ーーかなりの準備期間を経て、ついに『さよならキャンドル』の連載が始まりますね。
清野 はい。スナック「キャンドル」については、初期の『東京都北区赤羽』(=以下『赤羽』)連載中から描きたいと思っていた題材だったので、連載を始めることができるのは大変に嬉しいですね。ただ嬉しいのと同時に、パンドラの箱を開けてしまうというか、せっかく閉じ込めた”化け物”たちの封印を解いてしまうことになるので、憂鬱というか精神的な負担は尋常ではないものがありますね。
ーー何がそれほどまでに作者を追い詰めるんでしょうか?
清野 とにかく何もかもが濃すぎるんですよね。「キャンドル」という店、そのママ、そして、そこに集う常連たちの破壊力がすさまじかった。『赤羽』の連載の中で「十条編」として描こうとも思ったんですが、それは危険なのでやめました。というのも、一つの店で『赤羽』という作品全体を破壊しかねない凶々しさがあったので、当時の自分には、ちょっと手に負えないなという状況でした。
ーー今だったら何とか描けそうだったということでしょうか?
清野 うーん……どうなるかはわかりませんが、やるかやられるか……どちらかと言えば、やられる可能性のほうが高いと思いますが、そうなっても仕方ないという気持ちで取り組んでみたいと思っています。20代のころは、30代に入ったらとっくに死んでるだろうと思って、日々を生きていましたが、僕もすでに40歳を迎え、後は帯さえ結べば死装束の完成という状況です。死に化粧もばっちりです。かつて、『赤羽』『ゴハンスキー』『おこだわり』という3本の連載をこなしていた、多忙に精神をかじり取られるような日々が終わり、先日『東京怪奇酒』という2年続けた怪談漫画の幕を下ろすこともできた。40代という、若かりしころの自分の暦にはなかったボーナスステージにのような年代に突入しましたので、あとは本当に描きたいもの、描かなければ死ねないなと思う作品に取り組みたいと思うようになりました。で、まずは最大の懸案であった「キャンドル」にケリをつけるしかないだろうと思ったんです。
ーー取材もかなり真面目にされていましたよね。かつての常連客を探しあてては当時の話を聞いたり、メモや写真を見返したりして、真摯に取り組んでいる印象を持ちました。
清野 取材は、存在の不安から逃れるために繰り返していたんです。「キャンドル」で経験した「出来事」があまりに理不尽で不条理で、夢にしては輪郭がはっきりしているんだけど、現実にしては薄ぼんやりしていたので、あれは本当に現実の「出来事」だったのかどうか自信が持てなくなっていました。ですから、常連客と連絡をとって、実在する「本人」に出会って、当時の話をすることで、その常連客に対しても「ああ、よかった。この人、ほんとに”いた”んだ」と安心することができましたし、「キャンドル」という店もほんとに”あった”んだと認識することができたんです。最悪、「キャンドル」での体験が、変わりゆく赤羽の代替物として自身の脳内で捏造してしまった「出来事」である可能性や、ただの臨死時の走馬灯でしかなかったという可能性もありましたから、取材して、それが”あった”ことを確認するという作業を繰り返す必要があったんです。
ーー取材では常連客の方々が、実に生き生きと「キャンドル」について語っていたことが印象的でした。お店はすでに閉店してしまっていますが、「キャンドル」が人々に残した痕跡は尋常でないものがありますね。
清野 そうなんですよね。「キャンドル」は突如十条に現れた赤羽の「飛び地」のようなスポットだったんです。不条理に満ち満ちた赤羽という街が塵芥(ちりあくた)に解体されて、それが「キャンドル」にまで風に飛ばされて再構築されたかのような。『赤羽』が僕の青春の1ページだとしたら、『キャンドル』は僕の青春の2ページから365ページまでに相当するような作品になると思います。でもまあ、読者の方々には僕の青春のページ数は関係のない話ですので、『赤羽』がお好きだった方は『赤羽』のアナザーストーリー的な「異聞」として、初めての方は1話は常に無料で読めるようになっていると思いますので、気楽にお立ち寄りいただいて読んでみてもらえると嬉しく思います。
2020年12月某日 東京都北区十条にて
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