宮崎夏次系デビュー10周年!『あなたはブンちゃんの恋』①巻発売記念!King Gnu井口理氏、宮崎夏次系作品を語る!

今もっとも注目を集め、J‐POPの最前線を進むバンド・King Gnu。井口理さんはボーカルとキーボードでバンドのフロントに立っている。その彼が以前から公言しているのが宮崎夏次系の漫画への愛だった。現在までに発表されたコミックもくまなく読み込み、作品世界に惚れ込み抜いているという。そんな井口さんに特別インタビューを敢行し、宮崎夏次系作品との出会い、作品や世界観から受けた影響、そして現在本誌連載中の『あなたはブンちゃんの恋』に対する思いをたっぷり語ってもらった。

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『あなたはブンちゃんの恋』1巻が発売とともに大反響につき、「モーニング・ツー」2021年1号掲載の特別企画インタビューを再掲載!

今もっとも注目を集め、J‐POPの最前線を進むバンド・King Gnu。井口理さんはボーカルとキーボードでバンドのフロントに立っている。その彼が以前から公言しているのが宮崎夏次系の漫画への愛だった。現在までに発表されたコミックもくまなく読み込み、作品世界に惚れ込み抜いているという。そんな井口さんに特別インタビューを敢行し、宮崎夏次系作品との出会い、作品や世界観から受けた影響、そして現在「モーニング・ツー」連載中の『あなたはブンちゃんの恋』に対する思いをたっぷり語ってもらった。

──宮崎夏次系作品との出会いはいつですか?

井口 忘れもしない大学二年の時です。当時、大学の寮で生活していたんですが、僕の大親友があるときすごくものものしい顔をして「これを絶対読んでくれ、井口くん」と僕の部屋に持ってきたのが夏次系さんの『僕は問題ありません』だったんです。彼がそんな気迫で何かを持ってくるのは珍しいことだったんで、「じゃあ、すぐ読むよ」と。僕が読み終わるまで、彼はそのまま僕の隣で待っている状態でした(笑)。

 

──すごい出会いですね。

井口 読み始めたらすごく衝撃を受けました。なかでも一番好きになった作品が「朝のバス停」という短編です。僕、読みながらぼろぼろ泣いちゃってたんで。読み終わったら彼とうなずき合うような感じでした。あの一冊を読んだときの記憶は今も鮮明に覚えてますね。友達が隣にいて僕が読み終わるまでずっと黙って待ってるという空気感まで鮮明に覚えてます。

 

──そのシチュエーション自体が漫画のストーリーみたい。

井口 確かにそうですね(笑)。彼が僕にあの本を持ってきてくれたこともうれしかった。

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──井口さんは絶対これを好きだろうと、ご友人はなぜ思ったんでしょうね?

井口 なぜなんでしょうね? 夏次系さんの漫画って、登場人物がどこかみんなちょっとイカれてるというか、他者と自分のアイデンティティの違いに苦しんでいるところがあって。僕も当時二十歳で、音大に通っていて、クラシックの道を進んではいたけどすごく悩んでる時期だったんです。自分はこの道に向いているのかとか、あいつより俺のほうが絶対うまいのにとか、そういう葛藤を自分の内側に抱えて鬱屈としてたのを彼が感じていたと思うんです。

 

──具体的にはどういうところにグッときたんですか?

井口 一回「頭に煙がのぼる」というかショートしてしまう人物が、夏次系さんの漫画にはよく出てくるじゃないですか。その「限界を迎えてその先に何があるか?」みたいなことが描かれているのが僕は好きなんです。この作品でも、主人公は普通の会社員なんですけど、ひとつ秘密を抱えている。彼は子ども時代、家で一人で過ごすことが多くて人形と話すクセがついてしまい、いまもずっと話してるのを奥さんが理解してくれないことに悩んでいて。そのあげくに、人形も燃やされちゃっておかしくなっちゃう。そんな人がときには救われたり、ときにはどうにもなんなかったり…でも、どこかで優しくて、ひとつ光明が見える。そういうところが好きです。このお話では最後に、娘さんが「パパは変じゃないわよ」って言う。その一言が、当時の僕も欲しかったんだろうな。自分と重なったというか、自分に響いたのはそういうところなんだろうなと思います。

 

