現在、「モーニング」で『サガラ~Sの同素体~』を絶賛連載中のかわぐちかいじ先生と、「モーニング・ツー」で『聖☆おにいさん』を連載中の中村光先生。
一見、交わることがなさそうな両先生だが、実は中村光先生は『ジパング』の“聖地巡り”をするほどの大ファン。それならばということで対談を企画! かわぐち作品に込められた熱い想いや、『聖☆おにいさん』誕生にまつわる秘話など、とっておきの話が飛び出した内容は必見!!
モーニング2020年38号に掲載されたものに、誌面の都合でカットとなったエピソードを追加! 豪華対談の【完全版】が公開です!!
- …かわぐちかいじ 「モーニング」にて『サガラ~Sの同素体~』連載中(原作:真刈信二)
- >『サガラ~Sの同素体~』第1話はコチラから!
- …中村光 「モーニング・ツー」にて『聖☆おにいさん』連載中
- >>『聖☆おにいさん』第1話はコチラから!
──新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の渦中ということもあり、今回の対談はオンラインで実施することになりました。大変な世の中になってしまいました。
かわぐち そうですね。ただ、生活的にほとんど変わりはありません。いちばん大きな変化は編集者との打ち合わせがオンラインになったことですかね。iPadを買わされてやりとりをしています。まだ使いこなせていないので、関係ないところをタッチしちゃって慌てることがありますね、僕らの世代は同じ体験してる方が多いんじゃないですかね(笑)。
中村 編集者さんと会えなくなったというのは同じです。
かわぐち 作業的には困っていませんか?
中村 うちはもともとスタッフとのやり取りもオンラインだったので影響はなかったです。ただ、使用する機材が手に入らないという問題があってスタッフが対応に苦慮していました。
かわぐち こちらはみんな同じ部屋で作業をしていましたので、どうやって作業をするかの相談をしましたね。
中村 どうされているんですか?
かわぐち うちのスタッフはみんな近所に住んでいて、電車を使わず自転車で来られるので、密を避ける作業環境を作って今までどおりやろうということになりました。おかげさまでここまで何もなくやれています。
──仕事以外ではどうでしょうか? ご自宅で映画などを観られる回数が増えたとか?
かわぐち もともと映画は観る方だからどうだろう? ネームに詰まると映画を観たり、好きなマンガを読んだりします。刺激を受けたいと思うんですかね。
中村 わかります。私もNetflixを観たり、ゲームをしたりしますね。
かわぐち ああ、海外ドラマも観ます。『ゲーム・オブ・スローンズ』とか、知り合いが私好みの作品があると紹介してくれるのでけっこう早い時期に観ていましたよ。中村さんの睡眠時間は今、どれくらいですか?
中村 7時間くらいです。それで眠くなったらお昼寝します。
かわぐち 私もよく寝ます。さすがにスタッフがいるときは寝ないけど、ひとりのときはすぐに寝ます。なんでこんなに寝るのかなと思ったんだけど、頭をリセットしたいからなんですね。普段からずっとネームを考えているじゃないですか? そうすると自分の頭のなかでしかものを考えなくなるから、脳がリセットしたいんでしょうね。寝ることによってネームを客観的に見る読者の視線ができるんです。
中村 なるほど。
かわぐち パッと目が覚めた瞬間、寝る前に作っていたネームを読者の目線になって読めることがあるんです。ここはこうすればいいんだと、読者目線に立った修正ができるのが楽しい。だから、しょっちゅう寝る。まあ、そういう言い訳にしてるんですけど(笑)。
中村 読者目線で読めるっていうのは凄いことです。それができたら凄い。
『ジパング』の聖地巡りをしていた
──もともとおふたりは面識があったのですか?
かわぐち 一度、仕事場にいらっしゃいましたよね? あれは忘年会?
中村 お餅つきだったと思います。その節は大変お世話になりました。
かわぐち 何を話したか覚えてないけど、机の横で立ち話をしたような。
中村 はい。『ジパング』をすごく好きだとお伝えしたかったのですが、緊張して何も話せなくて......「これからもがんばってください」とだけ言えた気がします。今もドキドキしています。
──オンラインですのでそこまで緊張されなくてもよいのでは?
中村 オンラインでも緊張しますよ(笑)。
──この対談は、中村先生が『ジパング』の大ファンだということを知り企画しました。作品との出会いは?
中村 16歳のときに、兄から『沈黙の艦隊』を描いていた作家さんの新作が出てるよ、と教えてもらって買ったのが最初の出会いです。兄と私は10歳近く歳が離れているのですが、私にとって兄は“絶対に面白いマンガを教えてくれる人”なので、迷うことなくそのときに出ていた5巻まで一気に買いまいた。そこからはもう、面白すぎてその勢いで「モーニング」の連載ページの切り抜きをするくらい好きになりました。
──中村先生が16歳というと、デビュー直後くらいですか?
