【担当とわたし 打ち切り編〜『ファラ夫』の場合】

どの連載にも始まりがあれば終わりがあるーーー。「週刊ヤングマガジン」で連載開始し、そのシュールなギャグで人気を博したものの、最後は打ち切りとなってしまった『ファラ夫』。1つの作品の誕生から終焉の一部始終を、作家・和田洋人と担当・村松が語り尽くします。

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どの連載にも始まりがあれば終わりがある―――。「週刊ヤングマガジン」で連載開始し、そのシュールなギャグで人気を博したものの、最後は打ち切りとなってしまった『ファラ夫』。1つの作品の誕生から終焉の一部始終を、作家・和田洋人と担当・村松が語り尽くします。

…和田洋人
『ファラ夫』作者。
>『ファラ夫』1話はコチラから! 
…コミックDAYS編集部・村松
ヤンマガ所属時に『ファラ夫』を担当。
>村松編集の詳しいプロフィールはDAYS NEOに掲載!

和田「アシスタントを辞めてから2ヵ月で体重が20kg落ちました

――和田先生は『ファラ夫』連載以前はどのような活動をしていたのでしょうか?

和田:10年以上前に「月刊少年マガジン」で賞をとったんですよ。そこから担当さんがついて連載用のネームを作っていたんですが、なかなかうまくいかず…。その後はアシスタントをしながら持ち込みをしたり、子供向けの伝記ものを描いたりしてました。

――『ファラ夫』はどのように構想していったんですか?

和田:以前、新宿の建設現場から縄文人の骨が発見されたというニュースがあって、遺跡の発掘をしている友人に聞くと、関係者のあいだではかなり話題になっていると。酸性の火山灰である関東ローム層にあることが多いので、石器は残っても骨は残らないからあり得ないと言うんです。その話を聞いたときに、「日本で何が出てきたら面白いかな、何が出てきたらあり得ないかな、ファラオが出てきたらあり得ないな」と考え始めました。実際に作品に手をつけたのは連載の7年くらい前ですね。

「ファラ夫」第1話冒頭のシーン

 

村松:7年前ですか!僕、アオリで「構想7000年」とかテキトーなこと書いてたんですけど(笑)実際にそんなに長かったとは…。
和田:色々いきさつがあったんですが…。作品に手をつけてネームはすぐに出来たんです。それで当時の担当さんに提出したところ、某誌で連載が決定したので、喜び勇んでアシスタントを辞めたら、編集長の考えが変わってポシャってしまって…。
村松:うーん、それはひどい…。
和田:自分は過去に何度も同じようなことを経験しているので、「またか」という思いがありました。その後は別な連載用ネームを作ってたんですが通らないまま、またしても時間だけが過ぎていってしまった。それで一度漫画から距離をおこうと、漫画と関係ない仕事を始めたんですよね。
村松:確か、おにぎり工場の工場長やってたんですよね。
和田:いや、そんな偉いもんじゃないです。普通の従業員だったんですけど、毎朝毎朝「みなさんおはようございます。今日も安全作業でよろしくお願いします」と朝礼をしたり、パートさんや派遣の方に指示を出したり。
村松:それ工場長じゃないんですか?(笑)
和田:違います(笑)ただ仕事をしばらく続けているうちに「漫画を描きたくてこの業界に入ったのに、どうして俺はおにぎり仕分けの号令をしているんだ?」という気持ちがフツフツと湧いてきて…。それで「1回NGになったけど、あのファラオが主人公の漫画を『ファラ夫』として再構成し一度完成原稿を作ろう!」と。それからは毎日、仕事を終えたら漫画を描く日々で、2ヵ月で体重が20kgも落ちました
村松:2ヵ月でマイナス20kg!?
和田:はい。朝8時に家を出て仕事を終えるとだいたい毎日夜9時半に帰宅するんですよ。そこから朝まで原稿描いて2時間ほど寝てまた仕事に行く、という毎日だったので。家に帰ってから最初にするのは湯船に水を張ってそこに体を浸けるアイシング。まるで練習後のスポーツ選手みたいな。その生活を1年半続けてました。
村松:死にますよ、その生活! しかし、すごい体力と根性ですね・・。

村松「すごい一発ギャグが来たな、と思いました」

――そして遂に『ファラ夫』の原稿が出来上がった、と。

和田:はい、とりあえず1話目を仕上げました。それで完成した原稿を、以前の担当編集さんに見てもらいました。しかし、その方はもう他部署に異動されてて「和田さんの漫画に興味を持っている人間がいるので紹介する」と言われ、出会ったのが村松さんでした。
村松:僕は和田さんにそんな来歴があったとはつゆ知らず「この漫画どうかな?担当探しているんだけど」と先輩から原稿コピー渡されて「面白いっすね、会います会います」と、軽い気持ちで引き受けてましたね。
和田:そうだったんですね(笑)。

――村松さんは原稿を読んでどう感じましたか?

