初めまして。
コミックDAYS編集部から、漫画内で事件・犯罪を起こしたキャラを弁護してみてくださいと、無茶ぶりをされた弁護士の角田龍平です。フィクション世界の人間を現実世界の法律で守ったり、罰することなどできるのか、検証していこうと思います。
※ここから先は検証口調になります。
タイトルは「リアルに懲役何年ですか?」というこの企画。
初回は、〝殺しの天才〟ファブルの量刑について論じたい。
ファブルとは・・・ヤングマガジンで連載中の『ザ・ファブル』の主人公。
『ザ・ファブル』あらすじ・・・どんな敵も鮮やかに葬り去る“殺しの天才”通称ファブルは、相棒の女とともに、日々、裏社会の仕事をこなす日々・・・。だがある日、ボスの突然の指令を受け、“一般人”として、まったく新しい生活を送るハメに・・・。
数年前、薬局で育毛剤を買おうとしたら、薬剤師にこう問われた。
「お客様は20歳未満ですか?」
20年前に成人式を迎えた私が首を横に振ると、薬剤師は矢継ぎ早に尋ねてきた。
「お客様は65歳以上ですか?」
どうやら、その育毛剤は年齢による使用制限があり、確認が必要らしい。もっとも、
この質問は20歳未満にも65歳以上にも見える者に対してのみ意味を持つ。
私は生まれてこの方、そんなひとに会ったことがない。
犯罪報道で、「目撃者の証言によると犯人は30代から40代の男」というのは耳にしたことがあるが「犯人は18歳未満か65歳以上の男」というのは聞いたことがない。
世の中には言わずもがなの愚問がある。
71人ものひとを殺したファブルについて「リアルに懲役何年ですか?」と問うことも、言わずもがなの愚問だろうか。
刑事裁判で被告人の量刑について死刑か否かが問題になる場合に用いられる基準がある。
いわゆる永山事件で最高裁が示した永山基準だ。
永山事件とは、昭和43年秋から44年春にかけて、当時19歳の少年だった永山則夫が、盗んだけん銃を使用して、東京、京都、函館、名古屋の各地で警備員、タクシー運転手ら4人の生命を次々に奪い、「連続射殺魔」として市民を恐怖のどん底におとしいれた事件である。
最高裁は永山事件において、
1.犯行の罪質
2.動機
3.態様ことに殺害の手段方法の執拗性・残虐性
4.結果の重大性ことに殺害された被害者の数
5.遺族の被害感情
6.社会的影響
7.犯人の年齢
8.前科
9.犯行後の情状等各般の情状を併せ考察したとき、その罪責が誠に重大であって、罪刑の均衡の見地からも一般予防の見地からも極刑がやむをえないと認められる場合には死刑の選択も許される
という基準を示した。
71人という日本の犯罪史上例を見ない被害者数からすれば、永山基準に照らしてもファブルは極刑以外選択の余地がないようにも思える。
さらに、ファブルは、報酬目当てでけん銃を用いた残虐な方法により殺人を繰り返し、犯行後すぐにお気に入りのお笑い芸人・ジャッカル富岡を見て爆笑するなど悔悛の情も認められない。
ファブルにとって有利な情状は、劣悪な生育環境くらいのものだ。
この点、永山事件においても、被告人は劣悪な生育環境にあった。
同事件の控訴審判決によると、
「被告人は出生以来極めて劣悪な生育環境にあり、父は賭博に狂じて家庭を省みず、
母は生活のみに追われて被告人らに接する機会もなく、
被告人の幼少時にこれを見はなして実家に戻ったため、
被告人は兄の新聞配達の収入等により辛うじて飢をしのぐ等、
愛情面においても、経済面においても極めて貧しい環境に育ってきた」という。
しかし、そのような事情を考慮しても、犯行の罪質、動機、態様ことに殺害の手段方法の執拗性・残虐性、結果の重大性ことに殺害された被害者の数、遺族の被害感情、社会的影響に照らせば、被告人の罪責は誠に重大であるとして、最終的に死刑判決が確定した。
ファブルの生育環境は永山則夫と比べても殊更に劣悪である。
大阪で一般人として潜伏生活をするにあたって、
ボスから佐藤明という偽名を与えられるが、本名は今なお不明のままだ。
氏名不詳の者を起訴できるのか?
もしかしたら、そんな疑問を持つ読者もいるかもしれないが、
氏名不詳者であっても被告人として特定すれば 起訴できる。
起訴状に人相や体格といった身体的特徴を記載したり、写真を添付したりして被告人を特定するのだ。過去には、公判で福山雅治と自称し続けた男が窃盗罪で有罪判決を受けたこともある。
※ちなみに、この男は『笑点』で福山雅治に間違えられる色男ネタと楽屋泥棒ネタでおなじみの三遊亭小遊三ではない。
これまで私は読者の立場で、ファブルによる殺人を目撃した者として論を進めてきた。
しかし、私は二次元の作品の世界で証人として証言することができない。二次元の世界でファブルを処罰するためには、二次元の世界の目撃者が必要だ。
はたして、作品の中にファブルによる殺人を目撃した者はいるだろうか。
大阪でファブルの面倒を見ることになった真黒組の組長浜田が話す、
3年前のファブルの仕事ぶりは、すべて伝聞だ。
ファブルがひとを殺した現場を目撃した者は誰ひとりいないのである。
和歌山カレー毒物混入事件でも、林真須美死刑囚による犯行を目撃した者は誰ひとりいなかった。しかし、
1.カレーに混入されたものと組成上の特徴を同じくする亜砒酸が、被告人の自宅等から発見されていること
2.被告人の頭髪からも高濃度の砒素が検出されており、その付着状況から被告人が亜砒酸等を取り扱っていたと推認できること
3.当日、被告人のみがカレーの入った鍋に亜砒酸をひそかに混入する機会を有しており、その際、被告人が調理済みのカレーの入った鍋のふたを開けるなどの不審な挙動をしていたことも目撃されていること
以上を総合することによって、裁判所は犯罪事実を認定した。
ファブルが寓話でいられるのは、殺しの証拠を全く残さないからだ。
ファブルに憧れ、弟子入りを志願した真黒組の組員クロに、
ファブルは〝殺しの天才〟の矜持を語る。
「名前を残したいとか、生きた証とか」
「そういう痕跡すら全く残さない」
「存在を知られない、それがこの世界のプロや!」
刑事裁判は必ずしも神様の目から見た真実を明らかにするものではない。裁判官が証拠から真実らしきものを認定する手続にすぎない。
たとえ真実は71人を殺していても、犯人とファブルの同一性を証明する証拠がなければ、起訴されることもない。
そして、寓話はつづく・・・。
この記事を書いた人
角田龍平
大阪弁護士会所属。
角田龍平の法律事務所所長。
民事、刑事を問わず数多くの事件を担当。弁護士業務の他、ニッポン放送「角田龍平のオールナイトニッポンポッドキャスト」、KBS京都ラジオ「角田龍平の蛤御門のヘン」のパーソナリティを務める