漫画家と編集者との出会い、作品の生み出し方を取材する本シリーズ。第1弾は「青野くんに触りたいから死にたい」作者・椎名うみとその担当編集を迎えて、近年最大の話題作となった本作の創作秘話をセキララにご紹介!
前回更新のパート1で、さっそく想像以上の熱量と“仲良しさ”が明らかになったが――アクセルがかかるのはここからだった!
- …椎名うみ。
「青野くんに触りたいから死にたい」作者。
>「青野くんに触りたいから死にたい」1話はコチラから!
- …アフタヌーン編集・たしろ。
椎名うみ担当編集。
>たしろ編集の詳しいプロフィールはDAYS NEOに掲載!
椎名「“普通”を描こうとしたら、面白さがどこにもなくなった」
――投稿作で出会い、1作の短編を仕上げ…。そのあとはスムーズだったんですか?
- 椎名:全然! 1000Pくらいボツになった時期がありました!!
- たしろ:「苦も無く連載まで来たね」とか「ネームとか、一発で全部通ってるんでしょ?」って言われることがあるんですが、そんなことないんですよね。
- 椎名:確かに「みつこ」「ボインちゃん」の後の、「セーラー服を燃やして」と「崖際のワルツ」っていう2本の短編は、ネームもすんなり通ったんですよ。でも「セーラー服」は「ボインちゃん」と設定が地続きの作品だったし…。
↑【「セーラー服を燃やして」購読は画像をクリック!】「ボインちゃん」のキャラクターが、ある違和感に立ち向かう物語。
- たしろ:「崖際」は作る時、ヒットしている作品を構造分解して研究していたよね。「導入が1P目からこのへんまで、このエピソードではキャラクターのこういうものを描いている、その後大きなストレスがあって転換…」みたいに。「「崖際」も、方程式にちゃんとあてはめて描こうと思ってます」って言ってた。
↑【「崖際のワルツ」購読は画像をクリック!】芝居に打ち込む美しく滑稽な少女たちの、“ワルツを踊るような”狂気と理性を描く。
- 椎名:たまたま「崖際」は上手くいったけど、その後が難しかったんです。物語が瓦解して成立しなくなっちゃって…。
- たしろ:「崖際」の後にボツになった5作品くらいは、「やりたいことには賛同できるんだけど、でも…」っていう感じだったよね。たぶん色々無理があったのかな。
- 椎名:その頃は、「登場人物がクレイジーだから感情移入できません」って言われてたんです…。でも、“普通の人”っていないじゃないですか!? だからどうやって描けばいいかわからなくて。それでも「とにかく私の思う“普通”を」と思って描いてみたら、ついに「面白さがどこにもない」って言われたの(笑)。「今までは成立しなくても面白さがあったんですけど、これは面白さがどこにもない」って!(笑)
- たしろ:あれはそうだね、キャラクターがいなかったね。そんな漫画も描けるんだって驚愕した(笑)。それまでは、破綻していてもちゃんと主張があるネームだったけど、最後に出てきたやつはそれもなくて。袋小路に入った時期だったね。
- 椎名:でもあれも、描いたほうがよかったと思うんですよね。
- たしろ:うん、それは思うよ。
- 椎名:例えば私もそうなんですけど、絵が下手な人って、下手な理由のひとつに、“見る目がない”っていうのがあると思うんですよ。何が歪んでるのか、何がバランスおかしいのか自分ではわからない。それを解消するためには、地道に“あら捜し”をするか、人から言われた意見に、わからなくても乗ってみることが必要。じゃないと、感覚は育たないのかなと思っていて。だから「感性が普通の主人公を書いてください」って言われたら「感性が普通ってなんやねん」とは思うけど、とりあえず描いてみないと。
――それでわかったことは?
