『バトルスタディーズ』40巻発売記念、なきぼくろ対談 脇田博之×なきぼくろ 記録員になりたくて、PL学園に入ったわけじゃない。怪我とイップスに悩まされた現役生活で、生き方を模索し続けた二人の雑草魂対談!

キャッチャーとしてPLに入学するも、イップスに悩まされ外野に転向したなきぼくろ。同じ時、ピッチャーとして入学した脇田博之もイップスに悩まされていた。怪我…イップス…。PLに夢を見て入ってきた二人は、早々に壁にぶち当たった。

キャッチャーとしてPLに入学するも、イップスに悩まされ外野に転向したなきぼくろ。同じ時、ピッチャーとして入学した脇田博之もイップスに悩まされていた。怪我…イップス…。PLに夢を見て入ってきた二人は、早々に壁にぶち当たった。

熱く、青かった頃の脇田さん(左)となきぼくろ

 

脇田博之さんがモデルになった「和喜田広之」

 

20年前、なきぼくろの頭を洗った夏

 

なきぼくろ(以下、な): 久しぶりやな、今回は対談引き受けてくれてありがとう。よろしく。

脇田(以下、脇): こちらこそ、声かけてくれてありがとう。よろしく。

な: 俺はキャッチャーとして、脇田はピッチャーとしてPL学園に入ったんやんな。

脇: 入学前の紅白戦で初めて出川(なきぼくろ)とバッテリーを組んで、「投げたいボール投げてや」って、ニコニコしながら優しく話しかけてくれたのを覚えてる。すごく投げやすかった。

な: あの紅白戦は、入学が決まったメンバーだけでやるから、これからチームメイトになる仲間のレベルの高さを知って、めちゃめちゃワクワクしたわ。その時はあまり話さんかったよな?

脇: あの時は打ち合わせ程度にしか話さなかったね。

な: 入寮した後は部屋が一緒やったから、そこから仲良くなってんな。

脇: 出川はいたずらっ子で、俺のグローブを裏返しにしたり、お菓子盗んだり…。

な: 脇田のこんにゃくゼリーは全部俺が盗んだ。

脇: 洗濯が終わった後に食べようと思ってたのに…。

な: 思い返すと、脇田との思い出は結構あんねん。

脇: 出川とは、ボール磨きとか炊事とか、当番が一緒やったからな。

な: それに、「おーい」っていう、先輩に呼ばれたらパシられに行くやつ。あれも俺と脇田が率先して行ってたな。あと脇田は、よく掃除機で局部吸いこんでた。

脇: あれは吸ってたんじゃなくて、吸わされたんやで。

な: 掃除の時間になったらみんな順番に吸われるんやけど、脇田だけまんざらでもなさそうにしててん。

脇: 俺がみんなのために、犠牲になってただけや。

な: そうやったんや。確かに、脇田はほんまに優しくて、俺がバットの振りすぎでマメが潰れた時も、代わりに頭洗ってくれてな。

脇: それなのにこいつは、俺が風呂でシャンプーしてる時に後ろから小便かけてきてん。

な: でもイジられるってことは、みんなから愛されてる証拠やから。

脇: そんな証拠いやや。

 

 

入学早々のイップス、そして幾度も怪我に悩まされた高校時代

 

脇: 入学してすぐイップスになって、ピッチャーから外野に転向したんです。ちょうど同じタイミングで出川も外野に転向して。

な: 脇田、外野に転向してたっけ?

脇: ほんまにちょっとの期間やけど。一年生の秋くらいの紅白戦で、控えのピッチャーがいなくなって、俺が投げることになったんやけど、たまたま抑えられて。すぐにピッチャーに戻ったんだよね。

な: 全然知らんかった。イップスやったん?

脇: バント処理では一塁に投げられないし、牽制したら暴投するし。ティーバッティングの時なんて、打つ人にぶつけちゃうぐらい投げられなかった。ボールが手から離れへんくて。

な: フィールディングは下手くそやったもんな。

脇: もともと上手くもないし、それに加えてイップスになって。ほんまに最悪やった。

な: でも、脇田はいい球放ってたよ。ストレートは140キロ出るし、スライダーもキレキレ。ただ、不思議な投げ方で、左投げやからクロスでミットの中に入ってきて、ものすごく捕りにくかった。捕りにくいってことは、打ちにくいってことやねんけど。何か工夫とかしてたん?

脇: 球の出所を見えにくくするようにしてた。回転もそんなに綺麗じゃなかったし、球速もある程度出てたから、予測しにくかったのかな。

な: 変則的な投げ方やったもんな。

脇: 少しスリーク気味でね。

な: 東も脇田の球は捕りづらいって言ってたで。

脇: バント処理の時に、一塁手の東に素直に投げられへんねんな。てか東懐かしい。みんなの前では、出川と並んでイタズラ2大巨頭やけど、二人きりになると優しいねん。

な: 東はめちゃめちゃいい奴。

脇: 俺が怪我で落ち込んでると「大丈夫か? 頑張れや」って、勇気づけてくれて。

な: 熱いねんな。

脇: 俺が三年生の夏の予選でメンバー外れた時に、「アミュレット交換しよう、お前の分まで頑張るわ」って言うて。

な: あいつらしい、クソみたいな話や。そう言えば、脇田は怪我が多かったな…。三年生になる直前にも怪我してたよな?

