コミックDAYS編集部から、漫画内で事件・犯罪を起こしたキャラを弁護してみてくださいと、無茶ぶりをされた弁護士の角田龍平です。フィクション世界の人間を現実世界の法律で守ったり、罰することなどできるのか、検証していこうと思います。今回はイブニングで連載中の『よんでますよ、アザゼルさん。』を取り上げます。
ブラックバイトが社会問題になっています。
バイトに過度の労働と責任を強いるブラックバイト。
低賃金でこき使われ、学業に支障をきたす学生も少なくありません。
そんな〝ブラックバイトの中のブラックバイト〟、KOB(キング・オブ・ブラックバイト)が『よんでますよ、アザゼルさん。』に登場する芥辺探偵事務所です。
芥辺探偵事務所で事務のアルバイトをすることになった早瀬田大学2年のさくまさん。
バイトを始めて2ヵ月後に、芥辺から衝撃の事実を知らされます。
(『よんでますよ、アザゼルさん。』1巻 6p~7p 参照)
芥辺探偵事務所は、表向きはただの探偵事務所。
ところが、その正体は悪魔を召喚、使役し、どんな難事件も解決へ導く悪魔探偵だったのです!!
そのうえ、悪魔使いとして悪魔と契約させられるさくまさん。
(『よんでますよ、アザゼルさん。』1巻 23p~25p 参照)
もちろん、当事者の意思に基づかない悪魔使いの契約は無効です。
早瀬田大学の法学部に籍を置くさくまさん。
民法の契約法の講義を履修していなかったのでしょうか。
せっかく法学部の植村教授がゼミに顔を出さないさくまさんを心配してくれたというのに、ブラックバイトの相談をしないばかりか、逆に探偵の仕事を依頼されてしまいます。
(『よんでますよ、アザゼルさん。』1巻 29p~31p 参照)
憲法が専門で人権問題に詳しい植村教授はテレビにも出演する有名教授。
動物愛護の精神から菜食を貫くベジタリアンでもあります。
だが、その裏の顔は・・・。
(『よんでますよ、アザゼルさん。』1巻 43p~46p 参照)
人権ならぬ犬権を侵害するDV(ドッグバイオレンス)男だったわけです。
犬をシュミット式バックブリーカーで叩きつける行為は動物愛護法44条に違反し、2年以下の懲役又は200万円以下の罰金に処せられます。
動物愛護を声高に主張する憲法学者が裏では動物を虐待する体たらく。
数年前、司法試験の出題と採点をする司法試験委員の教授が肉体関係のある女子学生に試験問題を漏えいした事件がありました。
名前をもじって学生から「ブルー卿」と呼ばれていたその教授も憲法学者でした。
ブルー卿の書いた憲法の教科書には、憲法の権力分立原理の重要性が説かれていました。
「権力をもつ者は権力を濫用しがちである(中略)
(青柳幸一著『わかりやすい憲法(人権)』立花書房刊)
なんてことを書いていたブルー卿が司法試験委員という権力を濫用して問題を漏えいするのですから、権力をもつ者への猜疑はホンットに重要です。
植村教授やブルー卿が垣間見せた人の汚い一面や本性を暴くことができる能力〝暴露〟の力を持つ悪魔がベルゼブブ931世ベルゼブブ優一(以下「ベルゼブブ」といいます)。
(『よんでますよ、アザゼルさん。』1巻 47p 参照)
ある日、さくまさんは〝哀☆カレー博〟のイメージキャラクター・ナマステちゃん(仮)を大手広告代理店・悪放堂にパクられた弱小代理店マサシーエージェンシーからスパイ探しの依頼を受けます。
(『よんでますよ、アザゼルさん。』2巻 121p~123p 参照)
漫画の中では著作権云々は出てきませんが、著作権侵害が成立するためには悪放堂がナマステちゃん(仮)を見てイメージキャラクターを創作したこと(依拠性)を立証しないといけないので、スパイ探しは必須です。
そこで、さくまさんからスパイ探しの命を受け登場したのがベルゼブブ。
(『よんでますよ、アザゼルさん。』2巻 124p~126 参照)
恐るべき〝暴露〟の能力であります。
考えてみると、〝暴露〟の能力を持ち、芸能人や政治家の本性を暴く週刊文春もある種の悪魔なのでしょうね。
ベルゼブブは〝暴露〟の能力ばかりか、強制的に生物の脱糞を促すことができる能力も持っています。
(『よんでますよ、アザゼルさん。』1巻 36p~37p 参照)
私も通勤に利用している京阪電車の車内(とくに枚方市駅から京橋駅間)で便意を催すことが頻繁にあります。
おそらく、枚方市と京橋の間には強制排便の能力を持つ悪魔が棲んでいるのでしょう。
