文:神楽坂淳(かぐらざかあつし) 作家、漫画原作者。1966年広島県生まれ。多くの文献に当たって時代考証を重ね、豊富な情報を盛り込んだ作風を持ち味にしている。著書『大正野球娘。』『うちの旦那が甘ちゃんで』ほか。近刊『帰蝶さまがヤバい』。
そろそろ忘年会のシーズンである。江戸時代にも忘年会はあった。町奉行所にもしっかりと忘年会がある。しかも長かった。
奉行所の仕事納めは12月25日。翌日の26日から1月の2日まで奉行所は忘年会をやっていた。
1年間休みなく働いた報酬というわけである。
江戸の町は、12月13日のすす払いが終わると、仕事というよりも年末モードに突入する。 どの店も来年に向けての準備を始める。
すす払いも、江戸城をはじめとしてすべての商人がいっせいに行う。終わると頑張った人たちを胴上げして祝う。
さらに、夕方から煤払いそばを振る舞う習慣だった。
この時の蕎麦がプチ忘年会と言ってもいいだろう。
長屋に関しては大晦日の最終決戦に向けて準備が始まる。江戸は掛売り社会だから、年末に売掛金の回収がある。
大晦日に払わずに凌ぎきることができると、次の大晦日まで持ち越される借金もあるのである。
やりすぎると物を売ってもらえなくなるので、どこまで払えるかギリギリの攻防戦を行うことになる。
借金の交渉をしながら、長屋では忘年会が行われた。
忘年会が終わると初詣である。基本的に大晦日の江戸は朝まで忘年会をやるのが習慣だった。
その代わり元日の江戸は完全休業である。燃え尽きるまで忘年会をやって、元日は寝て過ごす。
江戸の町が復活するのは2日からであった。
今と違って江戸時代には休みがない。商人であればお盆の時期に3日、正月の時期に3日。基本的に年に6日間の休みである。
大工や鳶であれは雨は休み。
現代のように定期的な休みというものは江戸にはない。そういった憂さ晴らしのすべてを忘年会にぶつけるのである。
どこの店でも終夜営業で、一年で最大のかき入れ時である。
江戸百万人の一斉の忘年会である。取り締まりなどはなかったが、犯罪もあまりなかったような気がする。
全員参加の忘年会であれば、犯罪者といえども例外ではない。忘年会をサボって盗みを働くというようなことはかえってできなかったのではないだろうか。
そのせいなのかもしれないが、奉行所はとにかく飲んだくれていた。この期間においては、飲食代はすべて奉行所が負担する。
薄給の同心からするとありがたかったに違いない。
今はそういう時代ではないし、一人でゆっくり年末を過ごしたいという人の方が多いかもしれない。
コロナの問題もあるから、そういう時代はもはややってこないのだと思う。
しかし、首都全部が朝まで忘年会をやっているというのも、それはそれで楽しい祭りなのではないか。
経済という意味においては、お祭りというのは案外経済を回している。毎月なんだかんだと祭りが開かれているのが江戸の消費を促していたのだろう。
飲酒経済とでも言うべきものが江戸にはあったような気がする。
時代に逆行するようだが、ウェブ忘年会だったとしても年末には集まって酒を飲んでみるのも悪くないと思う。
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