脇: 3月初めの練習試合の時やったかな。バント処理の時に足をひねっちゃって。確か足首の靭帯を損傷したんだよね。

な: バント処理下手やなー(笑)。

脇: ほんまにそう…。

な: その試合の相手は三重海星高校やってんな。甲子園にも出場するくらいの強豪校で。

脇: 確か5回一死一塁で、セーフティ気味の送りバントやったんだけど、その日は雨も降っててグラウンドもぬかるんでたから。

な: それで怪我してPL病院運ばれたん?

脇: そうそう。そこで医者に手術するかギプスで固定するかの二択を迫られて。でも手術したら、最後の試合までに治らないかもしれないと思って、ギプスにしてもらったんだよね。怪我するまでは順調に投げれてたし、監督からも「春の大阪大会はお前で行くから準備しとけよ」って言われてたから、治したかったんだけど。

な: せやんな。夏まで残り4ヵ月しかないし、春はすぐやしな。

脇: 案の定、春の大阪大会は間に合わなくて、自分から「記録員をやらせてください」って願い出て。

な: 夏の甲子園も記録員で入ってくれて、その怪我が原因でメンバー外れたんやっけ?

脇: いや実は、夏は夏でいろいろあったんだよね…。これ言って大丈夫かな…。6月の強化合宿の直前くらいの話なんだけど…。

な: 何があったん…? え…ヤバいこと…?

脇: 足首の怪我は順調に治ってきてて、練習試合でもガンガン投げさせてもらってたんやけど、学校の昼休みの時間に、みんなでソフトボールをしようってなったんだよね。

な: うんうんうん。

脇: 俺はライトを守ってたんだけど、バッターが俺の方に大きい当たり打ってきてさ。俺、飛んでくると思ってなくて…。

な: え?

脇: 急に走ったせいで、太もも肉離れしたんだよね…。俺これ誰にも言ってないのよ!

な: しょうもな! 神妙な面持ちで話しだすから何かと思ったわ! 全然話してええやろ。

脇: 両足の太もも肉離れしてさ。

な: 両足かい!

脇: 監督にも怒られて、「みんなはちゃんとアップしろよ! 脇田みたいになるぞ!」って。

な: よくある話やけどな。それが原因で夏の甲子園は出られんかったん?

脇: 怪我自体はすぐに治って、その後の気仙沼遠征でも問題はなかった。けど、夏の大阪予選のメンバー発表の時は呼ばれなかった。

な: そうなんや。ほな太ももの怪我関係あれへんがな(笑)。

脇: いやいや、後で監督からは説明してもらったんだけど、足首の靭帯も太ももの怪我も治ったばっかりで、俺は大学も決まってたから無理させたくないし、後輩たちにも経験を積ませたいからってことだったみたい。

な: なるほどな。その後は、どういう流れで記録員をやることになったん?

脇: 説明してもらった後に、改めて「記録員をやらせてください」って申し出て、前田も同じタイミングで自分から記録員に志願したんだよ。

な: 前田が? 意外やな。

脇: どっちも記録員をやりたい気持ちが強いから、ずっと決まらなかったんだけど、予選直前に前田の逢引がバレて、「脇田が記録員で頼む」って監督から言われたんだよね。

な: しょうもない、全員クソやな(笑)。

 

 

記録員として入学したわけじゃない。PLのユニフォームを着て甲子園に出たかった

 

な: 脇田が記録員としてベンチに入ってくれたのはめっちゃ心強かった。でも実際、当時はどんな気持ちやったん?

脇: もちろん、PLのユニフォームを着て試合に出たかった。でも、自分に何ができるのかなって考えて、記録員としてみんなの助けになりたかった。何より、一緒にベンチで戦いたかった。

な: ほんまにえらい。今やからこうして話ができるけど、当時は励ましたりすることはなかったからな。

脇: わざわざ口にしなくても伝わる関係性やったし、だから俺にも伝わってた。帽子のツバに名前書いてくれた奴もおるし。

な: 俺も「脇田のために」って書いたよ。

脇: 噓言うな。

な: チームが「脇田を甲子園に連れてったれ」っていう雰囲気になってたよな。脇田は脇田で、ずっと※バッピしてくれてたし。*1

脇: 全力で投げてたよ。「これ打たれへんかったら甲子園で通じひんぞ」ってくらいの勢いで。

な: 俺は絶不調で全然打たれへんかった。予選の打率も2割5分くらいで、打ち方忘れたんかってくらい調子悪かった。あの当時はほんまに自分のことで精一杯で。

脇: あの時ってみんな集中してるし、俺からもそんなに話しかけにいけてなかったかも。

な: 俺はメンバーから外れるっていう経験がないからわからんくて、嫌なふうに聞こえたらごめんな。自分が選ばれなかった時って、どんな感じでみんなのこと見てた?