村松:「すごい一発ギャグ来たな」と思いました(笑)。画力はメチャメチャ高いので、この画力で真剣にギャグやったらすごく面白そうだなと。ただ本当に「ファラオの顔が面白い」みたいな一発ギャグだけだと、ただの変顔みたいなものじゃないですか。なので「もらった原稿は面白いんだけど、持続する面白さにできるどうかは打ち合わせを重ねてみないとわからない」という話を最初にしたんですよね?
和田:そうですね。そこで最初に笑いの方向性を決めていきました。同じシュールにしても、どういう方向のシュールでいくのか、とか。
村松:和田さんが持ち込んだ1話目のファラ夫って、もう完全に理解不能なシュールキャラなんですよね。ファラ夫はほぼしゃべらなくて、次に何をするのかまったくわからない。けど、それでは先が続かないので「出土して世間を騒がせたけど、その後は一市民として日本に馴染んだファラオ」というキャラクターにして「普通のあんちゃんなんだけど、やることなすことエジプト的で面白い」という方向のギャグにしていこうと話しました。非日常なキャラだからこそ日常的なアプローチで行こう、と。
和田:シュールな部分は登場シーンだけで、あとは日常をメインで作っていく。そういった流れが最初に、連載前に固まりました。あとはそれがネームで実現できるか探るために、打ち合わせしながら5話分までネームを描き溜めたんですよね。
村松:はい。で、その内容を見て「これは連載が続いても面白さを持続できるな」と感じたので、当時の編集長に5話分のネームを見せたんです。当時、僕が所属していたヤングマガジンは、本誌・増刊などの掲載誌を指定せずに企画を提出できたので、「まずは増刊で月刊連載できれば」と思いながら提出したら「ヤングマガジン本誌で」と言われて「マジっすか!?」と(笑)
和田:(笑)。
村松:というのは、和田さんの仕事のことが気になったんです。月刊連載なら仕事をしながらでも連載を続けられると思っていたんですが、週刊連載はおにぎり工場を辞めないと連載を継続できない。しかし早ければ3ヵ月で連載が打ち切られるかもしれないし…そのために今の職場を退職することになってもいいのか?…と。それで和田さんに相談しました。
和田:そもそも自分がおにぎり工場で働き始めたのは、前の連載予定がポシャったことでとにかくお金が必要だったからなんです。しかし、このままじゃいけないと思って『ファラ夫』を描いていたので、連載するか工場を辞めるか、という話を聞いたときは、まったく葛藤はありませんでした。むしろうれしかったです。それでも「連載準備金はないんですか?」と相談しました(苦笑)
村松:和田さんの苦労話は断片的に聞いていたので、編集長から「ヤンマガ本誌で」と言われたときは「思ったよりも大きな舞台が来たな〜…」と戸惑いつつも、やっぱりうれしかったですね。僕は漫画を描くのに年齢は関係ないと常々思っているので、長い紆余曲折を経て和田さんが遂にデビューを飾れたことは本当によかったな、と。
和田:僕もいい担当さんに出会えました。真剣に漫画家を目指してからかなり時間が経ってしまいましたが、諦めずにやってきて良かったですね。

――そこまで長い期間、諦めなかった理由は?

和田:「自分はまだやり切っていない」という思いがあったので続けられたんだと思います。昔、恩師の六田登先生から言われた「漫画をやめる・やめないではなく、全力でやり切れ」という言葉を言われたことがあって。『ファラ夫』の最終話でも描きましたが、何かを目指したときにやり切ることの大切さ。途中でやめると「本当はこうなれたかも」と後から言う人間になってしまう。全力でやったのなら目標に届かなかったとしても、それは自分の実力よりも高いところにあったんだと思える。成功する、成功しない、どちらにしても自分がやり切ったと言えるまではやろうと。

「ファラ夫」最終話の1シーン

 

村松「ギャグはアリかナシかだけ。グレー決着はないんです」

――普段の打ち合わせはどのような雰囲気だったのでしょうか?

和田:お互いよく爆笑していましたね(笑)
村松:そうっすね(笑)。例えば、和田さんが疲労困憊で打ち合わせに現れ「すいません、まだミヤザキ・ファラ夫という言葉しか浮かんでいないんですが…」と申し訳なさそうに言ってきた時はめちゃくちゃ笑いました。「じゃあ、スズキトシ王も出しますか」とか言って、打ち合わせが盛り上がった記憶があります(笑)。
和田:ダジャレから(笑)。
村松:「そもそも舞台が古代エジプトなのにミヤザキってなんだ?」と(笑)。
和田:その辺からなんでもありになっていったような、ある意味『ファラ夫』の世界観ができたのかな。こいつらが面白いことをやったら面白くなるんだと

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「ミヤザキ・ファラ夫」回は6000年限定で無料公開中

 

――二人が衝突することはなかったんですか?

