鶴田謙二×石黒正数 四季賞出身作家特別対談

『天国大魔境』無料イベントを記念して、鶴田謙二×石黒正数の対談を特別再掲載!「アフタヌーン」で数多くの才能を輩出してきた“新人の登竜門”、四季賞とは何なのか?

※この対談は「アフタヌーン」2016年5月号に掲載されたものを再掲載しています。

 

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鶴田キャラを人として溺愛しています……!!

——お2人はお会いするのは4回目だとか。まずはお互いの第一印象を教えてもらえますか?

鶴田謙二(以下、鶴田)
  石黒さんと出会ったのはね、僕が「単行本にサインください」ってせがんだのがキッカケなんですよ。08年作品の『ネムルバカ』だから8年前かな。読んだらすごく気に入っちゃって。編集者を通じてお願いしたんです。僕、そういうこと滅多にしないんですけどね。

石黒正数(以下、石黒)
  人生で一番緊張しながらサインしました(苦笑)。同時期に同じ雑誌(月刊COMICリュウ)で描いていたとはいえ、「まさか鶴田さんが……」って感じで。

鶴田
  その節はありがとうございました(笑)。なんといっても石黒さんのすごい点はドラマの作り方だね。自分のリズムで描いているのが伝わってくる。手本にしているものが、あまり無いという印象。漫画って最初は模倣から入るもので石黒さんも当然そうなんだろうけど、彼の場合は模倣したものを「追い出す」ことがすごく上手かった。絵にしても、そうですね。一見すると、あまり肩に力が入っていない感じのタッチなんだけど「細部まで行き届いた」絵を描いていた。当時は20代後半でしょ? 絵もストーリーもセリフ回しも全部完成されている若い人なんて滅多にいないですからね。

——では石黒さん、鶴田さんに対するイメージは?

石黒
  雲の上の人、ですね。大学生の時に鶴田さんの作品を読み始めたんですけど、ずっと憧れの人でしたから。あと、1巻だけ出ている単行本が多いので、早く2巻以降を描いてほしいっていう。これは印象じゃなくて願望ですけど。

鶴田
  頑張ります(苦笑)。

石黒
  そんな感じで僕からしたら、手の届かない「ブラウン管の中のアイドル」みたいな存在だったんですよ。なので相当に影響は受けています。今、連載している『木曜日のフルット』に鯨井先輩というキャラが出てくるんですけど、そのいい加減な感じとか。漫画の文法や絵の云々ではなく、とにかく鶴田さんの描くキャラたちに人としてホレてしまっているので。

——確かにお2人の描くキャラクターに共通した魅力は「自由さ」の表し方だと思います。

鶴田
  うーん、どうだろう、貧乏人を描くと間が埋まって助かりますけどね。

石黒
  そうですね。

鶴田
  貧乏と引き換えに何を得ているか、っていうのはキャラの見せどころですからね。

 

マンガ界の巨人たちに大きく育てられました

——ちなみに石黒さんが学生時代に一番ハマっていた鶴田作品は?

石黒
  その当時は『Spirit of Wonder』の「チャイナさん編」ですね。「この世にはこんな上手い作家さんがいるんだな」って、アイドルを見る感じで。人としてホレたキャラだと『Forget‐me‐not』のマリエルさんとか『冒険エレキテ島』のみくらとか。

『Spirit of Wonder』

鶴田謙二

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『Forget me not』

鶴田謙二

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『冒険エレキテ島』

鶴田謙二

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鶴田
  ……ちょっと照れくさいので違う人の話にしたいんだけど、他に影響を受けた漫画家は?

石黒
  そうですねぇ、なんと言っても藤子・F・不二雄さん、大友克洋さん、小原慎司さん。それと相原コージさん、荒木飛呂彦さん、福本伸行さんです。この方々に鶴田さんを入れて、僕の漫画の先生「7強」です。

鶴田
  藤子Fさんの影響はすごく感じるよね。ヒキの絵を使うタイミングが似ている。ふとしたタイミングでカメラが上にフッと上がるとことかね。

石黒
  藤子Fさんは小学生の頃に、大友さんは中学生の頃に夢中になったので、そのお2人の影響は一生抜けないですね。

鶴田
  大友さんにハマったのが中学生の時? 若いなぁ~。

石黒
  12歳で『AKIRA』のアニメを初めて見たんです。そこから僕の絵柄、ガラッと変わりましたから。

鶴田
  漫画家になろうと思ったのは、その頃?

石黒
  それはもっと早くて、小1か小2でしたね。そう言えば10歳の時に読んで衝撃だったのは藤子Fさんの『絶滅の島』という短編です。

鶴田
  どういうお話なの?

