モーニング創刊40周年勝手に記念企画「名作家秘話」〈その② 榎本俊二〉

「モーニング」創刊40周年記念、貴重なオーラルヒストリー第2回! F沢先輩がデビュー時期から大ブレイクまで伴走した作家の秘話逸話を紹介します。 今回は大名作『えの素』の榎本俊二さんについて!

「モーニング」創刊40周年記念、貴重なオーラルヒストリー第2回!

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F沢先輩がデビュー時期から大ブレイクまで伴走した作家の秘話逸話を紹介します。

今回は大名作『えの素』の榎本俊二さんについて!

 

──レジェンド的ギャグ作家、榎本俊二さんの担当も長いですよね。

脳幹に腫瘍ができたために短時間で記憶が消えてしまうという事例が身内に起こり、小川洋子『博士の愛した数式』がリアルに感じられたものですが、それはさておき、記録はとらないし保存もしない、自分の記憶だけが頼りなのに生きれば生きるほど次々に上書きされてゆくからあれもこれも忘れてしまう、何が実際に起こったことなのかそうでないのかだんだんわからなくなってきて、榎本俊二という人の漫画の世界のような不条理感にまみれた日常なので記憶はことごとくあやふや、やむなく検索したところ、彼がアフタヌーン四季賞に入賞したのが1989年とのことなのでそこからの関わりですね。ダラダラすみません。

 

──当時、アフタヌーンはモーニングの増刊扱いだったので、四季賞もモーニング編集部で審査していたのですね。榎本さんは同時期にちばてつや賞にも投稿されていて、審査にあたったちばてつや先生が困惑したと。

すでに記憶がおぼろですが、デビュー作となる『Golden Lucky』(掲載時『GOLDEN LUCKY』に改題)はアフタヌーン四季賞には入賞したけれども、ちばてつや賞では最終選考で落選したんだと思うんですが、描いた人には大変申し訳ないんだけど僕にはさっぱりわからない、なんとか理解しようとしたんだけどちょっとムリだと、選考会の席上でちば先生がうめくようにおっしゃった気がします。

 

──でもおもしろいと思ったんですね。

彼が応募してきた時、すでに吉田戦車『伝染るんです。』の連載が始まっていて「不条理ギャグ」の波は来てたようにも思うんですが、そもそもギャグ漫画が好きで、意味のないもの、わけのわからないもの、くだらないもの、オレしかわからないと思わせるものを探していたアミにかかったのが彼のでした。

自分自身まだ入社3年目の若手編集者だけどいつまでも若くはない、そろそろ何かノロシを上げなきゃ編集部にいられなくなると焦り始めていたときで、海のものとも山のものともわからない、言語化できないけどとにかくおもしろいと感じ、これははっきり覚えていますが編集部でほかにおもしろいと言った人は2人だけでしたが、とにかく自分が担当になりました。

 

──思ってたよりフツーだったんですね。

のちに彼が『思ってたよりフツーですね』と銘打ち、自伝的エッセイ漫画をよその出版社で連載するんですが、記憶にございませんけれども初対面のとき、私が吐き捨てるように言ったとのことです。

作品からの想像と実像のギャップを見事に表現した、われながら名言ですね。実際、どんなヘンテコリンなヤツもしくはソリッドな人が現れるのかと思っていたら、いたって礼儀正しいほがらかな好青年だった。

自分もまだ若かったのでハラワタのドス黒さは見抜けなかったですね。

 

──1週間でネームを100本持ってこいと言ったんですね。

上司から言われたことをさも自分の意見のように伝えたまでなんですが、そしたらホントにすぐさま100本持ってきたわけなんですよね。

 

──『ナニワ金融道』の青木雄二さんが同期受賞だったんですね。

1989年秋の四季賞で共に佳作でしたが、翌1990年に『GOLDEN LUCKY』『ナニワ金融道』が相次いで連載スタートとなります。

年齢がほぼ二回り違いで親子みたいなもんだし、透徹したリアリズムで一世を風靡した青木さんと徹底的なナンセンスで熱烈な読者を持つ榎本さんが同期生ってなんだか笑っちゃいますね。

当時の「モーニング」の裾野の広さ、層の厚さ、訳のわからなさを物語る「史実」ですかね。

 

──『GOLDEN LUCKY』は読み継がれるべき作品ですよね。

少年誌に比べると青年誌の市場は小さいし、少しぐらい売れたからとて誰も知らなかったりしますけど、逆にものすごくカルトな支持を得たり、漫画の外側でフィーチャーされたりするわけですね。

「ギャグ漫画」自体が年々減ってる気がするし、「ナンセンス」となると描き手自体が絶滅危惧種な印象もあり、昭和と平成をまたぐバブル景気の後半、あだ花的に現れた不条理ブームの一翼を担い、現実の社会とは一見まったく乖離した真空感というのは唯一無二空前絶後だと今でも思っているんです。

アメリカンロックやアメリカンニューシネマに影響された暴力性も彼の特徴で、やっぱ思ってたより全然フツーではなかったですね。

 

──次の『えの素』がまたムチャムチャでしたね。

担当編集としてはこのクレイジーでゴキゲンな作家をどうにかメジャーにしたい、むしろ広く浅く浸透させたいと思って、青年誌だからサラリーマン漫画を、モーニングだから打倒島耕作をと提案しましたところが、アンサーとして出てきたのがエログロナンセンスであったという次第です。

連載開始に立ち会ってほどなく、『GOLDEN LUCKY』の後半から担当していたH田J司という後輩にバトンを渡すんですが、実は暴力性のカタマリである作者と大阪出身の暴力インテリゲンチャであるH田が、二人は同じ学年なんですけども、たまりにたまったリビドーを大爆発させるわけなんですね。

 

──二作とも作中で痛い目に遭ってますね。

『GOLDEN LUCKY』では新婚旅行中に妻ともども実名で爆破され、『えの素』では夫婦でキャラのモデルとして使われ、口では言えない辱めを受け、筆舌に尽くし難い塗炭の苦しみを味わいましたが、幼い息子に『えの素』を読み聞かせしたために彼のその後の人生にも暗い影を落としましたね。申し訳ないことをしたと思っています。

 

──その次の『ムーたち』が哲学的で素晴らしかったですね。

ドス黒い暴力性を孕みつつも宇宙や世界や人間について深く思索する作者の真骨頂だと思うんですよね。主人公父子の哲学的な語らいは人の親になった作者の私生活の反映であったし、こちらも自分の息子から与えられたヒントを作者に提案したりと、日常生活から湧いて出てきたシュールな漫画ではありました。

人類史上、フグの毒で死んだ人は何人ぐらいいるのかという愚問からネームが1本できたりと、短期で店じまいとはなりましたけど思い出は尽きません。

 

──近年はカルトな榎本さんがまた注目を集めてますね。

「BRUTUS」とかが火付け役なんでしょうか、ライフスタイル系というかアート系というかモード系というかコミックとはちがう畑で再発見再評価が進んでるみたいですね。

『えの素』で何やら重大なトピックが控えているそうで、初代担当&長く担当としてもうれしいことですが遠くを見る目でぼんやり眺めたいと思います。

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