こんにちは。
マンガ大好きライターの砂流(スナガレって読みます)です。
マンガ『彼岸島』には、主人公たちが超人的な肉体の強さを見せる名物シーンが数々あります。その中から3つのシーンを選んで、科学の観点から検証してもらいました。
選んだシーンは、
・明と篤が教会の最上部から落下するシーン
・明が落下してくる裸のユキを受け止めるシーン
・明が邪鬼使いに鉄鍋を投げるシーン
の3つです。
■話を聞いた先生
話を伺ったのは、マンガやアニメの世界を科学的に検証している『空想科学読本』の柳田理科雄先生。
柳田理科雄
1961年鹿児島県種子島生まれ。東京大学理科I類中退。学習塾講師を経て、1996年に『空想科学読本』を上梓し、ベストセラーに。空想科学研究所主任研究員。明治大学理工学部非常勤講師。
■明と篤は何メートルの高さから落下したのかを検証
(『彼岸島』18巻 83p)
── 前回は、丸太が本当に武器として使えるのかについて科学的な観点からお話を伺いました。今回は、『彼岸島』の名物シーンを、科学の観点から検証いただきたいと思います。
まずは、主人公の明と兄貴の篤が教会の最上部から落下するシーンです。
これ、最初に明と篤が落ちるんですよね。落ちますが、途中で師匠が出した丸太を一瞬だけ掴みます。
(『彼岸島』18巻 126p 130p)
おそらく、ここから自由落下が始まります。自由落下は、「重力の力でどんどんスピードが上がりながら落ちていく」という現象です。
ところが自由落下していくうちに、空気抵抗が働いて、空気が落下の邪魔をはじめます。落ちれば落ちるほどスピードが上がっていくけど、空気抵抗も強くなる。そうすると、重力と空気抵抗が釣り合う瞬間がやってきるんです。そこからは一定の速度で落下します。これを等速運動といいます。
── 初めは自由落下で落ちていって、ある一定のところから等速運動になるわけですね。
そうです。今回のケースでは、明と篤が「俺がクッションになってやる。それでお前は助かるかもしれん」や、「何言ってんだよ、それじゃ兄貴はどうするんだよ!!」など、けっこう会話をしていますし、これだけの時間があるということは、間違いなく等速運動に移っているでしょう。
(『彼岸島』18巻 134p)
(彼岸島』18巻 135p)
(会話はこちらのコマ以外にも行われています)
── この場合だと、どれくらいの速度で落ちているのでしょうか?
空気抵抗で起こる等速運動の場合の速度を「終端速度」といいますが、落ちる形状によって速度が決まっています。普通の体格の人間が縦になって落ちるときは、時速250キロです。このシーンも、250キロで落ちていると思われます。
── もの凄いスピードで落下していたんですね。明と篤はどれくらいの高さから落下したのでしょうか?
丸太から落下までの秒数がわかれば、二人がどのくらいの高さから落ちたのか、おおよそわかります。計算式はこちらです。
落下距離(m)=速度(m/秒) × 時間(秒)
時速250キロは秒速69.4メートルなので、69.4×秒数で落下距離が出ます。仮に10秒だとした場合は、694メートル。
これに、目測にはなりますが、落下し始めてから丸太までの距離を足せば落下距離がわかります。
ちなみに、スカイツリーが634メートル、世界一高いビルであるブルジュ・ハリファが828メートルなので、丸太からの落下時間が12秒を超えるとすると、彼岸島にある教会は「世界一高い建物」ということになります。
── 明と篤の会話が何秒だったのかが本当に重要になってきますね。
■明が落下してくる裸のユキを受け止めるシーンを検証
(『彼岸島』29巻 156p 157p)
── 次は、裸のユキを明が受け止めるシーンです。
このシーンは受け止めた明も、受け止められたユキもすごいですね。
── 受け止めた明がすごいのはわかるのですが、ユキもすごいんですか?
そうです。通常、重いものが落ちてくるのを受け止めるときは、やわらかく受け止めないといけないんですね。例えば、島にありそうなものでいうと、ブルーシートを何人かで広げて受け止めるような感じです。そうやって緩衝距離を取って衝撃をやわらげてあげないと、受け止めた側の衝撃がそのまま相手にもかかってしまうんです。
(『彼岸島』29巻 158p 159p)
ですので、受け止めた明の衝撃と同じだけ、ユキも背中に衝撃を受けます。
── なるほど。二人はどれくらいの衝撃があったのでしょうか?