──しかも、夏次系さんの作品って、必ずしも主人公をわかりやすく救わないですよね。

井口 そうなんですよ。けど、ちょっとした一言で本当に救われちゃったりする、そのさりげなさがなんか人生っぽい(笑)。夏次系さんが誰かを救おうとして漫画を描いてるとは思わないんですけど、人知れず救ってるよな、って「朝のバス停」を読んだときに思いました。「悲しい」とか「怒り」とかの間にある感情って人間にはいっぱいあって、そこに名前をつけてくれたような感じがしたんです。僕は夏次系さんの作品の良さを感じられる人と一緒にいたいな。たぶん、その人は僕と同じようなところで苦しんでいると思うんです。

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──そこからはもう俄然、宮崎夏次系作品に注目をしていったわけですね。

井口 そうですね。単行本が出るたびに買って読みました。(取材のために)今回この一週間くらいで夏次系作品を一気に読み返してて、ちょっと頭おかしくなりそうですけどね(笑)。好きなんですけど、世界に酔っちゃうというか、平衡感覚がおかしくなっちゃうんです。

 

──それは、登場人物に自分を投影してしまうところも大きいですか。

井口 そうですね。登場人物も描かれている風景も、どこか不思議な世界観があって。たとえば、『あなたはブンちゃんの恋』に出てくるブンちゃんの部屋でも、壁にデカいイカが飾ってあったりして「なんで?」って、その時点でもうよくわからない(笑)。なのに、作品世界に没入できるというのは、キャラクターの魅力が大きいというか、そこに自分を投影できる何かがあるんだと思います。不思議ですよね。作品を読んだあとに現実世界を見るとちょっと違って見える。だから酔っちゃうんだと思うんです。

 

──今、お話に出た最新連載『あなたはブンちゃんの恋』も第①巻が発売になります。

井口 「やっぱりこの人すげえな」ともう一回思っちゃった作品ですね。今までの長編で一番好きかも。主人公のブンちゃんの異常性には吹き出しちゃうところが多いんですよ。たとえば、三舟さんへの片想いのベクトルが過激すぎて、グリーンランドまで行っちゃうとことかね(笑)。そんなブンちゃんを笑ってる自分もいるんですけど、どこかで笑えない自分もいる。「本当に人を好きになっちゃうってこういうことだよな」と思うし。〝自分の中にいるブンちゃん〟を意識させるのがうまいなあって。「うまい」って言い方が失礼なんですけど。どう考えてもおかしいだろっていうことが起きてるんですけど、どこかで共感してる自分がいる。そういうキャラクターの描き方が、夏次系さんの卓越してる部分だなと僕は思います。特に今回はやばいくらいそう思いました。

 

──ブンちゃんが叶わぬ思いを寄せる三舟さんの描き方もすごいですよね。無邪気で誰の味方もしてないという。笑顔の爽やかさがすごいです。

井口 一番おそろしいのは三舟さんじゃないかと僕は思うんです(笑)。(ブンちゃんが)丸坊主にするシーンとかも笑っちゃうんですけど、せつないんですよね。喜怒哀楽の四つが詰まってて、笑いながら泣いてるし怒ってるみたいな、その混ざり具合がリアルで絶妙。物語を描く上で起承転結は大事だと思うし、僕も歌を歌ってて頭とサビやラストの歌い方ではグラデーションを作るんですけど、計算と感覚の狭間というか、どっちに振りすぎても聴く側、見る側がさめてしまう。そこの絶妙なバランスが、夏次系さんはマジで天才だなと思います。

 

──しかも多作で、短編集なんかは一話読むごとに揺さぶられる演出がすごい。

井口 そうですよね! 『アダムとイブの楽園追放されたけど…』①巻の最後に入ってる短編(「オカリちゃんちのお兄ちゃん」)も、めちゃくちゃいい話で。これはやばかった。ちょっとずるいですよ。このコメディタッチの長編の最後に入っているからこそ余計に効いてくるというか、またここで泣いちゃうという。

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──言葉の面でもすごいというか、セリフや作品のタイトルがすごく印象に残るものが多いですよね。

