フリーライターの鷹野凌(たかの・りょう)と申します。著書に『クリエイターが知っておくべき権利や法律を教わってきました。著作権のことをきちんと知りたい人のための本』があることから、コミックDAYS編集部にお声がけいただきました。この記事では、これからマンガ家になりたい人が知っておくべき、著作権や肖像権などの「法律」と、原稿料や印税などの「お金」にまつわることを、全6回でわかりやすく解説していきます。第1回は「表現の自由」について。
マナブ:DAYS高校のマンガ部部員。高校1年生男子。プロのマンガ家を目指して頑張り中。
詳田(くわしだ)先生:DAYS高校の女性教師でマンガ部顧問。あらゆることに詳しい。とにかく詳しい。
あなたには「表現の自由」がある
- 詳田先生:あら、マナブくん、こんにちは。今日も頑張ってマンガを描いてるのね。
- マナブ:あ、先生こんにちは。ええ、プロのマンガ家目指してますから!
- 詳田先生:私も高校生のころは、マンガ家になりたかったのよ。ああ、懐かしいなあ。親や先生への不満をマンガにして、学級新聞に載せたりして。
- マナブ:それめっちゃ怒られそうですね……。
- 詳田先生:はい、怒られました。けど、まったく気にしなかったわ。私たちはみんな、「表現の自由」を持ってますから。思想、意見、主張、感情などを表現することは、日本国憲法で認められた私たちの権利。だからマナブくんのことも、全力で応援するわ。
- マナブ:ありがとうございます! あの……先生に折り入って相談が。実は明日、イブニング編集部へ持ち込みに行こうと思ってるんですけど、友達に原稿を見せたら「パクりじゃん」と言われちゃって。
- 詳田先生:あら。どんなマンガなの?
- マナブ:えーと、巨人が世界を支配していて、人間が巨人に食べられたりするマンガです。言われてみれば確かに、設定が『進撃の巨人』に似すぎてるかなあって。
- 詳田先生:なるほど。その「設定」だけなら、法的にはたぶんセーフよ。
- マナブ:え! 本当ですか!?
- 詳田先生:元作品の権利を侵害しているかどうかは、「創作的な表現」を模倣しているかどうかによって決まるの。例えば、巨人の姿がそっくりとか、人間が食べられてるシーンがそっくりといった具体的な表現が似ているならともかく、設定とかアイデア、基本的な物語の構造が似ている程度なら、法的にはセーフ。
- マナブ:マジですか! やった!
- 詳田先生:そもそも世の中に、完全にオリジナルな作品というのは存在しないわ。誰もが必ず、過去に読んだり観たりした作品の影響を受けているから。アイデアレベルでいちいち誰かの許可が必要となると、創作活動全体が萎縮して、文化の発展の妨げになってしまうわよね。だから、法律で保護される範囲は「思想又は感情を創作的に表現したもの(著作権法第2条)」に限られているの。
- マナブ:はー、なるほど。ちなみに、人類最強・冷静沈着でドSなカッコいいキャラが登場するんですけど、これも大丈夫ですかね?
- 詳田先生:「性格」が似てるだけなら、それも法的にはセーフね。似た性格のキャラクターが他の作品に出せないとなったら、みんな困っちゃうわよ。
- マナブ:確かに、冷静沈着でドSなヒーロー・ヒロインは、いろんな作品に出てきますね。
- 詳田先生:もっと言うと、「文体」や「絵柄」も法的には保護されないわ。例えば、宝島社から『もし文豪たちが カップ焼きそばの作り方を書いたら』という本が出ているの。著者は神田桂一さんと菊池良さん。「もしも村上春樹がカップ焼きそばの作り方を書いたら……」など、有名作家の文体模写をした作品ね。
- マナブ:あ! このネタ Twitter で見たことある!
