閖上 に向かうバスで誓った思い
ベガルタ仙台の選手たちはバスに揺られて宮城県名取市の今シーズンの仙台は例年以上に補強が活発で多くの選手が入れ替わった。そのためチームを束ねる
今シーズン、柏レイソルより加入したDF
「チームバスの中で六反と話をしていて、自分たちが今、このチームに来た意味というものを考えていたんです。その中で、僕らは、このチームを変えるためにここ(仙台)に来たんだと思うという話になった。さらに言えば、自分たち自身は日本代表を目指してプレーしなければならないけれど、そのためにはまず、このチームで上位を目指さなければならないよねって会話になった。もっとベガルタを上位に食い込めるような常勝軍団にしていかなければならないなって、素直に思ったんですよね」
閖上に着くと選手たちはバスを降り、慰霊碑に献花すると黙祷した。同じ東北の山形県で生まれ育ち、これまでも復興支援活動に参加してきた渡部には、より感じるところがあったのだろう。帰路に着くバスの中では、六反とともに早くも具体的な話を進めていった。
「チームとして何かをやるのではなく、僕ら個人として、被災地のために何か力になることができればという意見で六反とは一致したんです。
『未来シート』とは渡部をはじめ、六反と菅井の3人で設立し、仙台市内の子どもたちをホームゲームに招待するというものだ。「本当に小さいことからですけど、少しずつ何かやっていこうと思っています」と、渡部はその思いを話してくれた。
声を出した選手を褒める
被災地を訪れ、改めて自身が仙台でプレーすることになった“運命”を考えた渡部。彼が変わったのは、地域に対する取り組みだけではない。彼自身のプレーにも変化は起こっている。「ベガルタに加入することが決まってから、コンスタントに出場し続けるには、何をしなければいけないかをずっと考えてきた。その時思ったのが、声でリーダーシップを取ることだったんですよね。『味方を助けるコーチング』ができれば、DFとして存在感も出せますし、チームのためにもなると思ったんです。それにリーダーシップを取れる選手って何人いてもいいと思うんです。いればいるだけ、それはチームにとっていいことだなって」
仙台の試合を見れば、最終ラインを統率する渡部が声を張り上げて指示を送り、チームを鼓舞する姿を目撃することができる。今シーズン加入したばかりの選手とは思えないほどの存在感を示している。
「前線の選手は、やっぱり攻撃するのが好きなので、守備する時にどうしても『守備するのかぁ』という感覚になる。その時、後ろから声を掛けてあげると、守備もやる気になってくれるんです。疲れてきた時もそう。疲労感が出てくると顔が下がってしまう。その時には『ここは一回、相手の攻撃を跳ね返して前から行こう』と声を掛けるんです。声を出したり、手を叩いたり、単純なことなんですけど、続けていると、みんなの顔も上がってくる」
声を掛けるたびに、試合をするたびにチームメイトが変わっていくのを実感する。
「後ろから前の選手に『Go!』って声を掛けてあげれば、その選手は後ろを振り向かなくても自信を持ってプレスに行くことができるんですよ。相手にはがされたら、『Back!』って言ってあげればいいんですから(笑)」
そのコーチングは単なる指示に
「これは練習試合だったんですけど、前半はすごくチームが静かで、後半から僕が出た時にはチームメイトを褒めまくったんです。そうしたら自分で言うのも何ですけど、攻守の循環がすごくよくなって、4点も奪えたんですよね。そういうときに声って必要なんだなって感じる。声には流れを変える力があるなって」
移籍してきて、初めて練習に参加した時には「声を出す選手がすごく少ないなって感じた」というが、率先して声を出していくことで、今ではチーム全体が呼応するようになってきた。
「めちゃくちゃ変わってきましたよ」と、渡部は即答する。
「だから、今はいい声掛けをした選手を褒めるようにしているんです。『今のいいコーチングだったぞ』って。そういうところに気づいて言ってあげると、また、その選手は声を出すようになるんです(笑)」
守備のテンションを上げる
そういって爽やかな笑顔をこちらに向ける渡部が、このインタビュー中に何度も繰り返した言葉がある。それは「守備のテンションを上げる」というフレーズだ。彼自身は柏に在籍していた時の指揮官だったネルシーニョ監督から教わったと言う。