どれくらいの衝撃があったかを計算するには、ユキの落下距離と、明がユキを受け止めたときにどれだけの緩急距離が取れたかが重要になります。
まず、ユキの落下高度ですが、マンションの5階くらいの高さはありそうですよね。そうすると、マンションの1階分の高さがだいたい2.8メートルなので14メートルになります。明が受け止めてからどれだけ動かしたかは、ほぼ動いてないように見えるので、10センチくらいでしょうか。
── そうですね。
落下距離14メートルだと、自由落下になります。この場合、落ちてきたユキのエネルギーは、次の式で計算できます。
エネルギー=体重×落下高度
明がユキを受け止めるのに必要な力についても、同様の式が成り立ちます。
エネルギー=受け止める力×緩衝距離
両者のエネルギーは等しいので、
受け止める力×緩衝距離=体重×落下高度
となります。つまり、受け止めるのに必要な力は、
受け止める力=体重×落下高度/緩衝距離
という式で求められます。それでは計算してみましょう。
ユキの体重は39キロなので、
(計算して)なるほど。5.46トンです。
このときの明は、乗用車5台を持ち上げるのと同じくらい力を出したことになりますね。
── 愛の力はすごいですね。
そうですね。そして、ユキの背中にも5.46トンの衝撃があったはずです。トラックに弾かれたぐらいの衝撃だったのではないでしょうか。
■明が投げた鉄鍋の重さと速さを検証
(『彼岸島 最後の47日間』12巻 98p 99p)
── 最後は、明が鉄鍋を一直線に投げて邪鬼使いに当てるシーンです。
このシーンについてですが、そもそも普通の人は、この鉄鍋が重たすぎて持てないと思います。
── そんなに重いんですか?
間違いなく重いです。計算してみましょう。
(『彼岸島 最後の47日間』12巻 97p )
鉄鍋の直径は、明の肩幅より大きいので60センチくらい、高さは25センチくらいでしょうか。明の手の大きさから鉄鍋の肉厚を推測すると、4センチくらいあります。
この数値をもとに重さを計算すると……。
なるほど、205キログラムありますね。
── とてつもなく重いですね。
これを片手で投げる明はすごいですね。そして問題は、鉄鍋が一直線に飛んでいるように見えることです。
(『彼岸島 最後の47日間』12巻 98p 99p)
── 何が問題なのでしょうか?
どんなものも、一直線に飛ぶことはないんです。水平に投げたとしても、必ず少しは落下します。
── 確かにそうですよね。
マンガでは一直線に飛んでいるように見えますが、実際は少しは落ちているはずです。この落下の高さ(落差)と、明と邪鬼使いの距離がわかれば、鉄鍋のスピードが出せる。
ただ、マンガからどちらも読み取ることは難しいので、目測で数値をいれていくしかありません。まず、明と邪鬼使いの距離ですが、どのくらい離れていると思いますか。
── 50メートルほどでしょうか?
では、50メートルで考えていきましょう。鉄鍋はどれくらい落下したと思いますか?
── まったく見当がつかないのですが、5センチくらいでしょうか。
じゃあ、5センチで。まず、自由落下運動の公式を使って、秒数を求めていきます。
自由落下での落下距離=1/2×重力加速度×時間²
(計算して)、5センチしか落下していないとすると0.101秒で鉄鍋が飛んでいってることになります。距離が50メートルなので、50÷0.101をすれば秒速が出ます。
(計算して)、秒速は495メートルです。秒速340メートルというのが気温15度のときのマッハ1なので、マッハにするとマッハ1.46になりますね。
── 言葉を発する間もないですね。
ないです。だいたいピストルの弾がマッハ1といわれているので、アッと思ったときには当たっていると思います。
── ピストルより速いスピードで205キロの鉄鍋を投げる明もすごいですが、鉄鍋に当たって生きている邪鬼使いも相当タフですね。
当たって屋根から落ちた後も、自分の状況を把握できているので、本当にすごいと思います。
── 敵も敵ですごかったと。
はい。ただこのシーンについては、205キロも鍋の重さはなかったんじゃないかなど、いろんなことが考えられます。
とはいえ、鍋が鉄ではなくてもっと軽い鍋だったとしても、落下距離が5センチだとしたら、マッハ1.46で飛んでくるのは変わりませんから、明もすごいですが敵もすごいというのは変わりませんね。
── なるほど。本日はありがとうございました。
■まとめ
いかがでしたでしょうか?
科学で検証してもらった結果…
・明がユキを受け止めたときの衝撃は5.46トン
・明は205キロある鉄鍋をマッハ1.46で投げて邪鬼使いにあてた
など、明たちの肉体の強さが際立つ結果となりました。
ただ、今回検証したシーンはすべて目測の部分もあります。ぜひ、皆さんも柳田先生が教えてくれた計算式に、自分が思う数字を当てはめて検証してもらえればと思います。
柳田先生、ありがとうございました!
第1弾はこちらっ↓