構成:高畠正人
※このインタビューはモーニング36・37合併号に掲載されたものです。
吉野ちゃんがふてぶてしいのがいい
よしなが 『猫奥』いつも面白く読ませていただいています。ファンです!
山村 わああ、ありがとうございます! 今回、対談できることになってとてもうれしいです。
よしなが それにしても、吉野ちゃんかわいですよね~。ちょっとふてぶてしい顔つきなのがいい。
山村 ありがとうございます。
よしなが 滝山はぶちゃかわいい推しというか。ちょっと余ってる子に惹かれるところがありますよね?
山村 それは担当さんの入れ知恵的なところがあります。私がちょっとでも吉野ちゃんをかわいく描こうとしたら、「かわいすぎます」って言われてどんどん今の吉野ちゃんに。
よしなが ちょっと麗子像(※1)に通じるところを感じます。
- (※1)麗子像 ………… 洋画家・岸田劉生が娘の麗子をモデルに描いた連作。
山村 岸田劉生が娘さんを描いた一連の……あれは怖いです。
よしなが でも、ご本人は娘さんへの愛情をものすごく込めて描かれているんですよね。実際の娘さんはきっともっとかわいいのだと思いますが…。
山村 あの頃の画家の方はみんなどこか闇を抱えていらっしゃる気がします。
よしなが あの絵を見るたびに岸田さんは娘さんをすごく愛していたのだろうなって思うから、きっと滝山から見ると吉野ちゃんも「たまらんっ!」て見えるのかなと。
山村 もっとかわいい猫はいっぱいいるはずなのに…。
よしなが こはるちゃんはかわいいですもんね。目をクリクリさせちゃって。でも、吉野ちゃんのほうがかわいく見えるのは滝山に愛されているからかな。
山村 吉野は愛想もないし、かわいくない猫なんだと思います。
よしなが え~。そんなことないですよ。山村さんはけっこう猫に対してフラットですね? もっと「猫っ~♡」って感じなのかと思っていました。
山村 いやいや、めっちゃ「猫~♡、猫~♡」ですよ(笑) ウチでは2匹飼っていますが、ウチの猫は吉野と違って愛嬌があってかわいいですから。
よしなが アハハ。そこは「猫っ~♡」なんですね。
山村 吉野は話を作りやすいようにしているというか。滝山が振り回されているのが楽しいので。
よしなが 吉野ちゃんにはフラットなんだ(笑)。
秘密だからこそ自由に描ける大奥
よしなが 江戸時代は昔からお好きだったんですか?
山村 はい。もともと大学で歴史をかじっていまして、卒論のときにゼミで江戸を専攻してました。ですけど、自分で描くのは無理だと思っていました。杉浦日向子先生(※2)を読んで、それまで培ってきたマンガの感覚を全部、ひっくり返されて。「おおっっ」ってなったりもしてて。
- (※2)杉浦日向子(1958~2005)……代表作は『百日紅』。江戸や明治を舞台にしたマンガや著作を数多く残す。
よしなが そうなんだ。私、まさに山村さんの作品を読んだとき、杉浦日向子先生のマンガを思い出したんです。帯締めをしていないところとか、リアルな江戸の風俗だなって。
山村 そんなところまで! ありがとうございます。
よしなが 当時は今みたいにきちんと着ていないじゃないですか。ずるっとしているところとか。けっこうラクに着ているので。
山村 そうなんです。動くと帯もゆるくなっちゃうような感じで。よしなが先生は『大奥』を描くとき、資料をどうされていたのですか? 資料がないんですよね。秘密、秘密の世界だし。
よしなが ないですねえ。明治になってから出たほぼ聞き書きのものとか。噂話とか。あとは時代劇ですね。さんざん映像になっているので、嘘の付き方のお手本があるというか。だいたいこんな感じっていうのがあるので、それらを参考にしていました。
山村 よしなが先生はデビュー前から『大奥』の構想を練られていたと『anan』のインタビューで読んだことがあります。
よしなが 構想なんていう大したものじゃなくて、よくある学生のポワポワ~~みたいな感じですよ? チラシの裏にちょっと描いて、「あーこれじゃダメ!」みたいなそういうノリでの構想です。
山村 その時点で女性が政権を握るお話ってところまでは考えられていたんですよね?