ところで、ベルゼブブのこの能力、実は趣味と実益を兼ねたものです。
(『よんでますよ、アザゼルさん。』1巻 39p~40p 参照)
ベルゼブブのウンコをレンジでチンする行為。
「高尚な趣味」で済ませられない犯罪なのです。
罪名は、スカトロ防止法違反・・・ではなく、器物損壊罪に当たります。
もしもスカトロ防止法なんて法律ができたら、国民の思想良心の自由を侵害して憲法違反ですから。
もっとも、スカトロの自由が保障されるとしても、他人の権利を侵害する場合は違法になります。
他人のレンジでウンコをチンしたら、さくまさんの言うとおり「レンジが使えなくなっちゃう」ので器物損壊罪が成立して、3年以下の懲役又は30万円以下の罰金若しくは過料に処せられます。
器物損壊罪が成立するためには、何も物を物理的に壊す必要はありません。
物の本来の効用を失わせたら、器物損壊罪が成立するのです。
大正時代の判例で、すき焼き鍋に小便をして器物損壊罪が成立した判例があります。
以前、二世野球選手の自宅の塀に「バカ息子」と落書きした疑いをかけられた女優が「私の何がイケないの?」と開き直った事件がありました。
この場合も落書きをしたのが事実であれば、塀を物理的に壊していなくても器物損壊罪が成立します。
さくまさんはレンジでウンコをチンされた件では犯罪被害者です。
一方で、さくまさんはブラックバイトで働いているうちに自らも犯罪に手を染めてしまいます。
悪魔の取扱い説明書「グリモア」をホストのセーヤに盗まれたさくまさんは、グリモアを取り返すべく乗り込んだホストクラブで、ベルゼブブを使って客の女性らを強制排便させるのです。
(『よんでますよ、アザゼルさん。』1巻 168p~169p 参照)
傷害罪の傷害とは、他人の身体の生理的機能を毀損することをいいます。
強制排便が他人の身体の生理的機能を毀損していることは間違いありません。
ベルゼブブを使って強制排便させる行為は傷害罪の共謀共同正犯※となり、15年以下の懲役又は50万円以下の罰金に処せられます。
※二人以上共同して犯罪を実行した者を共同正犯といい、犯罪の実行行為を行わず共謀行為にのみ加担した者を共謀共同正犯という。
職務熱心のあまり通ったホストクラブで作った借金を芥辺に肩代わりしてもらったため、ますますブラックバイトから足を洗えなくなるさくまさん。
(『よんでますよ、アザゼルさん。』2巻 11p~12p 参照)
労働基準法17条には「使用者は、前借金その他労働をすること条件とする前貸の債権と賃金を相殺してはならない。」と定められています。
「前借金その他労働をすること条件とする前貸の債権」とは、文字どおり解釈すると、後の賃金で弁済することを条件として労働者が使用者から受ける借金ということになります。
しかし、それでは将来の給料・ボーナスで分割弁済していくことを約束して住宅資金を借り入れることも禁止されてしまうので、強制労働の手段となるようなものを指すと通説は解釈しています。
芥辺が肩代わりしたホストクラブの借金は、さくまさんの強制労働の手段となっているので、労働基準法17条に違反しますし、強制労働を禁止する同法5条にも違反します。
なお、強制労働の禁止の違反に対しては、労働基準法で最も重い刑罰である1年以上10年以下の懲役又は20万円以上300万円以下の罰金が科せられます。
このような劣悪な労働環境にもかかわらず、労働基準監督署に駆けこまなかったさくまさんは、労働法も履修していなかったのでしょうか。
いいや、仮に労働基準法を知っていたとしても、ベルゼブブと強制排便を共謀し、犯罪に加担してしまったさくまさんに、もはや逃げ道は残されていなかったのでしょう。
それゆえ、〝淫奔〟を職能とする下級悪魔アザゼルの執拗なセクハラにあっても、さくまさんは健気に働き続けます。
(『よんでますよ、アザゼルさん。』1巻 9p、26p、28p 参照)
弁護士として許してはならないブラックバイト。
そんなブラックバイトを舞台にした女子大生の成長譚を笑って楽しむ本性を、私はベルゼブブに暴かれたくないものです。
この記事を書いた人
角田龍平
大阪弁護士会所属。
角田龍平の法律事務所所長。
民事、刑事を問わず数多くの事件を担当。弁護士業務の他、ニッポン放送「角田龍平のオールナイトニッポンポッドキャスト」、KBS京都ラジオ「角田龍平の蛤御門のヘン」のパーソナリティを務める