石黒
  宇宙人が人間(地球人)を虐殺しまくるんです。延々とその様子が描かれる。で、何でそんなことをしていたかというと、地球人をクスリにして食べると円形脱毛症が治る、と宇宙人は信じていて。

——強烈なブラックユーモアですね。

石黒
  結局それは迷信で、ズコーッて感じで終わるんですけど、もうブラックすぎてユーモアじゃない話です。描写もエグかったし。

鶴田
  トラウマにならなかった?

石黒
  だから38歳になった今でも鮮明に覚えているのかもしれません。『ドラえもん』の人がこんなに人を殺すんだ……って。鶴田さんが影響を受けた漫画は何ですか?

鶴田
  やっぱり石森章太郎さんですね。「石ノ森」になる前の石森さん。絵的な影響は一番強いと思います。ハマった作品でいうと『サイボーグ009』かな。後は横山光輝さんの『伊賀の影丸』や永井豪さんの『ハレンチ学園』とか。

——皆さん、レジェンドな面々ですね

鶴田
  あっ、でも一番読み込んでいたのはジョージ秋山さんかな。『アシュラ』とか。

——人肉食などの描写もあって問題作と謳われた作品ですね。

鶴田
  好きだったんですよ。友達の家でコッソリと、何度も何度も繰り返し読んでいましたね。

 

僕が選考していたら…石黒さんを逃したかも

——それでは四季賞について、お尋ねしていきます。石黒さんが投稿し「四季賞」を受賞されたのは「2000年・秋のコンテスト」でしたね。

石黒
  はい。

——『ヒーロー』という32ページの読み切りでした。その時の合本を用意しましたので、鶴田さん、お読みになってもらえますか。

鶴田
  はい、喜んで。

石黒
  僕の目の前で読むんですか!? ひどい対談企画だな……(苦笑)。うわっ、今見ると、ひどい!

——大学の漫画研究会に所属していた時に描かれたんですよね。なぜ四季賞に投稿しようと?

石黒
  これはもう、大学時代に多大な影響を受けた小原慎司さんがアフタヌーンで『菫画報』を連載していたからです。後、アフタヌーンのジャンルフリーとでも言うべきイメージに惹かれていました。フリーダムなんですけど「ガロ」ほどはコアじゃないというか。

『菫画報』

小原愼司

1話から読んでみる

——アフタヌーンは懐が広い、と?

石黒
  包容力があるって言うんですかね。例えば少年誌だとレース漫画だったらレースシーンを描かないといけない。でもアフタヌーンならレースをせずに、主人公が急に漫画家を目指してもいい、みたいな。

——この受賞作は就職活動中に描かれたと聞いています。

石黒
  これが箸にも棒にも引っかからなかったら漫画家やめて就職しようと思っていました。だから、その審判が下されるのが怖くて。投降したことを頑張って忘れて、冬休みの間は福井県の実家に帰省していたんです。で、久しぶりに東京の下宿に帰ったら、普段まったく使わないFAXからいっぱい紙が出ている。何だコレと思って見たら「大至急連絡ください!!」と。

——担当編集者からの便りですね。

石黒
  さかのぼって読んでいったら「どうなってるんですか!?」「アフタヌーンです!」「連絡もらえますか?」と。それで一番下に埋もれていたヤツを見たら「おめでとうございます。このたび『四季賞』を獲得し~~」って。最初は祝福だったけど、どんどん怒りに変わっていったみたいで(苦笑)。

鶴田
  (受賞作を読みながら)それはイイ話だね。漫画みたい(笑)。

石黒
  その時の選考委員は池上遼一さんで、僕の作品に満票をつけてくださったそうなんです。惜しくも「四季大賞」は逃したんですが、嬉しかったです。

鶴田
  (読み終えて)さすが池上さんですね。僕が選考委員だったら石黒さん個人に才能は感じても、この作品に上位の賞は与えられないかも。

石黒
  そうだと思います(苦笑)。うわっ、このシーンとか、何でベッドに寝っころがるのに4コマも使ったんだろ?

主人公がベッドに横になる一連の描写を鶴田氏は「センスのたまもの」と評する。 (石黒氏の受賞作『ヒーロー』)

鶴田
  まるまる1ページ使ってるね。天性のセンスだ。描きたいものに描きたい分量を割いているってことだよ。段取りに囚われていない魅力がある。魅力といえば、キャラクターを見ていて思うんだけど、石黒さんって性善説の人だなって感じる。

石黒
  はい。それは自覚があります。

——老若男女、どのキャラも愛し甲斐というか可愛げがありますよね。すべての作品が「人間賛歌」に思えます。

石黒
  それは、まぁ、自分じゃ言わないけど、そうなのかもしれません(苦笑)。

鶴田
  賞金は当時も60万円だよね。何に使ったの?