よしなが そう。女王さまの国があって、さあどうする?……くらい。
山村 ということは最初は『大奥』が舞台じゃなかったんですか? 『大奥』から発想されているとばかり思っていました。
よしなが 違いますね。私、ボーイ・ミーツ・ガールは下手くそで描けないんです。だけど、『ベルサイユのばら』も好きだし、女の人が偉い話だったらいけるかもしれないなあと。恋愛ものを描くならそういう設定なら描けるかもと。
山村 江戸時代に設定がハマりすぎているんですよね。最初から江戸を描きたくて、新しい視点を考えられたのかと思っていました。『大奥』なんてぴったりじゃないですか。
よしなが 1983年に放送されたドラマの『大奥』を子どもの頃に観てて、それがすっごい面白かったんです。岸田今日子さんの「思えば大奥とは女人たちの運命の坩堝でございました」っていうセリフからはじまるやつ。
山村 やってましたねえ。
よしなが 最初の秀忠編で栗原小巻さんがお江与の方をやるんですけど、最後の瀧山も栗原小巻さんがやられるんです。同じ女優さんが最初と最後をやるというのは新鮮でしたし、旬の女優さんが入れ代わり立ち代わりいろいろな役になって幕末まで描くのも華やかでした。しかも舞台はずっと『大奥』で。それが子ども心にすごく印象に残っていて、250年もの歴史をずっと同じ場所で描き続けるのって凄いなあと。ファンタジーを描くならあんまり外にでなくてもいいし、いいかなと思ったんです。
山村 場所ですか。
よしなが 日本全国どうなっているかを思考実験で描くととてつもないSFになっちゃうけど、『大奥』の中だけを描けばいいんだったらいけるかもと思っちゃったんです。江戸時代だったら好きだし、なんとなく嘘の付き方がわかるから。
山村 そうだったんですね。
滝山は大奥のスター!?
よしなが 『猫奥』に滝山が出てきてうれしかったです。単行本のあとがきで書かれていましたけどイメージは大河ドラマ『篤姫』の稲森いずみさんだったんですね?
山村 そうなんです。浅野ゆう子さんもやってらっしゃいましたよね。
よしなが 『猫奥』のドラマ版は浅野ゆう子さんがやったらさぞや面白いだろうなと思います。本当は猫が好きなのに、「むむっ……」ってところとか見たい(笑)。吉野ちゃんをキライなフリをしなきゃいけない浅野ゆう子さんを想像するだけで和みませんか? 木村多江さんが襟をクッて直すのも似合いそうだなあ。
山村 想像できる(笑)。滝山はそれこそドラマでいろいろな方がやられていますよね。
よしなが そもそも『大奥』のなかに、いっぱい御年寄がいたなかでなぜ滝山を主人公にされたんですか?
山村 いやぁ、それはもう他の人の名前を知らなかったんです(笑)。有名人だから資料に出てくるし。
よしなが なんだかんだいって滝山は有名人なのよね。NHKでやった『大奥贈答品日記』(※3)って観られました? あれは草刈民代さんが滝山役をやられててかわいかったですよね。
- (※3)『大奥贈答品日記』……NHK『英雄たちの選択』で放送されたスペシャル番組。滝山の残した日記から大奥を考察する。
山村 ちょっとファッションショーみたいなこともやっていて面白かったです。そういえば滝山って家茂のお母さんとケンカになって、毒を盛られたじゃないですか? あと火をつけられたり。ああいうのはかわいそうなんだけど、滝山に当てはめて想像するとちょっとおかしいなとも思っちゃうんです。
よしなが あれって本当の話なんですか!?
山村 三田村鳶魚(※4)が書いた本によると事実っぽいですね。あの方の文章って自信満々に書いてあるから、信じちゃってるだけかもしれませんけど。
- (※4)三田村鳶魚(1870~1952)……江戸文化・風俗研究家。その研究は広範で多岐にわたる。
よしなが 実際そういう噂はあったんでしょうね。
山村 天璋院さまの中臈をやっていた村山ませ子さんが言ってるなら本当かなと。
よしなが ませちゃん!
