コミックDAYSインタビューシリーズ
第3回 「小山宙哉」(1)
取材:構成=木村俊介
幼少期、漫画家を目指すきっかけ、傑作の誕生秘話──。
なかなか表に出てこない漫画家の真の姿に、かかわりの深い担当編集と共に迫る。
漫画家──小山宙哉 作品に『ハルジャン』『ジジジイ-GGG-』『宇宙兄弟』など
編集者──佐渡島庸平 担当編集者/現「コルク」代表取締役
第1回 短い中に濃密な物語を届けられるようになった
「会社、辞めます」「……え、いきなり、もう?」
小山宙哉 僕はもともと、京都市内の洛西という地域に住んでいたんです。学校を卒業して社会人になり、大阪にあるデザイン会社に勤めるようになってからは、男山(京都府八幡市)のマンションに引っ越しました。そこで、会社から帰ったら漫画をちょこちょこ描きためてたんです。部屋の押し入れを開けたままにして使って(笑)。
※画像は小山氏の妻であるこやまこいこ氏のツイートより。昨年の小山氏誕生日に際して。 ©︎こやまこいこ/コルク
描いたのは「モーニング」に持ち込んで新人賞をいただいた『じじじい』という作品。86ページの読み切りで、1年ぐらいかけて描いたんです。のちに連載する『ジジジイ-GGG-』の原型にもなりました。最後まで描ききった漫画としては、はじめての作品だったんです。
※『じじじい』の扉絵。この作品で第14回MANGA OPEN審査員特別賞(わたせせいぞう賞)を受賞。
途中で、骨折もしましたね。同僚とサッカーをしてるときに、たまたまボールの上に乗っかって転んでしまって。右手首がもう「プラーン」ってなるぐらいに、やってしまった……。骨が折れた痛みより、漫画が描けなくなるのではという恐怖のほうが強かったことをよく覚えているから、やっぱり、漫画家になりたいと強く願っていたんだと思います。
骨折で物理的に描けなくなって2~3ヵ月のブランクが生じたんですが、ブランクがようやく明けて描きだして驚いたのは、骨折する前より絵がうまくなっていたこと(笑)。ブランクの間も「漫画を描きたい」とずっと思って描くコマをイメージし続けていたので、それで成長していたのかもしれませんね。ブランクはマイナスじゃないな、気持ち次第なんだなぁと身をもって感じられたのは、おもしろい体験でした。
漫画家は限られた人だけがなれ、目指しても簡単になれるものではない職業だと考えていたので本当になれるとは思っていなかったんですが、できた作品を講談社に持ち込んだのは「自分の実力がどれぐらいのもんか」を確かめるためでした。
佐渡島 それは、小山さんが24歳ぐらいの頃ですか?
小山 そうです。そういえば、新人賞の授賞式で東京に行く前には、佐渡島さんが会いに来てくれましたよね。
佐渡島 ……え、そうでしたっけ。ほんとに?
小山 当時、僕が勤めていた会社のあった大阪に来てくださったのは覚えています。梅田の串カツ屋さんに行ったような……。
佐渡島 あぁ、そうですね。行った、行った。忘れてた(笑)。
小山 カウンターで1本ずつ丁寧に揚げてくれるような、すごい高級な感じのお店で。「編集者って、こういうところに行っているんやなぁ」と思いました(笑)。
佐渡島 でも、新人賞の授賞式前に地方まで会いに行ったなんて、今までで小山さんしかいないですよ。早く会いたいと思っていたんでしょうねぇ。
小山 当時も「こんなふうに会いに行くの、小山さんぐらいですよ?」みたいなことを言っていました。ほんまかな、と思ったけど(笑)。
受賞することが決まったあと、佐渡島さんがメールで好きな漫画家を訊いてきたので、井上雄彦さん、それから当時「アーリーモーニング」という「モーニング」の増刊に描いていたツジトモさん、などと、いろんな方の名前を記しました。すると「……井上さんとツジトモさんは僕が担当です」と返ってきたのでびっくりして。