かわぐち え? そんなにデビュー早かったんですか?
中村 そうです。16歳でデビューしたのでちょうど『ジパング』と出会った年と一緒です。
かわぐち それは早い。16歳というと高校生ですか。
中村 私、高校には行かなかったので、その当時もマンガを描いていました。とはいえ時間がいっぱいあったので、横須賀や広島に行ったりしました。
──それはもしかして『ジパング』の“聖地巡り”ですか?
中村 そういうことですね(笑)。自衛隊のイベントで『ジパング』ファンの女性と知り合いまして、その方から情報を聞いて、観艦式で乗艦したりしました。
かわぐち そういう行動をするというのは、『ジパング』を好きになる前に下地というか土壌があったのではないですか?
中村 昔から軍隊の持ち物ってカッコいいなと思っていたり、『エヴァンゲリオン』に出てくる武器のデザインに興味があったりはしました。ただ、ファンタジーのものなので現実感がないなとも思っていたんです。そんなときに『ジパング』と出会って、これこそ本物のヒーローだと。
かわぐち ほう。
中村 『ジパング』は、自衛隊の葛藤とか、力を蓄えてても先に攻撃できなくて、結局は撃たれてしまうんだという部分が描かれていて、これは私たちにとっての身近なヒーローの物語なんだと思えました。しかも、自衛隊は実際に見に行けるわけです! ヒーローたちに会えるわけですから、そりゃあ行きますよね(笑)。
▲中村氏も実際に乗船したというイージス艦は、作中の主な舞台となる
伝説の作家を待ち伏せ!?
──『ジパング』にゆかりのある横須賀や広島まで行かれていたというのが本気度を感じます。
中村 好きすぎて本当に自衛隊に入ろうと思った時期もありました。
かわぐち 自衛隊に?
中村 結局、マンガ家になりたかったので断念したんですけど、入隊希望の人を勧誘するイベントに参加させて貰ったり、イベントでヘリに乗せて貰ったりしました。広島県の江田島にある旧海軍兵学校(現在の海上自衛隊 第1術科学校)にも見学に行きました。当時の生徒が書いた手紙とか制服とかが展示してあってスケッチしました。好きなキャラクターの気持ちをわかりたいのがファン心理なので、やはり現地に行って、当時のことを知ることで草加拓海が生きていた時代のことを理解したいと思ったんです。
かわぐち そういえば『沈黙の艦隊』を連載していた頃、ニューヨークにある国連本部前の橋の上で写真を撮って送ってくれた人が何人かいましたね。そこまで行って作品をイメージしてくれたんだなと思いました。
中村 それも『沈黙の艦隊』の聖地巡りですね。
かわぐち その気持ちはわかりますよ。マンガの中の空気感は、そのマンガ独特の特別感があります。大学時代、私も永島慎二さん(『フーテン』、『漫画家残酷物語』)のファンだったので、当時、永島さんが通っていると噂の阿佐ヶ谷の『サンキュウ』ってビリヤード屋さんを見張っていましたから(笑)。
中村 見張って……(笑)。
かわぐち そうしたらある日、いきなり永島さんが入ってきて固まった覚えがあります。
中村 お会いになれたんですね。
かわぐち びっくりして、偶然、遊びに来た学生のふりをしました……本当は待ち構えて毎日通っていたんだけど……しかも永島さんにはマンガを描いているのも言わないで、ビリヤードだけして何も言わずに別れました。そのときの気持ちは今でも鮮明に覚えています。人生の宝物を貰った気持ちとでもいうようなね。
──かわぐちかいじ先生と永島慎二先生が70年代初頭に出会われていたんですね。
かわぐち 『沈黙の艦隊』を終えたあとくらいに永島慎二さんとご一緒する機会があったので、「『サンキュウ』で学生とビリヤードをしたのを覚えていますか?」って聞いたら残念ながら覚えてらっしゃらなかった(笑)。あのときの学生は私なんです!って告白しようと思ったんだけどね。私にとって永島作品に出てくる阿佐ヶ谷や高円寺は、マンガのなかにある街。独特の空気感があります。だから、そこに行ってマンガのなかに流れている空気を吸いたいって気持ちはよくわかります。
ブッダの原点は草加拓海!?
──中村先生が『ジパング』で特に好きなキャラクターは誰になるのですか?