井口 ホームセンターを「ホムセ」とか、人工マッサージのことを「マッサ」とか、かわいく略すところも好きですね。読んでてちょっと笑っちゃう。言葉のリズム感が独特というか、読みながら気持ちよく物語の中を歩んでいけるんですよね。それって、音楽でいうと「グルーヴ」ってことだと思うんですけど、そういうのを作り出す部分も僕らとどこか通じてるのかなって。

 

──今回、『あなたはブンちゃんの恋』①巻と同時に、初の画集『宮崎夏次系画集 変な夢を見た』も同時発売されます。夏次系作品はキャラクターやストーリーはもちろん、絵の力も大きいと思うんですが。

井口 画集、予約しました。夏次系さんって一枚絵で「この人何してきたんだろ?」「今何考えてるんだろ?」みたいなことを思わせる力を強く感じます。景色で人の心をすごく出してますよね。

 

──なぜそこを切り取ろうと思ったんだろうって思わせる描写力が夏次系さんのすごいところですよね。

井口 そうですね。普通だったら拾い上げないものというか、無視できちゃうところも丁寧にひとつの話に昇華する。そこに優しさを感じます。あと、キャラクターの顔がすごいですよね(笑)。同じような顔のキャラが、手塚治虫さん的な感じで違う設定の作品にも出てきたりする。「この顔はこういう性格」みたいなのが一貫してる感じなんです。

 

──ブンちゃんの職場の同僚・末廣の顔にも見覚えがありますよね。

井口 そうそう。『なくてもよくて絶え間なくひかる』にも出てくる男の子と同じ「点」の目をしてるんですよ!

 

──しかし、こちらが想像していた以上にくまなく読まれているんですね。他にも印象的なお話はありますか?

井口 『ホーリータウン』で、頭からチクワが生えているクラスメイトの女の子の肖像画を描くときに、みんなが濁して描く中で一人だけありのままを描く男の子のお話があるんですけど。その最後のページに「僕には 真面目さを装って 何かに復讐している所がある」って独白があって。「何かに復讐している所がある」という言葉の選び方がすごいし、そのシーンを自分の感情に置き換えるのは難しいんですけど、すごくわかるなって思うんです。主人公の考え方が合ってるとは思わないんですけど、最後の言葉にはなぜか「わかるなー」って思わされちゃう。

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──登場人物がとる行動は必ずしも正解じゃないけど肯定していく力が大きい。

井口 それって普段生きていく上でもめっちゃ大事ですよね。自分と違う感覚を持ってる人を排除するんじゃなくて、「ああ、それもアリかもね」と言っちゃえる心の器って、誰しも持っていてほしいなと僕も普段から思ってるんです。夏次系さんも自分で描きながら、そのキャラクターに共感してるというよりは「こういう子もいていいよね」と思ってるのかな。価値観の違いを肯定するその器の広さが、僕が夏次系作品を好きなところなのかなと思うんです。

 

──その表現方法は決してヤワではないですけどね。

井口 確かに、ぶっ飛んじゃってますけど(笑)。

 

──漫画と音楽は通じていると思われるところはありますか?

井口 逆に違うところを見つけるほうが難しいなと思ったんです。人の根源的なところに触れてるという意味で、同じ仕事なのかなと思います。漫画も音楽も人を巻き込む力があるし、人を意図せず救ってしまうところがある。好きな漫画は何回も読み返したくなるし、好きな曲は何回も聴き返したくなる。違いといえば、音楽には生物(ライブ)という面があるところかもしれない。でも基本的には一緒だなと思います。

 

──すごく孤独なところから創作を始めて、最終的には何万人、何百万人にまで届くことが起こりうるところも近いなと感じます。

井口 そうですね。僕も夏次系さんの漫画が届いたことで救われた者のひとりなので。創作については、夏次系さんも毎回挑戦されてるんだろうなと思います。過去に引っ張られず、新しいものに挑戦し続けることが原動力なんだろうな。

 

 

井口 理 Satrou Iguchi
’15年に結成された、東京藝術大学出身のクリエイター・常田大希(Vo,G)が率いる四人組のミクスチャーバンド「King Gnu」のメンバー(Vo,Key担当)。2019年にはメジャーデビュー1年目にして第70回NHK紅白歌合戦に初出場。今もっとも注目を集めるミュージシャンの一人。

取材・文/松永良平 ヘアメイク/TAKAI 撮影/柏原力

 

「モーニング・ツー」にて好評連載中!

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