- 椎名:キャラクターのいないネームを描いてしまった時は「求められてた『感性が普通の主人公』ってこういうことじゃなかったんだな」っていうことが分かりました。問題のあるネームを描くと具体的なダメ出しをもらう。そのダメ出しを元に改善したネームを描くと、「いやそういうことではない、それでは改善になってない」と同じ箇所に別の角度からダメ出しをもらうんです。
- たしろ:私、何度もしつこくダメ出しするからね(笑)。
- 椎名:それを何度も重ねるとたしろさんとわたしのチューニングが合ってきて、完全に通じ合うと物語の作法を一つ習得できるんです。物語の作法とは、感性が普通のキャラクターをどのように描くか、ということもそうですが、他には、複数人の視点を混ぜて描かないとか、めくりを意識するとか、そういうことです。
- たしろ:そうやって、一つずつ習得していったんだね…。
- 椎名:ただ、人から言われた意見に「わからなくても乗ってみる」のはもちろんリスクもあります。人から言われた意見が本当に正しいのか、習得すべき価値があるのか、確信する前に乗っかってみるということですから。でも、自分に見る目がないだろう、ということももちろんあったんですが、とにかく急いでたんですよ。早くうまくなりたかったんです、漫画が。だから意見に価値があるかどうかの精査を省きました。それと“たしろさんの面白いのチャンネルは、私の目指すところだろうな”ってことが肌感覚でわかっていたから。だからとりあえずはやってみるかと思って。
椎名「担当さんは、物語の骨組みを見抜くのに特化していた」
- たしろ:「まだうまくいってないけど、この人のやろうとしていることにはすごい興味あるし、見てみたいし、面白いな」っていうのは没を出していた間もずっと思ってました。椎名さんも「コイツ没出しまくるな…でも自分の描こうとしていることを、どうやら面白がってはくれてるっぽいな」とは思ってくれていましたよね?
- 椎名:うん。
- たしろ:担当になった瞬間にそういう信頼関係をすぐ構築できたらこんな楽なことはないんですけど、ネームのやりとりをしていかないとわかんないですよね。没を出す時も「このキャラのこの感じはいい」とか、「このネームはだめだけど、描きたいことはすごくいいと思ってる」みたいなことは言ってたつもりですし、それを作家さんに伝えるのは大事かなと思います。
- 椎名:言ってくれてたよ。それを言ってもらえると、何を残せばいいのかわかるよね。
- たしろ:否定するのは簡単なんですけど、「ここは大事にしてくといいんじゃないかな」みたいなことを同時に言って伝えないと、「この人とやっていけるかな」って思っちゃいますよね。
――椎名先生は、たしろさんとやっていくことに不安はなかった?
- 椎名:最初にネーム出したときから、「ほしい!」と思いました。「タシロサン、ワカッテル。タシロサン、ホシイ」って(笑)。
- たしろ:えーーーっ?(笑)そんな、花いちもんめ的な感じだったの?(笑)
- 椎名:ううん、カオナシ(笑)。…それはなぜかって言うと、たしろさんは、私が欲しい力を持ってたから。たしろさんは、物語の骨組みを見抜くのに特化した人なんですよ。
- たしろ:ちょっと待って、どういうこと?(笑)
- 椎名:え、わからない? 骨組みだよ、骨格! 物語の理想的な起承転結の比率。物語がひとりの人間だとしたら、ここに頭がい骨があって、ここに胸骨があって、ここに骨盤があって…みたいなことが骨格。それにエピソードという肉がついていく。で、最初の頃に私が物語を描けなかったのは、画力を除くと(笑)…「骨格がつかめない」というのが一番の理由だったんです。でもたしろさんは、「この肉の中には骨がないですよ、なぜかというとコレコレこういうことなので。だからこの肉削いでください」ってことを的確に言ってくれた。だからついていこうと思えました。
- たしろ:エピソード単体で見たときには面白いけど、物語の目的に対して有効じゃないなら外したほうがいい、ということですね。そういうことを作家さんが考えすぎると、気をとられすぎて物語自体が崩壊しちゃうこともあるからね。
- 椎名:骨組みをつくるのが得意な作家さんもいるけど、私は、それが武器になるほどには特化してないので。骨格が見える編集さんと組めたら非常に気持ちが楽なんです。
- たしろ:椎名さんはえらい自覚的だよね、「自分の才能のありかた」みたいなことに。
- 椎名:いや、わたしが特別自覚的なわけじゃなくて、ただわたしにないものがわかりやすかっただけだよ。物語描けなくてぐちゃぐちゃだったじゃん、「肉だけ、骨なし」で。そしたら「骨ない、骨ほしい」ってすぐわかるじゃん!
担当「漫画で人とつながりたいっていう欲求は強み」
――足りないものを自覚していて、それを担当さんが持っていたからこそ、没にもめげなかった?