和田:特にぶつかることはありませんでしたね。
村松ネームの修正や打ち合わせは相当やってましたが、面白いと思うものがそもそも重なっていたので、喧嘩はしなかったですね。
和田:ただ本当に妥協しないんですよ。「スケジュールがバタバタだから1週休載をしよう」と村松さんが言ってきたのに、休載期間中の1週間ずっとネームにボツが出続けて、ストックが貯まるどころかスケジュールがよりきつくなるという…。そのときは少し村松さんにムカッときましたが、過ぎてしまえばもう笑い話です(笑)。
村松:その節はすいません! あの時は「このままでは間に合わない」と急遽話し合って、いつも1話12ページで作っていたネームを、4ページ出来たらその作画を進めて、次の4ページ、また次の4ページと3回に分けて進めたんですよね。アジャイル開発(※短期間の工程を重ねてプロジェクトを進めるソフトウェアの開発方法)みたいなスタイルで(笑)。
和田:あの時は村松さんも自分も相当しんどかったですが、結果的に原稿が間に合い、連載に穴を開けることもなかったので良かったです。体験しているときは地獄ですが今は笑い話だし、そういうことをくり返すと手が早くなりますね。

――連載中でもそこまで粘って修正するものなんですね。

村松:ギャグ漫画ってシビアなんです。まず、ギャグという非常識を描いて面白くするには、常識的なことがキッチリ表現できている必要があるので、読みやすさ・筋立て・構成・演出・コマ割りなど、読んでて引っかかるところはないかものすごく細かく見る必要があります。そのくせ、作品が世に出れば本当にアリかナシかだけで、グレー決着はないんですよね…。

和田「最終話は自分の思いも重ねて、これできれいに終わるかなと

――連載終了への危機感は感じていたのでしょうか?

村松:単行本の第1巻が出たんですが、各所で書評で取り上げていただいたり、いくつかの書店さんが目立った展開してくれたりもあったのですが、散発的で大きな流れにつながらない感じがありました。
和田:ニュースメディアに取り上げていただいたり、本屋大賞から4コマの依頼が来たりしましたが、それが一般の人に浸透するまで時間がかかってしまったというか…。
村松:どんな連載漫画でも、最初の1話・2話はネームにじっくり時間をかけられるので自然と面白くなっているんですが、それ以降は「作家の地力」と「作家と企画の相性」が試されることになる。『ファラ夫』の場合は、和田さんの地力も高かったですし、企画と作家性の相性もよかった。連載を続けるほど、内容が生き生きとしてきて人気も上がっていました。刺さっている人もいる。が、単行本は発売したものの、まだ世間に「爆発」が起こっていない…爆弾に火薬が入っていなかったのか、それとも不発弾だったのか…。不発弾なら何かの拍子にドカンとくるかもしれないので様子を見ていたんですが、ある日編集長に呼び出されて、すごく申し訳なさそうに連載終了を告げられました。「ああ、次の打ち合わせのときに和田さんに話さないとな」と…。
和田:それを知らず、次の打ち合わせのときに、よりにもよって長尺のシリーズものの提案をしまして。「ファラ夫でこの展開をシリーズ化していけば面白くなると思います」と言ったら、村松さんともう一人の担当の方が「あ、シリーズですか…」と微妙な反応で…。そして打ち合わせが終わったあとに「和田さん、ちょっといいですか?」と別室に呼ばれたんです。そこで残り5話での打ち切りを告げられました。

――村松さんから見た和田さんの反応はどうだったんですか?

村松:慎重に言葉を選びながら連載終了をお伝えしたところ「わかりました、漫画って難しいですね!」と、さっぱりと答えて。次の打ち合わせでは「残りの話数で、やりたいことはやり切って綺麗に終わらせます!」とおっしゃっていて、この人はすごいな、と思いました。
和田:もちろんあとで泣きたくなることもありましたが、現実として受け入れるしかないな、と。受け入れることで、次に向かって行くしかないと腹を括れました
村松:こう言ってはなんですが、僕もたくさんの作品終了に関わってきまして…。連載終了が決まると「全力を出す意味が見出せない」とか「不安で作品に集中できない」みたいな心理になる作家さんも当然いるんです。そんな時に「最後まで全力でやり切れれば、次の作品を始めるときの読者的な評価にも編集部的な評価にもなるし、1つの作品を描ききったという自己評価にもなる。終了が決まってからが、作家も作品も正念場ですよ!」と話したこともありましたが…和田さんにはそんなことを伝える必要はありませんでした。
和田:商業誌でやる以上、打ち切りは仕方のないことだと思います。散発的とはいえ反響もありましたし『ファラ夫』という作品を途中で投げたくなかったですしね。そこからは作中で実際に漫画打ち切りの話をしたり、最終話はやり切ることの大事さに少し触れたり。ある意味自分の思いも重ねて、これできれいに終わるかなと。

実際に打ち切りを伝えられた経験を元に描かれた作中の1シーン

 

村松:連載中から「すごいガッツだな」と思っていたんですが、今日改めて話を聞いて、「くぐってきた修羅場が凄すぎる」と思いました。アイシングしながら漫画描くとか(笑)。「作家たる者、このタフさが必要なんだ!」とは思いませんが、和田さんの場合は強みですね。切り替えが早くて、とにかく前向きで。
和田:ありがとうございます。今は村松さんと次回作の準備をしているところです。全然違う内容とジャンルになると思います。楽しみにお待ちいただければ。
村松:そうですね。次回作もがんばりましょう!

 

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