モーニング創刊40周年勝手に記念企画「名作家秘話」〈その③ カレー沢薫〉

「モーニング」創刊40周年記念、貴重なオーラルヒストリー! 生き字引にして名編集者・F沢先輩がデビュー時期から大ブレイクまで伴走した作家の秘話逸話を紹介しております。 コミックDAYSで『ひとりでしにたい』連載中、カレー沢薫さんの「毒爪」とは?

「モーニング」創刊40周年記念、貴重なオーラルヒストリー第3回!

第1回〈山田芳裕〉はコチラ>>

第2回〈榎本俊二〉はコチラ>>

 

生き字引にして名編集者・F沢先輩がデビュー時期から大ブレイクまで伴走した作家の秘話逸話を紹介しております。

コミックDAYSで『ひとりでしにたい』連載中、カレー沢薫さんの「毒爪」とは?

 

 

──カレー沢薫さんの担当も長かったですね。

これについても記憶がおぼろなのでネットに頼るしかありませんが、2009年の新人賞、第26回MANGA OPENからでしたね。

本名・無題で投稿した作品が最終選考で落選しますが、オレはボクはワタシは虚無な若者と健気な捨て猫たちのやりとりが心温まって身体熱くなったものですが、自称目利きだよ仕事できるよという同僚たちほど低評価で、この画でしょ? 売れるわけないっしょみたいな実にイヤミな物言いでしたね。

 

──なぜか落選即ほぼ連載となりましたね。

当時のMANGA OPEN事務局長で月刊モーニングツーのチーフでのちにモーニング本誌の編集長となるS田E二郎という鯨飲馬食編集者がいるんですが、彼は私同様この本名・無題を高く評価した、落選でもかまわない、ツーで連載にするからと即断即決しました。実に立派でしたね。

そして作者自らカレー沢薫『クレムリン』と改め、連載が始まりました。

──榎本俊二さん同様カルトな存在になりましたね。

彼女に初めて会ったときも「思ってたよりフツーですね」とキッパリ言いました。名実ともにシニカルで無気力な漫画であるからどんだけタナトスに満ち溢れた作者かなと思ったら物静かで穏やかそうで小綺麗な女性だったんですが、人間というのはつきあってみないとわからないことばかりというか隠していた毒爪に気づくまでそうは時間がかかりませんでしたね。

 

──とにかく熱烈な読者が大勢いますね。

作者はTwitterでの発信が巧みというかTwitterで生きてるような人物ですが、自分ともうひとり第二代担当であらせられるS根E至という人物とを指して担当殺す担当殺すとしきりにつぶやいた。

あくまでプロレス的発言であったと思いたいですが100%真意かもしれませんが読者の方々はなおさら真偽虚実がわからない、そうか、カレー沢氏の担当って実に劣悪で唾棄すべき輩なのだなと真に受ける純粋な方々もいるわけで、ダイレクトメッセージで非難されたり編集部の公式サイトや講談社の公式サイトにカレー沢先生の担当は極悪人だと強訴してきた方々もいらっしゃいましたね。

 

──コラムニストとしてもデビューしますね。

応募作を読んだときからネームが「キレる」、すなわち言葉の扱いが巧みとは感じたし、仮に漫画家として結果が出なくても文筆家としてやっていける才能だと思いました。

榎本俊二さんもそうなんですが、ギャグ漫画家には文章が巧い人がけっこう多い。元漫画家で芥川賞作家の初代担当という青写真というか画餅を思い浮かべつつ、コラムの連載もやろうよと水を向けたんでした。実現に至ったのはもちろん作者の才能あってこそですが、先に述べた偉大なる同志S田E二郎の英断によるものです。

 

──二刀流での量産ぶりはすさまじいですね。

ほとばしるんでしょうね、アタマのてっぺんからつま先まであふれてあまりあるさまざまな想いが鬼界カルデラのマグマのように。就職難、解雇、ハローワーク、派遣切りなど、世代的にも世間から痛い目に遭って、折々感じた痛み、深い悩み、激しい怒りや恨み、身体中のどこを切っても切っても言葉が熱く噴き出すんですね。

正しい編集者、親身な担当者は作家の動静を日々チェックして、ほかにどんな仕事してるのかキッチリ把握してるんでしょうが、自分「ずくなし」なんで、地元の方言で怠け者みたいな意味ですが、ただいま連載何本? と本人に聞いてもわからないというし、ネットでチェックもしないから全然わからない。ためしに検索してみたら、出版点数世界一の作家はL・ロン・ハバードという人で、1084作出てるそうですが、この記録を超えるんじゃないかと思うほど、また連載が始まった、また新刊が出たの連続ですよね。

──デビュー作の『クレムリン』は特に人気が高いですね。

社会性のきわめて低い大学生と、彼よりはおそらく社会性の高い捨て猫トリオが主人公で、思いやりにあふれた猫たちがやる気のない若者を救うという物語ですが、ギャグ漫画ではあるけれども根っこには作者自身の辛い体験が横たわっていて、そういうリアリティが静かな感動を呼んだのではないかと思います。きっとそうです。

 

──東京都写真美術館とのコラボは10年を超えてますね。

『クレムリン』の連載が始まってまもなく、写美(当時の略称)の広報ネムロ(仮名)さんがコラボさせてくれへんかと電話してきました。

共通の知り合いである新聞記者がこれ面白いよと薦めてくれた、試しに読んでみたらツボにハマった、猫ちゃんたちが超かわいい、美術館のナビゲーターを務めてほしいという話でした。月刊広報誌「eyes」の別冊なので媒体名を「nya-eyes」(ニァイズ)にしたいという。

美術と漫画のコラボは決して多くなかったし、ネムロさんの熱意とノリのよさに作者も心を奪われ、いまだに毎月続いていますね。

──『ひとりでしにたい』は現代の縮図ですね。

少子高齢化が叫ばれて久しく、独居老人や孤独死の問題が大きくクローズアップされ、既婚者でまだまだ若いとはいえ、作者の鋭いアンテナが自分の未来予想図を傍受したんでしょう。

よそでの連載をチラチラ見ても実に「社会性」が高い。現実から片時も目を離すことがない。ことごとくタイムリーで、漫画を読んで空想の世界に遊びたい人には重たいでしょうけど。

私事ながら両親が九十凸凹でまだ生きている。容易に死んでくれない。いいかげん楽にしてあげたいし姉も自分も楽になりたい。このままだと老老介護になっちゃう。作者が『ひとりでしにたい』を始める時からだいたいそんな感じになっていたので、身につまされる、つくづく考えることばかりですね。

 

──カレー沢さんの行き着く先はどこなんでしょうね。

初コラム集『負ける技術』の文庫版担当者と末は芥川賞と文化勲章という話をしたことがあります。あながちヨタでもありません。「二刀流」をさらに発展させて、コラムだけでなく小説も書く。「群像」に載せて書籍化して賞を獲れれば講談社としてはとてもハッピーでラッキーでマーヴェラスだよねと。

作者にそういう野望があるかどうかわかりませんが、ひとりでしなないうちに実現を希望します。

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