石黒
  当時の僕には貴重な額だったので、上京資金に充てました。最近はあんまりお金に執着が無くて。現在の自分の原稿料がいくらかも知らないんですよ。税理士さんがシッカリしているので、そこは大丈夫なんですけど(笑)。

 

作家名=ジャンル ——そういう存在を求む!

鶴田
  ところで四季賞に応募したのは郵送だったの? それとも編集部に直で持っていった?

石黒
  編集部に持ち込みました。ヒロインの顔つきがコマごとにコロコロ変わっていたのを指摘されて、「でも3回読んだら気にならなくなった」って言われて。

鶴田
  3回も読んでもらえたってことは、対応した編集者も才能を感じ取ったんだと思うよ。

石黒
  ありがたかったです。それで「上位の賞に選ばれるかも」と言われて原稿を預けて帰ったんです。

鶴田
  やっぱり才能と完成度にギャップがある描き手っていうのは惹かれるものだから。僕は今、選考委員をやらせてもらっているけど、そういう作品に出会えた時が、何より楽しい。

石黒
  でも選考委員の重圧って、すごいですよね?

鶴田
  そりゃ人の人生を変えちゃうかもしれないのだから、やり損なうのは許されないという気持ちはあるけど、純粋に楽しい仕事です。1年に1度と言わず、もっとやりたい。本音を言うと、選考業務だけで暮らしていきたい(笑)。

石黒
  いやっ、続きを描いてほしい作品がたくさんあるので(笑)。

鶴田
  僕ね、未成熟な作品を読むのが好きなんですよ。それって、自分の限界を広げてくれる「何か」を求めているんだと思う。年齢を重ねると、自分が描いているもの=自分の限界になってしまうので。

石黒
  あぁ、すごく分かります。

——この対談の3週間後には鶴田さんが選考委員を務める最終選考会が行われます。ここで改めてお尋ねしますが、鶴田さんが上位に推す作品の「資質」とは何でしょう?

鶴田
  これは僕にも描けるな、っていう作品には惹かれないですね。何より評価したいのは「向いている方向の特殊性」かな。例えば五十嵐大介さんという作家はジャンルで言うと「五十嵐大介」としか言いようがない。黒田硫黄さんとかも同様で、自分の表現を模索し、確立してきた。彼らのように他の人にはマネのできない漫画を描く人に高い点をつけたい。その一方で、漫画には「これをやらないといけない」という展開やシーンがあります。そこを描くことから逃げた作品はダメですね。

石黒
  下手でも一生懸命に描いていればいいんですよね。逃げちゃいけない。

鶴田
  うん、そういうのはプロになって締め切りに追われてからやってください(笑)。それまでは絶対ダメです。

 

受賞から即デビューで、その後スランプに……

——石黒さん、これは例えばの話ですが、何年か後に四季賞の選考委員をやってくださいと頼まれたら、どうしますか?

石黒
  僕ね、先ほど鶴田さんが「選考委員は楽しい」って仰っていたのが、すごく分かるんですよ。

——では、いつかは?

石黒
  いやぁ、それはアフタヌーンで一度でも連載をした後でないと……。それはさておき、いっそ新人さんの持ち込み原稿も読んでみたいぐらいなんです。この人、ここを磨いたらメチャクチャ面白くなるのに……なんて感じてみたいし。

鶴田
  僕と一緒だ。いつでもインスパイアされていたいって気持ちが根底にあるからだろうね。じゃあ石黒さんが選考委員だったら、どんな作品を好む?

石黒
  漫画のイロハをキチンと守っている作品ですね。拙くてもいいから、ちゃんと物語を考えて、ちゃんと状況を伝えようとしている作品です。気持ち悪い絵とか、えげつない表現に走って、尖っている感を出そうとした作品は嫌いです。

鶴田
  作品に対して真摯でいることは大事だよね。それはプロ・アマを問わないから。ところで石黒さんは「四季賞」を取ってから、活躍の場をアフタヌーン以外の雑誌に移したよね。何か理由があったの?