「前半の内容が悪いと、ネルシーニョ監督はハーフタイムに活を入れるというか、叱咤激励して選手を送り出すんです。そうすると、後半の動きがよくなるというのが何度もあった。その時、感じたのは、監督やスタッフだけがチームを盛り上げるのではなく、試合の中で、自分も含めてですけど、後ろの人が後ろからチームのテンションを上げさせることで、チーム全体が熱を発することができるということだったんですよね」
仙台に来て最初に渡部が感じたのは、「走れる選手が多い」ということだった。そのチームメイトたちを活かすには「後ろから盛り上げていく必要がある」と実感した。だから、渡部は強気のラインコントロールを意識する。
「ケガしていた時期にスタジアムの上から試合を見ていて感じたのが、一つはいい守備ができていないということだった。自分が試合に出たらどうするかを考えていたんですけど、DFを高い位置まで押し上げて、前でボールを奪えれば、前線の選手もすぐにゴールに向かえるというのを確信した。ベガルタのサッカーは、一回、ブロックを作ってカウンターというイメージもあるかもしれませんが、その印象を払拭するくらい、高い位置でボールを奪える守備をしていきたいなって思ったんですよね。そのためにもやっぱり守備のテンションを上げる必要があるんです」
2ndステージ第5節のFC東京戦で負ったケガが癒え、復帰した第9節のアルビレックス新潟戦。 1人退場者を出す苦しい展開の中、渡部はそれでもなお強気の選択をした。
「10人になって石くん(
そう言った後に「でも結果につながっていないので、あんまり偉そうには言えないですけどね」と、その新潟戦に0−1で敗れたことを嘆いた。だが、「監督に下げろと言われても、ラインは下げないです(笑)」と話すところに、渡邉監督との信頼関係や自信を窺い知ることができる。
「すごく気さくな人で、こんな監督に出会ったのは初めてというくらい何でも相談できるし、提案もできる。その上で、ナベさん(渡邉監督)の考えも聞いて、いい発見があったり、いい影響を受けたりというのがある」
キャプテンマークを巻かずとも増す責任
試合に出ることで選手は成長するというが、まさに渡部はそれを強く実感している。「今年初めて入ったチームでもありますし、最初はわからないことも多かったんですけど、レイソルの時はコンスタントに試合に出られない時期もありましたし、途中交代も多かった。そういう時も、自分に何ができるかを考えなければいけなかったんでしょうけど、どうしても自分、自分になってしまっていた。それが今年、仙台に来て、コンスタントに試合に出させてもらえるようになったことで、チームの課題って何だろうとか、どうすればもっとチームが良くなるのかということを考えるようになって、新たに気がついた部分というものは大きいですね。強気のラインコントロールにしても、1stステージで5連敗した中で、考えに考えて、気づいたことでもあるんです。本当に今もですけど、新しい発見がありますよね」
キャプテンマークを巻いている選手だけがキャプテンシーを発揮すればいいわけではない。腕章を巻かずともチームを導くことはできる。
「ケガで欠場した時期もありましたけど、今年は本当に全試合に出場したいという思いでやっている。柏ではタニくん(
2ndステージ第10節を終えて、仙台は暫定14位、年間順位でも12位と苦戦している。苦しい状況に立たされているからこそ、下を向くわけにはいかない。何より“声”の力は、ユアテックスタジアム仙台でプレーする彼らが、誰よりも知っているはずだ。
サポーターの大歓声という後押しを受け、渡部は最終ラインからチームを鼓舞し続ける。
「守備のテンションを上げる」、その檄は、チーム全体をも前進させるはずだ。そして、その声には、彼がここ仙台でプレーする理由とも言うべき、魂がこもっている。(了)
取材・文=原田大輔(SCエディトリアル)
写真=佐野美樹
渡部博文(わたなべ・ひろふみ)
1987年7月7日生まれ、山形県出身。ベガルタ仙台所属。DF。186cm/80kg。県立山形中央高校、専修大学を経て、2010年に柏レイソルへ加入。第92回の天皇杯決勝では長身を活かしたヘディングで、その試合唯一の得点を決めてチームにタイトルをもたらした。今シーズンより柏レイソルからベガルタ仙台に移籍。シーズン開幕からDFリーダーとして統率力を発揮し、守備の要として後方からチームを支えている。