文:神楽坂淳(かぐらざかあつし) 作家、漫画原作者。1966年広島県生まれ。多くの文献に当たって時代考証を重ね、豊富な情報を盛り込んだ作風を持ち味にしている。著書『大正野球娘。』『うちの旦那が甘ちゃんで』ほか。近刊『帰蝶さまがヤバい』。
江戸時代は、今で言うフリーターの多い社会だった。
そもそも、今で言うサラリーマンができたのは大正時代である。それまでは基本的に職人の社会なので、日雇いが多かった。
初めてサラリーマンという制度が導入された時、職人としての腕がないからサラリーマンなのだろう、とバカにされていた。
腰に風呂敷で包んだ弁当をぶら下げて出社する人が多かったから「腰弁野郎」と言われたのである。
江戸時代は、商人として仕事をする者は、小さい頃から店に住み込んで休みなく働き続けることになる。
たとえば江戸でフリーターとして働いたとしたらどうなのだろう。職人としてきちんと働くと、現代の料金にして1日で1万2000円から3万5000円ぐらいまでの幅で、金を手にすることができる。
口入屋という派遣会社もあって、住み込みの仕事なども豊富である。ちなみに同心の手伝いをする小者も口入屋の手配である。
この場合、フリーターというのは、まさにフリーの仕事をさしている。
江戸は今と違ってチップ社会である。何か手伝ってもらったら4文(120円くらい)渡すのが礼儀だ。坂道を老人の腰を押して歩くのを手伝えば120円。家まで荷物を持って行ってあげれば120円という形で金が発生していた。少々手間のかかる手伝いならもっと出す。
江戸時代の特徴としては、生活費の安さである。月に8万円も収入があれば親子3人で暮らしていくことができた。
何と言っても個人所得税がない。江戸時代は農民の払う年貢以外は御用金という形で税金を取っていた。
呉服屋なら呉服屋、油問屋なら油問屋という形で業界全体から税をとる。どの店がいくら払うかということには幕府は関与しない。業界で話し合って決めてくれということである。
そうなると、代表的な企業が税金を払うことになって、個人商店のようなところからは税金は取らないことになる。
当然、業界内での話し合いも緊密に行われることになる。その結果、倒産する会社を出さないような仕組みが作られていくのである。
個人への税金がないということは、消費に拍車をかける。結果として、フリーターだったとしても割と気楽に暮らせる社会ができていたのである。
もう一つは家賃の安さである。基本的には月額8000円ほどで住むことができる。
そうすると月に8万円の収入で、家賃が8000円ということを考えると充分に生活ができた。
その上、長屋は共同購入が発達していた。米でも味噌でも醤油でも、長屋単位で購入するから割引で買うことができる。
正社員でなければならない、というような感覚は実は昭和のもので、江戸時代は会社に所属という感覚があまりない。
あえて言うなら、武士が会社員にあたる。
ここはシステムが硬直化してしまっていたから、江戸末期の下級武士が生活としてはいちばん苦しかったかもしれない。
庶民が長期的な展望を考えることは難しかったが、その代わり気楽に生きても仕事がなくなることはあまりなかったのである。
明治になって、政府の高官が庶民に、明治になって生活が良くなったろうと質問したら、税金のせいで生活が苦しくなりましたという答えが返ってきたという。
今の税制でも、事業税に一本化して、個人所得税を撤廃してみるというのはどうなのだろうと思う。
消費税が15%だったとしても個人所得税がゼロなら、景気も刺激されて上昇するような気もする。
自分の店を持ちたいというような野望がある人は、店に勤めて修行をする。職人として腕を磨きたい人は、親方の下で修行をする。
そして、気楽に行きたい人は町の人々の手伝いをして収入を得る。
そういう意味では、江戸の庶民は案外職業的な自由を手にしていたのである。
西洋と交流することになって、大企業というものができて、そこで働くのが当たり前になったことによって、かえって生活が貧しくなっていくという側面がないわけではない。
ましてや、日本全体の景気が悪くなって税金だけが高くなっていくという社会では、フリーターは苦しいだけである。
派遣もフリーターも、江戸時代は職業選択の自由を広げるという良い働きをしていたのに、現代では逆である。
何でも江戸がいいという気はないが、フリーターでも心配なく暮らせるような社会が望ましいと思う。
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