石黒
  それはですね、つらい事情があったんですよ……。受賞後、担当編集さんから「次は連載を目指しましょう」と言われて連載用のネームを描き続けたんです。担当さんは受賞作のようなテイストで長く続けられるものを求めていたはずなんですが、何を描いてもボツになってしまう。

鶴田
  それは心が折れそうだね。

石黒
  当時の僕は、自分がどんな漫画が描けるかすら分かっていなかったんです。就職したくないもんだから描いて応募した作品が雑誌に載ってしまって、でも何が評価されたのか理解できていない。今にして思うとボツになって当然のネームばかり、焦って量産していました。

鶴田
  自分が何を描きたいのか、そして、どこがいいと思われたのか。そのどっちかが分かっていれば何とかなるんだけど、どっちもアヤフヤだと先に進みづらいよね。

石黒
  今だったら「この『ヒーロー』って受賞作は日常からちょっとズラしたSFなんだな。ならば、こういう土台を作れば連載のカタチに持っていけるな」とか考えられるんですけどね。当時のアフタヌーンで、ろくなネームを出せなかったのは本当に申し訳ないです。

 

野球、剣道、ヤンキー、これが我々の次回作?

——まさに人に歴史あり、ということですが、ここからはお2人の未来の話を聞かせてください。今後はどんな漫画を描いていきたいですか?

鶴田
  僕は最近やっていないSF方面の話をやりたいですね、1冊で1つの話としてまとまるような。「この人はSFを描かせたら、まだマシだね」とか言われてみようかな(笑)。

石黒
  僕の場合は連載中の『それでも町は廻っている』でやりたいことはやれているんです。それでも他に描きたいものって……実はいっぱいあります。1話完結ものはもうイヤで、少年漫画みたいに物語の大きな流れがあって長く続くものがやりたいですね。部活漫画とか。スポーツなら剣道部が描きたいかな。

鶴田
  あっ、僕も野球漫画が描きたかったんだ!

石黒
  鶴田さんの野球漫画って、試合しなさそうですね(笑)。アフタヌーンだと『おおきく振りかぶって』とは内容的に絶対にカブらないと思います。

鶴田
  やるなら草野球だね。町内会の野球チームかな。もともと僕、『Forget‐me‐not』でも野球選手のキャラを出しましたからね。三姉妹の真ん中の子。本当は、その子を主人公にして野球漫画をやる予定だったんですよ。だから実は『Forget‐me‐not』ってスピンオフ作品なんです。

一番右の伊万里真鈴は「横浜ホエールズ」の胴上げ投手。 (『Forget‐me‐not』より)

石黒
  初めて知りました(笑)。
鶴田
  で、いずれやりたいのは歴代の「魔球」をすべて投げられるキャラの話。過去の野球漫画をリスペクトして、ハイジャンプ魔球も大回転魔球もこうすれば投げられる、というのを証明する漫画だね。「鶴田謙二、構想○年!」みたいな具合で世に出せたらいいと思ってます(笑)。

石黒
  すっごい読みたいです。あー、僕も実は不良漫画が描きたい。昔から不良ものの漫画や映画が大好きで。古くは『ビー・バップ・ハイスクール』から『クローズ』とか『ドロップ』とか。

——石黒さんなら西森博之さんの『今日から俺は』的なものを面白く描けそうですよね。

石黒
  そうですね、僕の作風だと。だから、そのタイトルはあえて口にしなかったんですが(苦笑)。ああいうものが面白く描けたらいいと思ってます。

 

未来のメジャー作家へ、これだけは心に刻め!

——それでは最後になりますが、これから四季賞に投稿してくる方々へエールを送ってください。

鶴田
  拙くてもいいから手を抜かないでほしい! それと、映画やドラマの作劇の組み立て方を踏襲し過ぎないでほしい。無闇やたらと風景から入るのでなく、漫画なんだからキャラの動きから入るべき。あと、1ページ目は扉ページとして仕上げるべき。どうしてもアバンタイトル的に本編から始めたいのであれば、1ページ目に一番いい絵を持ってこないとダメです。

石黒
  そうですね。僕も『それ町』では、たいてい独立した扉ページから始めます。まずは1つページを作れば、そこから勢いも出るので。

鶴田
  アバンから入るってのはラクなやり方なんだよね。だからってラクを覚えても、いいことは無いから。それじゃ石黒さんからも若者たちにエールを。

石黒
  ハイ。僕もそうでしたけど、駆け出しの頃が一番つらいんです。だから「キミだけじゃない」と言いたいです。頑張ってください!

鶴田
  そうだね。漫画とは自己表現。自分を既存ジャンルの枠外に置きたいのなら四季賞は最高のゲートです。どんどん投稿してください。

石黒
  四季賞はネームバリューがあるので、受賞歴が立派な肩書になると思います。自分にハクをつけてください!

——お二方、今日はありがとうございました。それでは後日、この対談記事の扉ページに載せるイラストを取りに伺いますね。

鶴田
  あっ、頑張ります(苦笑)。

 

 

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『外天楼』

石黒正数

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