脇: メンバー外されるのは、俺も初めてだったからよく覚えてる。とにかく、集中してるみんなの邪魔をしないようにしてた。記録員として、誰が何球目のどの球種を打ったってことは記録してるから、聞かれたら答えるんだけど、みんなピリピリしてるせいで、「そんなんわかってるわ!」ってくんねんな。だから自分から話しかけにいくのは控えてた。

な: 脇田は優しいな。あとこれは聞こうと思ってたんだけど、記録員でベンチに入る時って、ユニフォームと制服どちらか選べるのに、脇田は制服着てたよな?

脇: 自分の中で変なプライドがあったんだよね。試合に出ないのにユニフォーム着るなんて。

な: 脇田らしい。着るのが悪いわけじゃないやん、今の甲子園でも着てる子はおるし。実はそのエピソードを作中でも描いたよ。脇田じゃなくて、長野ってキャラやけど。

脇: 読んでるよ。甲子園出る時にね。

な: PLのユニフォームが着たくて入ったわけやんか。それやのに制服を選ぶってすごいなって思ってん。

脇: 記録員をやりたくてPLに入ったわけじゃないからね。選手として試合に出たかった。

 

 

今の『バトスタ』にも通じる、らしさ溢れる大阪予選。「記録員」だから見える個々の強さ

 

脇: 夏の大阪予選の準決勝で、松葉のハーフスイング覚えてる?

な: 覚えてるよ。絶対に振ったけど、スイング取られへんかったやつな。

脇: そこからみんなが繋いで逆転して。準決勝で勝った時泣いちゃってさ。そしたら出川に「明日もあんねんから泣くな!」って言われてん。

な: 覚えてへんわ。

脇: 優勝した時も、泣いてる俺を指差して馬鹿にして(笑)。

な: 言うて俺も嬉し泣きしてたから、人のこと言えへんのにな。

脇: 3年間が報われた感じがして、嬉しかったよ。

な: 甲子園での優勝を目指してたら、予選の優勝では泣かへんやん?

脇: せやな。もっと上の目標があって、それは達成してないわけやし。

な: 卒業した後は、「それがあかんかったんやな」って思っててんけど、今は逆。あれで泣けてよかった。甲子園は行きたいし優勝したかったけど、そこまで「甲子園」に縛られてなかったやん。予選の決勝で3年間の集大成が完成して、すごく「俺たちらしさ」が出てたと思う。嬉し泣きなんて、後にも先にもあれが最後。

脇: あんなに熱中して泣けるってすごいよね。

な: 変な奴ばっかりやったけど、最高のチームやった。

脇: ある種、俺は記録員やからみんなより少し俯瞰してチームを見れてたんだけど。

な: どんなふうに見えてたん?

脇: 出川は、派手さはないけど、すごく堅実。しっかりカバーに行ったり、きっちりバントを決めたり。チーム的には、本当に「個」が強かった。

な: 俺を含めて、自己中な奴が多かった。

脇: 野球から離れると特にね。すごく一人一人に個性があって大変なんだけど、「野球」になると、同じ方向を向くからちゃんとまとまる。それがすごいなって思った。

な: ちょうど今、『バトスタ』でも最後の夏を描いてて、「らしさ」を大事に描いてるよ。

 

 

怪我に悩んだ現役時代…だからこそ体作りの大切さを教えたい

 

な: 今は地元の岐阜県で、スポーツ教室の先生をやってるんやっけ?

脇: 最初は知り合いのスポーツ教室を手伝いくらいのつもりやったんだけど、方針が「怪我をしないための体作り」だったんだよね。

な: 説得力あるやん(笑)。

脇: そうそう(笑)。俺の現役時代を振り返ったら怪我ばっかりだったし、改めて体作りの大切さを子供たちにも教えてあげたいなと思って始めたんだよね。

な: すごいな。怪我で試合に出れなかった脇田が、今はスポーツ教室の先生やってるなんて、ロマンチックやな。

脇: 大学四年生の時も怪我でベンチ外れちゃってさ。怪我で現役生活を諦めるなんて経験はして欲しくないよね。

な: 俺の息子も最近野球始めてさ、今度連れて行っていい?

脇: もちろん! ぜひ来てほしい。

な: そしたら俺もコーチするから。脇田のしょうもない話を子供たちにしてあげるよ。

脇: それだけはやめてくれ…。

 

 

文責:編集部

※本対談は2024年4月、感染対策をして取材を行いました。
※本記事は単行本『バトルスタディーズ』40巻に収録された対談記事です。

 

 

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*1:バッティングピッチャー:打撃練習のために投げる投手