【担当とわたし】『ヨリシロトランク』鬼頭莫宏×カエデミノル×担当ヤナガワ×担当イワマ 対談

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『なるたる』『ぼくらの』などで独自の世界観を築き上げてきた鬼頭莫宏先生と、透明感のある瑞々しい描写で人気急上昇中のカエデミノル先生がタッグを組んだ新連載『ヨリシロトランク』が、2月27日(木)からコミックDAYSで毎週木曜隔週連載スタート! 新連載に先駆けて、鬼頭先生とカエデ先生、そして担当編集者のヤナガワさんとイワマさんによるスペシャル対談を大公開! 「殺した人間を殺せば、殺された人間がよみがえる」という「因果応報」世界を描く『ヨリシロトランク』とはいったいどんな作品なのか……!?

…鬼頭莫宏 『ヨリシロトランク』原作
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…カエデミノル 『ヨリシロトランク』作画
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…モーニング編集・ヤナガワ 『ヨリシロトランク』担当。
>担当編集の詳しいプロフィールはDAYS NEOに掲載!
…モーニング編集・イワマ 『ヨリシロトランク』担当。
>担当編集の詳しいプロフィールはDAYS NEOに掲載!

イワマ「『ヨリシロトランク』に強烈な新しさを感じた」

ストーカーに娘を殺された父親のところに「改変者」が登場する(第1話より)

──本作の連載が決まるまでの経緯を教えてください。

ヤナガワ:鬼頭先生は、もともと「イブニング」の担当さんと一緒に、いくつかの原作案を練っていたんです。
イワマ:そのうちの一本は「good!アフタヌーン」で『能力 主人公補正』として連載されています。それでもうひとつ、鬼頭先生の素敵なネーム原作があるから、誰か担当につかないかという話が持ち上がりました。みんな鬼頭先生の作品ということで色めき立つわけですよ。なかでもヤナガワの連載にかける想いが強くて、彼女が担当編集を請け負うことになりました。
鬼頭:よくある連載の立ち上げ方とは少し違いましたね。
ヤナガワ:鬼頭先生の原作ありきで始まった感じです。
イワマ:1話目から『ヨリシロトランク』は強烈に新しい感じを出してましたから。「世界法則」に干渉できる「改変者」の存在がいることで、一見したところ社会派の漫画に見えても、この先の展開を簡単には予想できません。すごく興味深いお話だったので、僕も担当をやりたいと手を挙げました。それで、この4人のチームで連載が動き出すことになったんです。

──みなさんが顔を合わせるのは、この連載が初めてのことですか?

ヤナガワ:編集以外みなさん面識はなくて、すごく不思議な始まり方でした。
イワマ:疑似家族的というか。ある日、突然家族になりました、みたいに感じましたね。

鬼頭「『ヨリシロトランク』のネタを思いついたのは10年前」

──原作は、かなり前から準備されていたんでしょうか?

鬼頭:2年半ほど前に、どうにも手が動かなくなってしばらくお休みをいただいたんです。一年もあれば元に戻るだろうと思ってゲームをして遊んでいるような、プラプラした感じの生活が半年から一年くらい続いた頃に、「イブニング」の担当さんから「遊んでいても仕方ないから、役に立つか立たないかわからなくていいのでネームやりませんか」と言われまして。「そう言われるならやるかなぁ」と思ってネーム原作を作りはじめました。

──その期間に、『能力 主人公補正』と『ヨリシロトランク』のネタを出して。

鬼頭:そうです。最初のうちにいろいろと出していたネタのひとつが『ヨリシロトランク』でした。でも、このネタを思いついたのは10年前のことです。その時は、お話としてのかたちにするのが大変そうだなという予感がありました。うちに来てくれていたアシさんに、大枠のネタだけ話して「誰か使わない?」と話してたんだけど、誰も使いませんでした(笑)。