山村 はい。『猫奥』では、最初は目のツンとした部屋子を滝山の姪であるませにしようと思っていたんですけど、滝山のお母さんを出したときに、他人みたいな口の聞き方をしていたので、ちょっと辻褄が合わなくなってきたかなと思ってます(笑)。
よしなが 『猫奥』には仲野も出てるしね。
山村 よしなが先生の『大奥』では、仲野がずいぶん立派になっちゃって……あれはびっくりしました。
よしなが あははは。私、ああいうのを描くのが好きなんだなって。少年のときの面影がまったくなくなるっていう。みんなそれでガッカリするっていうのが。
山村 すごいしっかりした仲野だったから(笑)。『大奥贈答品日記』での仲野は面白いキャラになってましたけど。
よしなが 「滝山さま~」みたいなバタバタ走ってくる、おっちょこちょいなタイプになってましたね。でも、滝山が大奥を出て、あの子の実家に身を寄せると思うと「なるほどなあ」と思ったりしますよね。
山村 そうですね。川口に行くんですよね。まあ、読む本によっては滝山のその後のことはいろいろ解釈が違うのでなんともいえませんが。いろいろ考えますね。
よしなが 仲野の親戚を滝山の夫婦養子にしたという説もあるし、それは仲野本人だったっていう話もあるみたいで。
山村 あの時代って給料をもらえるわけじゃないし才覚がないと生き残れないから、いろいろあったんでしょうねえ。
照代は天才ですよね!(よしなが)
よしなが すっごい照代が気になります。実在されている方なんですか?
山村 照代は本当にいました。
よしなが わー。本当にいたんだ! 凄くないですか? だって12歳で踊りの師匠になったんですよね。天才ですよね。大奥なんかで奥女中やってる場合じゃないんじゃないかと思います。有名な歌舞伎俳優とかに踊りを教えないとダメじゃんて。
山村 本当にそうですね。照代はちゃんと明治まで生き残って、花柳界のドンみたいになったらしいです。松村ぎんっていう方なんですけど、噂では家慶のお手がついて、子どもも生んだのに中臈にならなかったという説もありまして。
よしなが ええ? それで帰ったっていうことですよね?
山村 天保12年まで勤めてて、娘を出産したという。でも、そのあとも大奥から請われて踊っていたというから、関係性は良好だったのかなあと。
よしなが 大奥でも歌舞伎みたいなことをやっていたんですよね。それってもう一種の宝塚ですよね。
山村 そうですよね。歌舞伎役者を呼んでやるのかと思ったら、自分たちでやっていたようです。何千両というお金を使って舞台を組んで全部作っちゃうらしいんです。踊り子、三味線、唄も自分たちでやる。
よしなが 踊りが上手な人が歌舞伎を観に行って、真似っこして大奥でやったそうですよね。それで、みんなから「キャー」って言われれていたらしいですからね。
山村 宝塚ですよね。歌舞伎は男の人がやる文化だと思ってるけど、そういうこともやっていたんだなと。
よしなが 欲望にかけるパワーって凄まじい。そのなかで照代は12歳で師匠ってことはよっぽど凄かったんですよね。
山村 家慶が京都から招いた娘が照代のファンで、照代にそっくりな人形を作らせたっていう話もあるみたいです。
よしなが やっぱり大奥にいるべき人じゃなかったのでは…。でも、大奥が唯一、女性が踊りができる場所でもあったともいえるから大奥にいてよかったのかな。当時は女性が演じることを禁止されていたわけだし。
山村 どうなんでしょうねえ。
よしなが お花見のエピソードもありますけど、そういうときは嬉しかったんでしょうね。
山村 普段が退屈ですからね。御台様(将軍の正室)は一歩も外に出られないらしいし。
よしなが 基本ずっと座っていないといけないんですよね。着替えとご飯を食べてるだけ。あれじゃあ健康を維持するのも大変。
山村 長生きできないでしょうね。
平賀源内が一番好きです!(山村)
山村 よしなが先生はもう江戸時代を描かれないんですか?
よしなが 終わった今がいちばん江戸時代に詳しいけど、描かないと思います。もう、なんにも出ない気がします~。
山村 源内で描いてください! 私、よしなが先生の『大奥』のなかで平賀源内が一番好きなんですよ。
よしなが ありがとうございます。すいません、ヒドい最期になってしまって。
山村 ホントですよ。でも史実だからしようがないと思い込むようにしています。
よしなが 獄死したって説がいちばん有力なんだけど、それはそれでかわいそうだなと思って。どうやら突然、人を斬っちゃったらしいんですよね。どうも脳梅毒だったんじゃないかって。それでああいう話にしたんですけど。
山村 梅毒になった理由もヒドいですよ~。もう、嗚呼!