- 詳田先生:表紙は「※もし手塚治虫が太宰治を描いたら…を田中圭一が描いたら」というネタイラストね。よく特徴を捉えているわ。こういう「文体」や「絵柄」は、法的には保護されないから、それだけが似ていてもお縄になることはまずないわね。
- マナブ:ふう、安心した。なんだかムクムクと創作意欲が湧いてきましたよ! ……あ! いい台詞思いついた!
- 詳田先生:(なんだか嫌な予感……)
- マナブ:クライマックスで、主人公が叫ぶんです。「てめぇら全員、駆逐してやる!」って!
- 詳田先生:……それ『進撃の巨人』の台詞に似てるわね? 元は「駆逐してやる!! この世から…一匹…残らず!!」だっけ。
- マナブ:はい! 僕、あのマンガ大好きなんで、台詞の雰囲気を真似てみました! 文体ならいくら真似てもいいんですよね?
- 詳田先生:「文体」は超えてると思うけど、まあそれでも法的には恐らくセーフでしょうね。これくらい短い台詞だと、わずかな違いでも大きな違いですし。
- マナブ:やったー! 僕の完全勝利!
- 詳田先生:ただし。
- マナブ:た……ただし?
- 詳田先生:ここから先は、マナブくんがプロのマンガ家を目指すなら、考えてほしいこと。覚悟はいい?
- マナブ:は……はい(ごくり)。
「法律」を超えた先にあるもの
- 詳田先生:世の中には、法的には問題なくても糾弾されるケースが多々あるわ。さっきの台詞が法的にはセーフだとしても、「『進撃の巨人』のパクリだ」と思う読者は沢山いるかもしれない。「駆逐してやる」という特徴的な言い回しのインパクトは大きいですもの。
- マナブ:そんな……! 法的にセーフなのに理不尽だ!
- 詳田先生:いえいえ、ちっとも理不尽じゃないわ。だってマナブくんはこれから、何千何万と新作が発表され続けるマンガ界に殴り込みをかけるんでしょ? 大海原に船を漕ぎ出すんでしょ? 読者は常に「新しいもの」を求めているわ。法的にセーフかどうかと、読者の心に爪跡を残せるかどうかは、プロを目指すなら別問題よ。
- マナブ:う……何も言い返せない。
- 詳田先生:ちなみに、よくネットで「検証」される、キャラクターのポーズや構図、コマ割りも同じよ。よほど特殊なものでない限り、法的にはセーフであることが多いように思うわね。でも、読者がどう思うかは別問題。そこがこの世界のシビアなところ。
- マナブ:炎上、怖い……。でもアウトかセーフか、どうやって判断したらいいんです?
- 詳田先生:元ネタがバレると困るとか恥ずかしいと思うような模倣は、やめておいたほうがいいわね。例えば、さっきの台詞を諫山創先生の前で堂々と朗読できる?
- マナブ:む、無理です。
- 詳田先生:であれば、違う台詞にしたほうがいいでしょうね。
- マナブ:はーい、そうします。とほほ。
- 詳田先生:逆に、あえて似たような設定や演出を使うことで「元作品への愛」を読者に感じさせるという手法もあるわ。インスパイア、リスペクト、パスティーシュ、パロディ、オマージュ、サンプリング、カバー、リミックスなど、いろんな言い方があるわね。先ほどの『もし文豪たちが カップ焼きそばの作り方を書いたら』は、いい例。
- マナブ:おー、なるほど!
「自由」と「覚悟」
- マナブ:先生、もっと聞いてもいいですか? 例えば、マンガの中に実在する企業や商品の名前を出すのって、どうです?