- たしろ:さっき もちらっと言いましたが、「ぱぴぷぺぽ語」ではなく、なんとか日本語を喋れるようになりたいって欲求がすごく強いですよね。それが大きいのかも。
- 椎名:普段の生活がけっこう「ぱぴぷぺぽ」だからかな?(笑)
- たしろ:“虚無を生んでる”ってことね?(笑)
- 椎名:そう。骨の話もさっき、たしろさんに伝わらなかったでしょ。普段「ぱぴぷぺぽ星」に住んでるから、人に上手く伝えたいっていう欲求は強いんです。「サビシイ、コトバ、伝ワッテホシイ、言葉シャベリタイ、ニホンゴ、ムズカシイ」(笑)…みたいなね。
- たしろ:“漫画で人とつながりたい”っていう欲求の強さや動機は、編集者には与えられないので。それは強みですよね。
――その後、「青野くん」にはどんな風にたどり着いたんでしょうか?
- 椎名:「崖際」の後の短編のネームがあんまりにも通らなくって…。
- たしろ:相談して、短編を考えるのはやめて、連載企画に取り組み始めました。
- 椎名:でもでも、ネームの作り方がまだちゃんと見えていなかったから、キツくて…。
- たしろ:その頃に、「青野くん」の原型になる漫画を、Twitterに投稿されたんですよね。幽霊の男の子と付き合ってる女の子の話。
↑Twitterで公開したという「青野くん」原型。一部のシーンやキャラクターの在りようは、連載版でもそのまま活かされている。
- 椎名:「漫画で息抜きしたいな」と思ったんです。それで、Twitterで「毎日1ページ書きまーす!」って言って、それをまとめたものをPixivに上げてたの。ただただ自分のためだけに、「ぱぴぷぺぽ語」を喋ろうと思って(笑)。
――また出ましたね、ぱぴぷぺぽ。
- 椎名:編集さんにもらう意見って、実は漫画を作る上で全部繋がっていることなんですけど、それが理解できない頃は「たくさんのバラバラな意見」と認識しちゃうんです。その全てを意識しながら、ぱぴぷぺぽ語で描かないようにと思い詰めていたら、漫画の描き方自体がわからなくなっちゃった。だから「一度全部忘れよう、ぱぴぷぺぽ語の漫画を自分のためだけに描こう、ストレス発散だー!」と思って。
- たしろ:外国語を練習していてストレスたまったから、母国語で思うさま叫んだみたいなことだよね(笑)。
- 椎名:NYで日本語を喋りまくった感じですね(笑)。読者の反応とかも、その時はまったく気にしなかった。考えすぎてつらくなってたから、考えるのやめて「どうも、ぱぴぷぺぽ星人でーす★ 何言ってるかわかんなーい? オッケーオッケー☆」っていう気持ちでやりました(笑)。でもそれが、結果的には“やっぱりロジックよりも、感覚を先行させる方がいいんだ”っていう気づきになったんです。
椎名「うまくいかなかったからこそ、シンプルなことが大事だと気付いた」
――“ロジックよりも感覚”と言うのは、つまり?
- 椎名:例えば、外国の人が日本で「ありがとうございます」と言おうとしているとしますよね。日本語を喋るには技術がいるし、神経を使う。だからって、「きっちり正確に発音しなきゃ」ってことにばかりこだわりすぎると、そもそもなんて言いたかったのか忘れてしまうことがある。
- たしろ:うわー…!(笑)
- 椎名:だから“ちゃんと日本語を喋らなきゃ”ってことは置いておいて、まずは素直な気持ちで「ぱぴぷぺぽ」って言ってみる。言ってみてから「「ぱぴぷぺぽ」は、日本語だと「ありがとう」だったな」って変換する。…それが、“感覚が先行して、あとからロジックで描く”感じです。…なんで笑うの!?(笑)
- たしろ:だって、それめっちゃわかりやすいんだもん!「ありがとうっていう気持ちを伝えたいのに、うまく発音しようとしすぎると、気持ちが抜けちゃう」ってことね。天才か…。コレ新人さんに使おう…。
- 椎名:ありがとう(笑)。…「伝える気持ちが大事なんだよ」って、子供向け番組みたいにシンプルなことですよね。でも多分、すっごいたくさん倒れてうまくいかなかった後だったからこそ、シンプルなことが大事だったんだって実感できました。
- たしろ:この結論にすぐたどりついたわけじゃなくて、年数で言うと、3年ぐらいかかってます。それで、私もその、ちゃんとした物語になる前のTwitterの断片的な漫画を読んで、「これ連載にしましょうよ」って言ったんですよね。
- 椎名:私も「これ良いのか、じゃあ考えてみよう」ってなって。
担当「今後もそこに立ち戻ることができるような“指針”ができた」
――それでは、「青野くん」の話は、2人の間で順調に固まっていったんですね。
- たしろ:最初に、新宿で話したよね。
- 椎名:フレッシュネスバーガーで?