鬼頭「僕とカエデさんは、共有しているベースが同じ」

──現在は、ネーム原作を二本同時に進めているんですね。

鬼頭:意図していたわけではなく、言い方が悪いですけど、不本意に忙しくなってきました(笑)。
ヤナガワ:『能力 主人公補正』は、ネームを切る時に作画の当麻先生をかなり意識していると言われてましたけど、『ヨリシロトランク』もカエデ先生のことは意識して……。
鬼頭:いや、『ヨリシロトランク』は自分のやりたいようにやっています(笑)。あとはカエデさんがなんとかしてくれるだろうと。
カエデ:当麻さんには、「あのアニメを見ておいて」とか話しているみたいなんですけど、僕には何も言ってくれないんですよ(笑)。
鬼頭:僕とカエデさんは、共有しているベースが同じだろうなという信頼感があるんですよ。
ヤナガワ:最初の打ち合わせの時に、二人がオタク話で盛り上がっているのを見て、私も「これなら大丈夫」と思いました(笑)。
カエデ:確かに、話を聞いたら、鬼頭さんはきくち正太さんのアシスタントをしていたというじゃないですか。僕は、きくち正太さんの描く「女の子の口」が大好きなんです。そこで鬼頭さんとのつながりを見つけられて嬉しくなりましたね。これは確かに通じるものがあるぞと(笑)。

ヤナガワ「鬼頭先生の作品に愛着を持つ方に作画をお願いしたいと思った」

──カエデ先生は漫画をいつ頃から描かれているんでしょうか?

カエデ:10年くらい前ですね。いわゆる成人漫画を描いていまして、依頼されたら描くというのを不定期にやっていて、あんまりしっかりやっている気がしていないんですけど。今回は原作がありますから、設定を考えてネームを割る作業を自分がやらなくてもいい。いつもとは吹き出しの数や量、バランスが違うので、そういうことへの気づきを得ながら進めています。あとは、エロ問題ですかね。どこまで攻めていいのか(笑)。
ヤナガワ:カエデ先生のエロを描く情熱とこだわりは凄まじくて。「でもここはそこまで攻めなくても……」とか、作画打ち合わせではそこのやりとりが大半かもしれないですね。『ヨリシロトランク』は、男の人がいっぱい出てくるから、男性キャラを描くのは、カエデ先生にとって新しい挑戦じゃないですか?
カエデ:そうですね、必要に迫られないと描かないから。

──カエデ先生に作画を依頼したのは、どういう経緯で?

カエデ先生が初めて読んだ鬼頭先生の代表作『なるたる』。読者の予想を裏切る後半の展開が話題になった。

ヤナガワ:鬼頭先生の作品に愛着を持って、作品のことをよくわかっている方にお願いしたいなと思っていました。『恋のツキ』『あそびあい』の新田章先生が、カエデ先生の実の妹さんで。その新田先生から、カエデ先生は鬼頭先生の漫画がすごく好きなんだという話を聞いていて。カエデ先生の作品を見ていたら、この方の絵と鬼頭先生の話を合わせてみたら面白いんじゃないかと思いました。
カエデ:鬼頭さんの作品は、『なるたる』の6巻くらいが出た時に、知り合いから薦められて知りました。ファンタジーで、カエデさんが好きそうなかわいいキャラクターも出てくるファンシーな漫画だよと言われて…。

──騙されている……!?(笑)

カエデ:読んでから「どうだった」と言われて「グロいのが最高だよ」と答えていましたね(笑)。当時は「アフタヌーン」を毎号チェックして、「今月、大変だぞ。あいつ死ぬんじゃないか」と盛り上がっていましたね。

カエデ「鬼頭さんの漫画なら絶対こうなると頭にイメージが湧いてきた」

──作画を依頼されたことについては、どんな風に受け止めましたか?

カエデ:最初に話を聞いた時は、あまり信じていませんでした。作画が決まりそうだと聞いた時は、「まぁ、そう言うだろうなぁ」と。それからヤナガワさんと会った時、実際に「やりますか」と言われて、「筆が遅いので難しいかなぁ……本当に決まりなんですか?」と確認したら、「決まっています」と言われましたが、「まぁ、そう言うだろうなぁ」と。
ヤナガワ:まだ信じてなかったんですよね。
カエデ:そのへんからちょっとずつ信じられるように(笑)。でもいまだに実感がないです。

──鬼頭先生のネームが初めて来た時は、やはり意気込みも大きかったですか?

カエデ:初めてネームを頂いていた時は、あれ「20ページ」って言ってたのに「20枚」あるぞと思いました(笑)。「これは40ページと言います!」とヤナガワさんに突っ込んだりして……。余白が多くて変だなと思いましたが、それでも僕の頭のなかにはイメージが湧いてきたんですよ。鬼頭さんの漫画なら絶対にこうなる、「このコマにはこれが入る」と確信を持って原稿にメモを入れていきました。それで初めて鬼頭さんに会った時、自信満々で「こんな感じですよね」と聞いたら、「いや余白は切ります」と言われて(笑)。
鬼頭:そこはちょっと行き違いありました。カエデさんの手に渡っていたのは「叩きネーム」のようなもので、これからまだ修正が入ると伝わってなかったんですよ。脚本作業なんかだと簡単にパソコンで入れ替えれるじゃないですか。でも、自分はデジタルじゃないし、ネームは入れ替えがきかない。だからネームで、がっつり抜けている箇所がありますけど、これはあとから思いついたものを突っ込めるように、わざと空けてあるんです。この「叩きネーム」がそのままカエデさんのところにいってしまって、「このスペースはなんだろう」と悩ませてしまいました。

──最初のネームを切った後は、どんな風に作業を進めていくんでしょうか?