- 詳田先生:よく「商標権」の侵害ではないか、と言われる話ね。商標権の及ぶ範囲で言えば、フィクションの中に実在の商品を登場させるだけで侵害になるとは、ちょっと考えづらいわ。商標の目的は、同種の商品に紛らわしい名前をつけて消費者を惑わせるような行為を防ぐことにあるから。
- マナブ:やった! じゃあバンバン出しちゃいますね。
- 詳田先生:とはいえ、世間一般的に「悪いこと」とされている事柄に企業や商品の名前を使うと、名誉毀損や侮辱にあたるとして損害賠償を請求される可能性があるわ。例えば、主人公が乗っている車を実在の車種にした上で「すぐ故障する」と愚痴を言わせたとする。実際にはそんなことないのに、その車のイメージが悪くなって売り上げが下がったら……?
- マナブ:そりゃ怒られますね。
- 詳田先生:マンガで描いたことが現実社会にどんな影響を及ぼすかは、予想がつかないこともあるわ。だからフィクションであっても、実在の固有名詞を使うのは避ける場合もあるの。まあ、この辺は媒体にもよるし、考え方ね。
- マナブ:なるほどなあ。
- 詳田先生:これは、個人名や、宗教・団体などにも言えることね。2015年に起きたフランスのシャルリー・エブド襲撃事件では、イスラム教の風刺画を掲載し続けた出版社が襲撃され12人が殺害されたわ。非常に悲しい事件。。
- マナブ:……!?
- 詳田先生:まあ、こういう例は極端だけど、過激な表現にはリスクもあるということは、表現者を志すなら覚悟しておく必要があるわね。
- マナブ:ガクブル。……そういえば「差別表現」って言葉を聞いたことがあるんですけど、マンガにも関係あるんです?
- 詳田先生:すごーく線引きの難しい問題ね。基本的な考え方は「描くことで現実に傷つく人がいるかどうか」。なぜその表現をしなければならないのか、どうしても必要な表現なのか、読んだ人がどんな気分になるのか……描く前に一度考えてみてほしいな。もし判断に迷ったら、編集者に相談してみるといいわ。そういう判断をサポートするために、彼らはいると言ってもいいくらいですし。
「えっちな表現」どこまで OK ?
- マナブ:じゃあ先生、えっちな(ハァハァ)表現は(ハァハァ)どうでしょう?
- 詳田先生:マナブくん、息が荒いわ……。男女、男男、女女など組み合わせはいろいろだけど、恋愛や性表現とマンガ文化は、切っても切り離せない関係にあるわね。
- マナブ:どこまでなら(ハァハァ)描いて(ハァハァ)いいです?
- 詳田先生:息が荒いってば。実は、明確な基準が2つあるわ。
1つ目は、刑法の「わいせつ物頒布等の罪」にあたるかどうか。
2つ目は、「青少年健全育成条例」によるゾーニング等の対象となるかどうか。
- マナブ:刑法? 条例? なんか難しそうですね。
- 詳田先生:まずは「わいせつ物頒布等の罪」について。今の運用を簡単に言えば、「モロ」はダメってこと。第二次性徴期以降の性器を具体的に描写するのは、マンガだけでなくイラストでも映像ソフトでも摘発の可能性はありそうね。
- マナブ:あれ、でもこないだ観てた『エロマンガ先生』ってアニメで、モロに出てたような。
- 詳田先生:ミケランジェロのダビデ像ね。芸術性が高い作品は、わいせつ度が下がるので問題ないと判断されやすいみたいよ。
- マナブ:アート無罪!
- 詳田先生:とも限らないのよ。例えば、江戸時代の浮世絵画家の作品を展示した「春画展」は OK だけど、同じ春画を特集で掲載した週刊誌が警視庁から口頭指導された、というケースもあるわ。
- マナブ:なにそれ! どういう線引きです?