最初の作品を描きながらずっと「漫画家になりたい」と思っていたので、「じゃあもうこれしかない、ここに自分の目指す道が続いている」と思っちゃったんですよね。すぐ、メールで「会社、辞めます」と伝えました。そのあと佐渡島さんからは、たしか、「いや、辞めないで、そんなに焦らなくていい」というような意味の返信をもらったと思うんですが。
佐渡島 でも、そのメールの次に小山さんから来た返信は「……いや、もう、社長に言っちゃいました」(笑)。「早っ!」という……。
小山さんが東京に来て、『ハルジャン』『ジジジイ-GGG-』の連載を経てから『宇宙兄弟』をはじめるに至るまでに相談していたのは……今も第1巻にそのまま載っている、はじめの4ページの展開。主人公のムッタ誕生にまつわるジダンの頭突きネタあたりは変わらないんですが、その4ページ以外は、もうえんえんと描き直していましたね。
当初は、兄弟が2人とも宇宙飛行士になるという要素さえなかった。ムッタの職業が学校の教師、というバージョンの初回もありましたよね。その時は、弟の日々人が宇宙に行くのを見守るだけという設定でした。
小山 主人公のムッタを通して「地球に残って何かをする兄」を描くつもりだったけれど、途中で、宇宙に行ったほうが楽しいかな、と。
佐渡島 現状の初回の中に原形が残っていないような案は他にもあって……たとえば「ムッタが壊れたエレベーターに乗ることになって『不運に縁があるから』と話す」というシーンなんて、10ページくらいあったのに最終的には削ってなしにはなったけど、今でも好きなぐらい。その場面では、すでにムッタがJAXAにいるところから描写がはじまっていましたね。小山さん、あの案、覚えています?
小山 いや、ぜんぜん覚えていない……。漫画家って、描き続けていると前のことは忘れてしまうんじゃないのかなぁ。
佐渡島 すごくおもしろかったシーンなんだけどなぁ。そんな風にして、第2話、第3話もえんえんと描き直し続けました。第3話までできたら、小山さんと僕は野口(聡ー・宇宙飛行士)さんにインタビュー取材をさせてもらうためだけに、フロリダのNASAまで行きましたよね。
JAXAを通してもらえた取材時間は30分間。短い時間しかないからなにを訊くかがすごく重要だったのに、野口さんは会うとずっと雑談だけしていて……。訊きたい内容どころか質問にも入れないまま時間が過ぎるけど、野口さんに対して失礼だから雑談をさえぎることもできない。
最終的には遠慮しながらも「いただいた時間もう終わっちゃうんです」と言ったら、取材をしていたのは昼の3時ぐらいだったんだけど、実は野口さんはその日は夜まですべて時間を空けてくれていて。NASAの関係者が通うレストランでの食事などにも連れていってくれたんですよね。
小山 その時に連れていってもらったステーキハウスは『宇宙兄弟』の中でも描きました。紫から「コーラ飲む?」と言われて渡された瓶にコーヒーが入ってて、ムッタがビックリしたシーンの舞台がそのレストランです。
佐渡島 野口さんとの話もそうですし、『宇宙兄弟』に関する取材が情報を入手するということ以上に大きかったのは「実在の人物にがっつり会うことで生まれた物語の広がり」です。はじめはJAXAにも監修協力してもらえていなかったので、人づてにボランティアで監修してくれる人を探して会っていたのですが、その人たちがたまたまドンピシャで宇宙にまつわるすごい人たちばかりでした。
たとえば、宇宙服を作る人や飛行士用の訓練を作る人、というように。今となっては本になったりネットに上がったりしている情報でも、当時は表に出ていなかった。しかも、小山さんや僕はそれらをすべて実際の関係者からじかに聞けた。そうして人に会って得た実感が、物語のリアリティを深めるうえではかなり大きかったんです。
いい回には20ページに60ページぶんの物語が詰まっている
佐渡島 連載が続く中で、描くハードルが高くなった点はありますか?