よしなが そうですね。すいませんでした。
山村 あ、感情移入しまくっていましたのでまだ終わった感じがしないんです。変に絡んでこちらこそすいません。
よしなが あんなことを仕掛けた恋人と最終的にずっと暮らすっていうのがいいなと思って。けっこうヒドい奴ですからね、源内も。ほぼほぼずっと浮気しているわけですから。男だったらヒドい奴ですよ。本当の源内は男色家で、それは周囲のみんなは知ってました。
山村 当時の江戸はセクシャルなことはわりと受け入れていたんですよね。
よしなが 江戸の人たちはみんな源内のことを大好きだったみたいです。源内を主人公にした作品って少ないけど、描く人が出てきてもおかしくないなと思います。非業の死を遂げてしまうけども、発明家としては和三盆のきっかけを作った人でもあるし、火浣布(かかんぷ)って防災頭巾を発明したり、竹とんぼだって彼の発明。ダ・ヴィンチと比較されるのもわかる気がします。
山村 凄い人なのは間違いないです。
よしなが 昔は『翔んでる平賀源内』とか『天下御免』とかあったけど、今は平賀源内を主役にしたドラマやマンガってあまり見ないからケロッと描くのはいいかもですね。
山村 先生、お願いします!
よしなが いや、山村先生こそ…。私はもう江戸時代はいいです~。現代のほうがラクだもん(笑)。
『猫奥』の今後は……。
山村 『大奥』には料理人のエピソードが出てきたりしますけど、食事とか献立はどうやって調べられていたのですか?
よしなが あれはもう『みをつくし料理帖』(※5)がなかったら描けません。澪ちゃんは市井の人だけど、お相手の小松原さんは上様の御膳を出す係の人なので、参考にしていました。あと食べ物に関してはやはり池波正太郎先生がいらっしゃるので。いろいろ参考にさせていただきました。
- (※5)『みおつくし料理帖』……高田郁による時代小説シリーズ。天涯孤独の少女・澪(ルビ:みお)の料理人としての奮闘を描く。
山村 鰻のエピソードとかも。
よしなが 平賀源内のエピソードで鰻は有名ですからね。『猫奥』でも鮑が出てきましたね。あの時代にもう猫に鮑はダメなんだって知識があったんですかね?
山村 資料を見てたら東北の漁師さんとかの間では「耳が落ちる」って伝承がもともとあったと書いてあって、知識としては知っていたんじゃないかなあと。
よしなが 猫は食べちゃうんですね。玉ねぎとかは嫌がるのに。
山村 匂いがキツイものは食べないけど鮑だとわかんなくて食べちゃうかも。
よしなが 今までのお話を聞いていると、『猫奥』はなんとなく時が止まっているマンガなんだなって伺えて、吉野ちゃんはずっといてくれるんだなと思ってホッとしてます。
山村 基本は天保12年で止まっているお話ですね。
よしなが この先、滝山が猫を飼える日がくるのかなあ。でも、恋愛ものと一緒で心が通じ合っちゃったらある種の終わりだから、吉野ちゃんとはずっとすれ違わないといけないのかなあ。そう思うとなかなかドラマ作りが大変だと思います。
山村 飼っちゃったら終わりですかね?
よしなが でも、わかんないです。次の新しい展開が待ってるかもしれないし。
山村 そうですよね。自分でも先のことは何もわからないで描いているので……。
よしなが 話、変わっちゃうけど山村先生ってアナログで描かれています?
山村 はい。
よしなが だったら『大奥』で使ったスクリーントーンをもらって頂けないでしょうか?
山村 えーー! いえいえそんな……ホントですか?
よしなが ぜひ! 着物の柄とかに使ってくれたら私も嬉しいし。
山村 で、では遠慮なくいいただきます。おお、嬉しい。さっそく使います!
よしなが 今度は山村先生ともっとゆっくり時代劇やアニメのお話をしたいです。
山村 ぜひぜひ。なにをおいても馳せ参じます!
『猫奥』第3巻は8月23日(月)発売予定!