鬼頭先生がまず作成する「叩きネーム」。それを写真のように切り貼りしているとのこと。

鬼頭:(ネームを見せて)こうやってコマを入れ替えたりしていきます。だから、自分が原稿を描いている時は下書きの段階でネームが変わっていくことが多いんです。下書きをやっていると没入できて、「ここのところが辻褄が合わないぞ」とか、「このキャラはこっちにこないな」とか変更点がたくさん見つかる。それで、一発目のネームは適当に切るクセがついていたんですけど……今回、ある程度作り込んでから渡すのが当たり前だということに気づきました(笑)。

ヤナガワ「お尻が見えないようにとお願いしました」

──カエデ先生と担当さんの間では、どんなやりとりをしているのでしょうか?

ヤナガワ:カエデ先生と電話で打ち合わせをした時、「余白部分のイメージが全部浮かびました」と言われて、カエデ先生にお願いして本当に良かった、鬼頭先生の作品を読み込んでいるからわかってしまうんだと思いました。結果的にそれは違ったということになりましたけど(笑)。
カエデ:僕は完全にイメージできていて、「わかるわかる」と納得してましたから!

──作画で苦労されたことはありましたか?

「改変者」と名乗る謎の少女。上が鬼頭先生、下がカエデ先生によるイラスト。

カエデ:物語のキーパーソンになる「改変者」のデザインが決まるまでに時間がかかりました。鬼頭さんのネームを見て、おそらくこういう系かなとイメージして描くんですが、ヤナガワさんから「それはちょっと露出が多すぎる」と言われて。何度もやりとりをしていくなかで、最後は「改変者」のお尻が見えるかどうかでずっともめてましたね……。
ヤナガワ:あんまり見えないようにしてくださいと……。
カエデ:それでヤナガワさんに「これからお尻、描かせますから」と言われたけど、絶対ウソだと思って(笑)。苦渋の決断で、スカートみたいなものをはかせた「改変者」のデザインを鬼頭さんに送ったら、少し修正の入ったものが送られてきて、そこで打ちのめされました。自分は妥協していたなと思い、また描き直したんですよ。
ヤナガワ:お尻が見えないようにするために、すごくいろいろと工夫をしていただいて。最終的に、羽衣のようなものをふわっとまとわせるデザインになりました。

──「改変者」が世界を改変する時の描写も印象的です。

「世界が改変されました」の宣言とともに、巨大な手が現れる(第1話より)

イワマ:最初は「あやとり」ではなかったですよね。
ヤナガワ:鬼頭先生とカエデ先生が話し合うなかで、「あやとり」のアイデアが出てきて。
カエデ:「世界が改変されました」という台詞の部分をどうするかという話で、最初は「改変者」が脇をパンと鳴らすと世界が改変されるみたいなアイデアを考えていました(笑)。

──ギャグ方向のネタもあったんですね。

カエデ:背景に象とかキリンがバーンと出てきて、地球を「改変者」が背負っているみたいな絵面も考えました。最終的に、でかい手が出てきて世界をぐしゃぐしゃにするイメージで、「あやとり」のアイデアを鬼頭さんに送ったら、ネームに反映されて返ってきました。もう手と糸が絡み合って描くのが大変なので、あ、本当にやるんだと思って……もうちょっと簡単に描けるものにした方が良かったかもしれないです(笑)。

鬼頭「星新一の「ショートショート」に近づけたらいい」

──『ヨリシロトランク』では、「殺人を犯した人間を殺すと、殺された被害者がよみがえる」という「因果応報」世界が描かれます。このアイデアは、どのように発想されたのでしょう?

