取材:構成=木村俊介
安彦良和さんには、前回までのインタビューで、『機動戦士ガンダム』を大事に描き直してきた過程や、専業漫画家になり、個人的に漫画を描き続けることの中にある幸福感などについて聞いている。
その後には、「個人で漫画を描く楽しみと言えば、いま、SNSなどを通して描いている漫画の話をしている方たちの姿勢にもつながるかもしれませんね」という方向の話題にも触れた。
すると、「いまの人たちは、メジャーだとかマイナーだとかにあまりとらわれず、読むことも描くことも楽しんでいて、いいですよね。ただ、僕自身は、ほかの人の漫画を、のべつ見すぎることはないように気をつけています」という。
一連のインタビューの最終回では、そのあたりから、「個人的な漫画家の、個人的な画業継続を支えてきたもの」について、話を聞いてみた。
- 安彦良和……
1947年生まれ。北海道出身。1970年に旧虫プロ入社。1973年からフリーとなり、アニメーター・アニメーション監督を続けるかたわら1979年に『アリオン』で漫画家デビュー。1989年の『ナムジ』から専業漫画家となり、『王道の狗』『機動戦士ガンダム THE ORIGIN』など著作多数。「アフタヌーン」にて2012年〜2016年に『天の血脈』を連載。「アフタヌーン」2018年11月号より『乾と巽―ザバイカル戦記―』の連載を開始。
命を削って描くから、「毒にも薬にもならない」は、いやだ
――安彦さんは、いまの若い人が漫画を読んだり描いたりする姿勢に対して、肯定的ですね。
安彦:自分ひとりでものづくりをできる幸福感についても話しましたが、それって、コミケで作品を発表している人たちも含めてのものですからね。漫画を描くことの中には、それぐらい、個人的に幸せな時間があるんだと思っています。僕もいま、息子だけをアシスタントにしているけれど、何人もアシスタントを抱えて、大勢でなければ描けない作品というのは、描いてきていません。
漫画の世界では、アシスタントを一ダースほども揃えないとできない作品で頑張っておられる方もいらっしゃる。それも、もちろん「あり」ですが、そうなると、僕にとっては、アニメーションの作業みたいなことになりますから。
漫画の世界がいいのは、メジャーもマイナーも、手のこんだのもそうでないのも「どっちもあり」というところ。基本的には指先から生まれるという点では同じ。いろんな漫画がある。「うまさ」も「面白さ」も、いろいろ。それは、やはり「いい世界」じゃないですか。
――執筆への意欲がなくならないのは、ご自分ではどうしてだと思われますか……?
安彦:トシを取ると、自然と「関心事ではなかったもの」が意識から抜け落ちていきます。だから、「これを描き残す」なんていって力んでいなくても、こだわっている題材が頭の中に残っていくんですね。あぁ、これにこだわっているのだなぁ、と自分でもよくわかっていく。
たとえば、ロシア革命や、その後に起きた社会主義の時代とその運動について描くことも、自分では気になり続けているテーマなんです。世代的に、社会主義に憧れもし、幻滅もしたわけですから。レーニンが起こした革命からはじまる大きな「うねり」の特徴のひとつは、「これは、科学的だから正しい、認めろ」という迫り方をする点だったように思います。「科学」ですから、それは宗教の対極でもあるはずなんだけど、実は限りなく宗教に近い。
それは、「もう、いまはそんな時代ではないから大丈夫」と言って済む話ではないんですね。「どこから見たって異論の持ちようがない正しそうな考え」というのは、いわば、「これは、科学的だから正しい、認めろ」というのに近い。そういう一見正しそうな言説というのは、いまも、別のかたちで生き残っています。
しっかり体調管理をして、若々しさを保って健筆をふるっておられるという作家さんもいるかとは思います。でも、僕のことで言えば、運動などによる体調管理は、まるでできていません。見てのとおりで(笑)。
それでも、絵って不思議ですよね。トシを取ると、技術は落ちていないけれど、線に色気がなくなるということもある。どうしてそうなるのかという理由はわかりません。だいたい、自分の絵に色気があるかどうか、それがどうなったかなんてわかりませんよ。僕も、自分ではわからない。でも描いていて、気にはし続けている。大丈夫かなあ、「色気」あるかなあ、枯れていないかなあ……って。
根本的には売れ線でもなくて強制もないからこそ、気楽さの中で幸せに描いていられているのかなぁ。まだ、楽しいですよ。命を削って、漫画を描いている。だから、毒にも薬にもならないものでいい、というのではさみしいなと思って、漫画に向かっています。
「裏切り」も、「臆病さ」も、人生の味わいだから
――個人的に描くということを、本当にいつも重視されているのですね。
安彦:だから、周囲の人や、特に編集者と「切った、張った」という大喧嘩になったような記憶が、ほとんどありません。適当に距離を持てる人間関係でやってきたのかもしれない。そういう意味で、「友達」いませんよ。昔からいないんです。でも、仲間はいます。好きだな、いい人だなと思える人も。それでいい。
――そして、作品の中では、人間の影の部分も含めて魅力的に描かれています。
安彦:作品の中では、そうですね。裏切られる。捨てられる。でも、こんな言い方をすると笑われるかもしれないんですが、例えば「裏切り」なんて、ひとつのロマンなんじゃないですか。裏切られるまでには、人間関係がかなり深化している。非常にドラマチックな局面なんですね。
それは、実生活でも言えることだと思います。失恋の歌が心にしみるように、心に傷を受けたら、それを肴にしてじっくり酒でも飲んだらいいんじゃないかって思うんです。おじんくさい話だけどね、傷口をなめて肴にするのも、ロマンチックなんじゃないの?(笑)
つらいことがあった。許せない。そんな暗い気持ちを抱え込む余裕も、時にはあっていいように思います。それもまた、「自分そのもの」なんですから。
――いま、どんな漫画を読まれていますか?
安彦:正直に言えば、ほかの人の仕事をあまり見過ぎないようにしています。冗談ではなく、うまい人の仕事を見たら、落ち込んで仕事やめちゃう危険性がありますから。その逆に、あんまり腑に落ちないまずい作品を見ても、どうも、精神衛生上よくなくて……。いらいらして仕事が手につかなくなっちゃうから。そこは、多少、仕事を続けたいから自己防衛している点なのかもしれません。
連載って、やっぱり楽しいですよ。「先が見えない」のが。それぞれの回は、冷や汗もので「しのいで」ますけどね。真剣に描くわけですが、各回の時点では、その作品が何なのか、何を描こうとしているのかが、本人にも見えていなかったりもします。
それが、ある程度まとまる。そんな段階で、「……あ、そうか!」と物語の道筋がやっと見えてきたりもする――。自分がつくっている物語に、自分が流されていくような感じ。それを楽しむのが、連載長編を描く面白さなんじゃないかな、と思っているんです。
安彦さんが命を削り挑んでいる最後の連載漫画『乾と巽―ザバイカル戦記―』を、ぜひお楽しみください!!
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