- 詳田先生:同じ誌面にヌード写真などが載っているため、春画のわいせつ性が強調されている、という判断だったみたい。まあ、これは裁判の確定結果ではなくあくまでも警視庁がそう考えて注意しただけなのだけど。春画単体ではなく、掲載媒体や文脈でも判断される場合がある、ということになるわね。
- マナブ:ほえぇ。
- 詳田先生:次に、東京都等の「青少年健全育成条例」による規制の対象となるかどうか。成人なら OK だけど、青少年には NG、という線引きがあるわね。
- マナブ:コンビニや書店でも、はっきりコーナーが分かれていますもんね。
- 詳田先生:そうそう。「出版倫理協議会」や「出版倫理懇話会」といった自主規制団体があって、主に成人向けかどうかの判断や、自主規制措置を行ってるわ。性表現や暴力表現に嫌悪感を抱く方もいらっしゃるので、ある程度のラベリングやゾーニングは私も必要だと思うわ。
- マナブ:まあ、隠されれば隠されるほど(ハァハァ)見たくなってしまうのが(ハァハァ)男のサガですけどね(ハァハァ)。
- 詳田先生:ま、健康な証拠ね。ちなみに最近はいわゆる「ロリ」表現についても厳しくなっているみたいよ。さて、「わいせつ物頒布等の罪」にあたるのか、「青少年健全育成条例」に引っかかるのかを超えた先は、出版社や編集部の判断ね。例えば「週刊少年マガジン」と「ヤングマガジン」ではターゲット層が異なるから、自ずと求められる表現も違ってくるわ。
- マナブ:なるほど、少年向けか、青年向けか、雑誌のカラーによっても判断が変わるわけですか。
- 詳田先生:そうそう。「性表現」や先ほどの「差別表現」は、簡単には白黒線引きできない難しい問題。だからこそ判断に迷ったら、編集者に相談してみるといいわ。
- マナブ:先生、今日はいろいろありがとうございました。僕、こんなに勉強したの初めてかも。
- 詳田先生:あはは。ちょっと難しい話もしちゃったかな。でも最後に、これだけは忘れないで。マンガ家の仕事は、ゼロからイチを大胆に生み出すこと。まずは何も恐れず、ストッパーをかけず、描きたいものを描いてみて。マナー違反がないか、いきすぎた表現がないかの判断は、それからでも OK。せっかく持ち込みに行くなら、編集部の考えを聞いてみるのもいいわ。そのペンにマナブくんの思いを乗せて、存分に表現の自由を楽しんで。明日の持ち込み、頑張ってね。
- マナブ:はい! ありがとうございます!
ここを読めばざっくりわかる!今回のツボ!
・みんなが「表現の自由」を持っている
~日本国憲法第3章 「国民の権利及び義務」 の第21条~
集会、結社及び言論、出版その他一切の表現の自由は、これを保障する。 検閲は、これをしてはならない。通信の秘密は、これを侵してはならない。
・アイデアや物語の構造、キャラクターの性格、文体や絵柄などは著作権法で保護されていない。
・企業名や商品名を出す時は、事実と異なるような「悪いこと」に使わない。
・差別表現は「読んで傷つく人」がいないかが大切な考慮要素。
・エロ表現は「わいせつ物頒布等の罪」「青少年健全育成条例」が判断基準。 さらに編集部ごとでも基準が違うので、確認・相談してみよう。
~日本国憲法第3章 「国民の権利及び義務」 の第21条~
集会、結社及び言論、出版その他一切の表現の自由は、これを保障する。 検閲は、これをしてはならない。通信の秘密は、これを侵してはならない。
・アイデアや物語の構造、キャラクターの性格、文体や絵柄などは著作権法で保護されていない。
・企業名や商品名を出す時は、事実と異なるような「悪いこと」に使わない。
・差別表現は「読んで傷つく人」がいないかが大切な考慮要素。
・エロ表現は「わいせつ物頒布等の罪」「青少年健全育成条例」が判断基準。 さらに編集部ごとでも基準が違うので、確認・相談してみよう。
次回は「あなたの権利」についてお話する予定です!!
文/鷹野凌
監修/福井健策(骨董通り法律事務所代表パートナー、日本大学芸術学部客員教授)
イラスト/萩原あさ美