鬼頭:ネタを提示してしまえば、みんなが思っていることじゃないでしょうか。ありえないから口にしないだけで。自分はそういう立場になったことがないですが、自分の子供が殺されてしまったら、まず思うのは「戻して欲しい」ということだと思うんです。だから、そんなに突飛な発想でもなく、みんながなんとなく心の奥底で思っていることを掘り起こそうとすると、「因果応報」世界のアイデアになりました。
カエデ:第5話までのネームを頂いていて、その先がどうなるかは僕にもわからないんですけど、すごく鬼頭さんらしい作品だと思います。最初は、ネームが届く話数も違いました。第1話~2話から第3話を飛ばして第4話~5話が来て。実際にいま上がってきているのも、「あのお話どこにいった?」という具合に微妙に話がズレていたりしますから。

──第1話~2話では、世界法則が改変されたことをきっかけに、「死刑制度」に関する国民的議論が起こります。こうした「死刑制度」が、作品の大きなテーマになってくるのでしょうか?

改変後の世界では、「人権」や「死刑制度」をめぐる国民的議論が巻き起こる(第2話より)

鬼頭:うーん、難しいところなんですよね。このあとの展開を見てもらえればわかると思うんですが、「因果応報」の設定は、星新一のショートショートのようなネタなんですよ。最初に着想したのは、この設定を使った小話的なものが多かったんです。でも、そこに持っていくために、真面目な部分を踏まないとだめかなと思って話を練っていたから、シリアスな展開になりすぎているかもしれません。あんまりおちゃらけ過ぎるなよと、微妙にイワマさんの顔が曇っているような……。
イワマ:曇ってないですよ(笑)。入口はリアルな方が良いかなとは思っていましたが、星新一と聞いて、とても合点がいきました。現代版の星新一というのは、すごく面白いと思います。
鬼頭:実際、第1話~2話を読んで、「死刑制度」にフォーカスしていくのかなと思われた人には、意外な展開になるかもしれませんね。ある話の後から、この作品の狙いがなんとなくわかってくると思います。

鬼頭「自分が楽しんで描けると、作品の魅力が上乗せされる」

カエデ先生が楽しく描けたという冒頭の見開き。(第1話より)

──殺人者に責任を取らせようとする被害者について、先生はどのように思われますか?

鬼頭:「どうして人を殺したらだめなのか?」という話があるじゃないですか。自分は、根源的には殺すことを止める理由はないと思うんですよ。ただ、集団社会を営んでいく上で、俺もカエデさんを殺さないから、カエデさんも俺を殺さないように約束してくれというのが現代社会じゃないですか。そうした相互条約が最初から当てはめられている。そうすると、人を殺してしまったら、そこから外れてしまう。殺されない権利を放棄したのだから、殺されても仕方ないんじゃないかとも思うわけです。

──第1話にも「人権を侵した犯罪者は自らの人権を放棄しことになりませんか?」という印象的な台詞が出てきますね。

鬼頭:自分がカエデさんから100円を奪って、50円を払えばいいよという社会だったら奪ったほうが変な得の仕方をしてしまう。それだったら200円返さなきゃいけないでしょと考えた時に、命の200円ってなんだろうと思うんです。とはいっても、「因果応報」世界のルールは、安易にありえない方法で問題を解決してしまっている側面があると思います。本当に当事者の立場からすれば、絶対に起きるはずのない救済のかたちを示すんじゃないと、怒られると思うんですよ。そういう気持ちがあるので、現行法だとやりにくいよねという部分を最初にちゃんと描く必要がありました。

──最後に『ヨリシロトランク』の見どころをお聞かせください。

カエデ:僕は、ただただもう、担当さんと鬼頭さんにまず気に入ってもらえるように頑張ります。当然ながら、世間の人が見ていいと思うかどうかは別の問題ですけど、今のところはそこを見ています。
ヤナガワ:女の子の可愛さには、こだわりあるんじゃないですか?
カエデ:確かに、最初の見開きページは、描いていて楽しかったですね。アピールポイントです(笑)。
鬼頭:ものを作っている人間は、自分が楽しいのが一番良いですよ。商業主義の時代に何を言ってるんだと怒られるかもしれませんが、絵を描くにせよ、お話を考えるにせよ、一番楽しまなければいけないのは自分だと思います。
ヤナガワ:描いている人からしたら、励みになる言葉ですね。
鬼頭:短編の投稿作を読んでも、その人が楽しんで描いているかどうかは伝わってくるじゃないですか。愛情のある作品は、多少の荒さがあっても、そこに魅力が上乗せされますよね。それが、他の人に伝われば、本当にラッキーなんです。僕も自分が面白いと思えるようなお話を目指して、頑張りたいと思います。