメージだと将軍のハーレムなんですけど、実は全然違っているところも面白いんですよね。そこにいる女の人も全員が側室というわけでなく、大奥を管理する官僚みたいな出世コースの人もいて、午後になって突然側室のもとに行きたいって将軍が言っても「いろいろ支度が間に合わないから」と断られちゃったりする。

――ある種のお作法というか、手順があるんですね。

山村:そうなんです。その中で、姉小路は大きな権力を持っていたと伝わっていますね。でも一方で、側室たちの待遇はすごく厳しくて30歳までしか将軍のお相手はできないうえに、一度お手がついてしまったら大奥の仕組みの中から出ることもできない。将軍が死んだら大奥からは出られるんですけど、他の人と結婚することは認められなくて決められた屋敷に住まわされて、一生そこで暮らすとか…30歳で幽閉生活ですよ。
加藤:現代では考えられないことですね。
山村:水野の改革のせいで倹約しろってことになって、長く勤めても退職金がもらえなくされそうになったり、それはいろいろ反対も起きますよね。そういう暗い面もあって、大奥という題材は面白いと思います。猫と女中の生活を描きつつ、そういった大奥のシステムの話もうまく盛り込んでいければ、私が大奥を描く意味があるのかなと考えています。大学時代の恩師がいろいろ大奥の本とかを書いてらっしゃって、しかも漫画好きな方なので、読まれたらちょっと恥ずかしいなと思ったりも…たぶん、笑って許してくれると思うんですけど、どうかなあ。

自称「少女漫画育ち」だけど…? ユニークな感性で描く、新しい大奥の暮らしに注目!

――ここで話を変えて、ちょっと先生の漫画遍歴などをお聞きします。

山村:ばりばりの少女漫画育ちです。

――小さい頃に読んで、覚えている漫画はなんですか?

山村:ジョージ秋山先生の『アシュラ』です。あと、わたなべまさこ先生の『聖ロザリンド』とか。友だちの女の子の母親をネズミに襲わせる話が印象深かった…。
加藤:真っ先に出てくるのがその2つですか!?
山村:両親は漫画をあまり好きに読ませてくれなかったんですが、『アシュラ』はなぜか読む機会があって印象が強烈で(笑)。あとは隣のお兄ちゃんが「少年チャンピオン」を買っていて『マカロニほうれん荘』とか、『ふたりと5人』『ブラックジャック』とかも読んでいて、そのあたりが漫画の入り口に…。

――全部少女漫画じゃないですね(笑)。

山村:おかしいですねえ(笑)。そういった漫画と並行して『キャンディ・キャンディ』とかの王道作品や、萩尾望都先生、山岸凉子先生といったいわゆる“24年組”の作品も思春期の頃にちゃんと読んでいました。雑誌だとよく読んでいたのが「プチフラワー」で、その後姉の影響で「花とゆめ」「LaLa」なんかを読むようになっていった感じです。

――ご自身で漫画を描くようになったのも思春期の頃でしょうか?

山村:中高と、オタクな友達と一緒にプリントの端とかに描くようになりました。山岸先生の『日出処の天子』や『アラベスク』を模写して「全然似ない!」とかやっていましたね(笑)。オリジナルを描くようになったのは大学の時で、描いていたのはドレスを着た女の子とか、そんな感じで…少女漫画育ちですから(笑)。

――今いちばんお好きな作家さんを挙げるとしたら?

山村:すごく難しいですが、あえてひとりを挙げるなら一ノ関圭先生です。描かれる世界に対して漫画で直接描かれていない部分まで深い知識をお持ちで、その結晶として作品が描かれている感じがすごくて。『鼻紙写楽』を描く前に「写楽を描こうと思ったらまず歌舞伎を知らなきゃならない」と歌舞伎のことを調べて、長い時間をかけて一冊の絵本を出して、それから写楽を描き始めたとお聞きして。「すごい! 神だな!」と。あとは『新幹線変形ロボ シンカリオン』にすごく支えられていますね!

――『シンカリオン』というと、アニメで男の子たちに人気の?

山村:それです。もともと鉄道や新幹線が好きなんですが、それがロボに変形するなんて最高ですよね!息子も一緒に見ているんですが、いなくてもきっとハマっていたと思います。応援しないと!
加藤:これが江戸と猫がテーマの漫画を描いている人とは…(笑)。

――ありがとうございます。最後に、山村先生と加藤さんから『猫奥』の見どころをお聞かせください。

加藤:大奥って、今までのドラマなどのイメージだと女の嫉妬が渦巻くドロドロした世界みたいな感じで描かれてましたけど、『猫奥』はドロドロじゃなくモフモフ! みたいな(笑)。ちょっと癒やされる大奥というか、みんなが持ってる大奥のイメージとのギャップが面白い作品なので、そこを楽しんでほしいです。
山村:私が描きたいのは“ゆるい江戸”なんですよね。江戸時代って今と比べるとものすごくシビアな時代だったわけですが、昔も今も猫は可愛いし、人が猫を可愛いと思う気持ちは変わらないと思うんです。あまり歴史考証とかにこだわりすぎない形で、今も昔もみんなおんなじだよね、という気持ちで『猫奥』を描いています。猫好きのみなさんも、そうでない皆さんも、ぜひよろしくお願いします。

 

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