小山 続きものでありながら各回に訴えるものがある「読み切り感」も出したいと思ってきたけれど、それを続けることが厳しくなってきています。もちろん、漫画は「引き」で終わってもいいんです。各回のテーマがなくても、次の話はどうなるんだという気持ちだけでも、漫画は読み続けられますから。でも『宇宙兄弟』はそうしてはきませんでした。人を殴る瞬間で終わるみたいな。そもそも、パンチやキック自体が出てこないですけど(笑)。
佐渡島 そこが小山さんのすごさだと思う。『宇宙兄弟』の連載がはじまった10年前頃から、単行本の売れる漫画家の評価がとくに高くなる流れになった。だから、雑誌で連載しているという状況をなかば無視して描かれる漫画も多くなっていた。
雑誌で読む1話だけだとなにが描いてあるかわかりづらいと言うか、単行本で続けて読まなければわからないような作品もずいぶん増えていたんです。でも、昔の作家さんたちは雑誌の読者も毎回満足させながら、続きものとしての単行本のかたちでも読者を喜ばせてきた。
『宇宙兄弟』は両方をクリアしながら、しっかり単行本を売ろうというのを目的にしています。だから、登場人物ひとりずつの横顔に焦点をあてる1話完結型の物語も割とある。通常、こういう描き方は作品が広く認知されると「やめ」にもなりがちなんです。1回ずつ考え抜くのはたいへんだから。
でも、『宇宙兄弟』はこれだけファンがつき、単行本を待つかたちで読む人がほとんどという中でもそれをやっているところにすごさがあるんじゃないかなぁ。
小山 登場人物たちのことは、そうして深く掘り下げて描くような回も重ねながら、連載が進むにつれてどんどん好きになっていますね。すると、キャラも立ってくる。「キャラが立つ」というのが漫画ではいちばんいいかたちだと思いますから、それでいいと思っています。
佐渡島 描く道具……たとえばペンなんかも、細かく変えたりして、描く方法に改良を加え続けてきていますよね?
小山 はい。それによって、どのぐらい変わるのかはわからないけれど。ずっと細い線が出やすい丸ペンで描いてきたけど、これだと力をこめないと太い線が出づらいから、指先が疲れてきたのもあって最近Gペンに変えたんですね。
ネームのやり方も変えてみようと思っていたところでした。ネームには1週間ひたすらかかることが多くて、それができたら原稿という感じで2週間に1回のペースの連載が続きます。ずっとノートに描いてきたんですが、綴じてあるノートだとどうしても綺麗に保存しておきたくて、順番通りにセリフを描きたくなるんです。発想と進み順の間に差があって、頭の中がぐるぐるしてしまう。
でも、コピー用紙を何枚も用意すれば「思いついたものをどんどん描けるんじゃないか」と思いました。それを並べて見たあとに、ノートに流れを描いてみようかと考えているんです。
佐渡島 『宇宙兄弟』の特徴って、毎回の20ページぶんに対して、思いついているストーリーの量がすごく多いところがありますよね。
小山 削る作業が多いですね。だから、アイデアを多めに出してそれをランダムに並べられるネームの描き方もいいかもなぁ、という。
佐渡島 小山さんの場合、「うぉっ!」となるほどの傑作回は、60ページぶんぐらい描いたあとに、ぎゅっと凝縮させたりしますからね。
小山 コマ数が多いんです。1ページに2~3コマで、見やすくテンポ良く進む漫画も多い中で、僕の漫画は1ページに5~6コマも平気でありますから。核になるテーマを作って見せるには、どうしてもコマ数が要りまして。でも、コマが多いと絵を描くのもよりたいへんにはなるんですよ。
佐渡島 本当に毎回、細かく変わり続けている。ネームは毎回5日から1週間はかかるけれど、同じ工程の繰り返しでそうなるのではなく、新しいことに挑戦し、細かく工夫して漫画を良くする「密度を濃くした結果の1週間」ですよね。
だから、最近の『宇宙兄弟』で変わってきているなと思うのは描写。前なら1話ぶんかけて群像劇のように伝えてたキャラたちの魅力を、3ページぐらいで伝えられるようになった。今では、少ないページ数でいろんな人物を深く理解していけるから、ストーリーがぐんぐん進むんです。
今の展開で月面基地にいるキャラクターたちは人数も多く、宇宙飛行士になるための試験を受けていたときのキャラクターたちに比べて、1人ひとりにそれほどページ数を割いて深掘りできてはいません。
かといって、ページ数を多く割いたら今度はストーリーの進みが遅くなる。でも、人物を深く描写できていなければ、みんなでなにかをやり遂げる感動も浅くなる。短いシーンで人物の魅力を描けるからこそ、とくに最近の『宇宙兄弟』は、ストーリーもテンポ良く、かつ人物への愛着も深まるようになっているんじゃないのかなぁ。
(つづく)