- たしろ:そうそう!(笑)
- 椎名:付き合った記念日みたいだね(笑)。
- たしろ:私にとっては、あれ結構記念日的ですよ!「崖際」が雑誌に載って、打ち上げ行こうぜって言ってご飯を食べた時だったよね。「青野くん」にとりかかる直前の頃。
- 椎名:「この話、軸がオカルトだったら付き合えないです」って言われたんだよね(笑)。
- たしろ:恋愛の話だったら読みたいけど、オカルトが味付けじゃなくて主軸だとすると、椎名さんの一番のよさってそこじゃないと思っていたから。それをオブラートに包んで…
- 椎名:いや〜オブラートに包まれてなかった!(笑)全開だった!(笑)ひぇ〜って思ったもん!(笑)だから、ここは腰を据えなければならぬと思って。
- たしろ:そう、それで、なにがやりたいのか問い詰めて…(笑)。
- 椎名:一言で言えたので、それを答えたんです。
――ちなみに、その一言って…?
- 椎名:それを言うと、作品のラストに関わるのでここでは言えないんですけど。それを答えたら「それなら私…読みたいです」って、たしろさんがシリアスな空気で答えてくれて(笑)。あの時私たち、土俵に立って四股踏んでたんですよね。対決って感じ。
- たしろ:そうそう、それで私が土俵際の土壇場で投げられて、「負けたー!」って(笑)。「この物語でなにを描くか」っていうのをすごく明快に言ってくれたのでありがたかったですね。この料理屋はフレンチなのか和食なのかイタリアンなのかが決まった。今後、「このレストランは、どの料理の何がウリなの?」って迷っても「コレだ」っていうものが椎名さんも私もわかってるから、そこに立ち戻ることができる。そういう意味でもめちゃ楽です。
- 椎名:いえ〜い!
- たしろ:いえ〜い!
――その瞬間って、2人の間で“約束”が出来た、という感触なんですか?
- たしろ:指針が立った、ってことかなあ。
- 椎名:コンパスでどこに進むか、方角を決めた瞬間です。
- たしろ:霧が晴れた感じです。「この電車、水戸に行くのか、逗子に行くのかわからないな」と思っていたら、「水戸に行きます」って教えてくれたから、「水戸に行く電車だったら乗りたーい!」って感じでした。
――目的地が先生とたしろさんの間で合致したんですね。
- たしろ:水戸に辿りつくまでの間に、「あっちに行くといい景色がありそうだぞ」って水戸と違う方向に行きかけたとしても、「でもこの電車水戸に行くんじゃん。乗客もそのつもりで乗ってるじゃん。そっちの駅すごい魅力的だけど、そっちに行きたいなら、甲府に行く電車の時に寄ろうよ」みたいな話が、めっちゃしやすくなった。
- 椎名:どんなに面白くて美しい景色でも、水戸ゆき以外の線路にあったなら、それは捨てなきゃいけないんですよね。
- たしろ:取捨選択をする基準ができたんだよね。例えば魅力的なサブキャラが登場しても、そのキャラに引っ張られすぎないで済む。錨が出来た、ということでもある。…こうやって話してるとほんとクリアになりますね!
- 椎名:そだね! 話って、大事だねっ!
- たしろ:コミュニケーションって大事だねえ〜。
- 椎名:大事なんだねえっ! うふふ!
――・・・やっぱり、仲良しですね・・・。
~つづく~
――更なる創作術や、「青野くん」の行く手を語るインタビュー後編は5月2日公開予定! 漫画家と編集者とが、上手に付き合う“コツ”が分かる…!?