中村 それはもう草加拓海です! 彼がいちばん好きです。私、やっぱりオタクなので、好きなキャラクターは絵に描きたくなっちゃうんです。作品のなかでは大変なところにいるけど、平和なところにいて欲しいって気持ちを込めて草加を自分で描いていました。
かわぐち ほう。
中村 草加拓海は、目的を遂げるために冷酷なことをしたりするんですけど、基本的にニコニコしていて、幸せな顔をしているところが好きなんです。
──描きたくなってしまうほどのキャラクターだということですね。
中村 当時、たくさん描いていたので、『聖☆おにいさん』のブッダの顔というか、フェイスラインの感じとか、ふわっとしたところは草加拓海の影響があります。
──そう言われればブッダと草加拓海はちょっと似ているような......。
中村 かわぐち先生の描くキャラクターは、鼻の上に線が入るんですよね。1巻の頃のブッダを見るとその線が入ってます。あの線を入れると鼻のかたちがよくわかるんです。
▲初期のブッダには鼻に線がある
かわぐち ハハハ。草加の顔を決めるときは私もかなり悩みました。『沈黙の艦隊』に海江田四郎というキャラクターがいるのですが、彼は当初、おっさんぽかったんですよ。だけど、もうちょっと若くしようと思って試行錯誤したんですが、若くするだけじゃ面白くない。そこでまるっこい顔に挑戦してみたんです。それまで私は好んでまるっこい顔を描いた覚えはなかったですからね。
中村 そうなんですね。
かわぐち 深町や角松のような骨ばった顔は得意なんだけど、まるい顔って子どもの顔に近い。子どもの顔って描きづらいでしょう? でも、試行錯誤しながら描いていたらあの海江田の顔ができたんです。当時、「仏像のイメージありますね」なんて言われましたよ。
──『聖☆おにいさん』のブッダのルーツが『ジパング』の草加だというだけでも驚きですが、まさか海江田のルーツにも仏像があるかもしれないとは衝撃です。
かわぐち そうですね(笑)。ブッダというのはキーワードかもしれません。仏像によく表現される微笑、アルカイックスマイルは、何を考えているかわからないけど包容力がありそうに思える。草加も海江田もそのイメージを含んでいるかもしれません。
──草加は女性人気も高かったと聞きましたが、かわぐち先生は女性読者の存在を意識されていましたか?
かわぐち 描いているときは意識しませんね。だけど、私の中にも”自分という読者”がいますので、その読者を納得させて楽しむっていうのはずっと考えていることです。
中村 かわぐち先生の作品の中でたまに下から煽って描かれるシーンがあるんですけど、女性視点というか、もし自分が横に立ったらこういう風に見えるのかなと思ったことがあります。
かわぐち そう? 女性読者のことを考えて描いたことはあまりないのですが、自分が女性目線になっているときはあるかもしれません。なるほど、見上げる感じの場面か、ちょっと読み直してみます。面白い視点です。
“目”がキャラクターを決定づけた
──かわぐち先生は草加拓海のキャラクターを作るとき、かなり苦労されたと聞きました。
かわぐち 草加拓海の顔を丸くしようとは決めたんだけど、草加と海江田は違う感じにしたかったのでその違いをどうやって出すかで悩みました。決め手にしたのが“目”です。草加の目を黒目じゃなくて、ちょっと薄い茶色というか……鳶色というか。海江田の目は黒いんですけど、草加は水晶のように透き通った目にしようと決めたことでこれならイケると思いました。
中村 すごい。
かわぐち 黒目だと人間の感情を出しやすいんですけど、草加のような目をしていると感情を出しづらいんですよ。
中村 草加の目って赤ちゃんのように純粋ですよね。
かわぐち 途中で黒目にしようかと思ったときもありましたが、草加は原爆を製造して、その原爆を持って日本の未来に関わろうとする男です。そういうことを考える人の目つきというのは普通の人間の目つきじゃないと思うんです。感情の入った黒目じゃなくて、どこか遠くを見ている目。捉えづらい目をしているほうが、大きな運命に耐えられる人間だと結論づけました。今はあの目で良かったと思っています。
中村 草加が置かれている状況というのは、重い状態の孤独だと思います。そこにひとりで耐えられる人はああいう目をしているんだなと思って読んでいました。
かわぐち そう、私が言いたかったことはそれです。
▲輪郭は似ているが、目に違いがある
楽しんで描くために取材をする
──草加のミステリアスな部分は魅力的です。
中村 草加がたまに悪人がするような仕草をすることがあって、すごく深みを感じるんです。わかりやすいところだと傷口を踏んだり(笑)。あのお顔からは想像もつかないことをやってしまう。踏みつける前後の顔もやらなそうなのに、やってしまうんですよね!
かわぐち ああ。
中村 あと、草加拓海はどこか日本人とちょっと違う雰囲気を持っているのでどんな衣装もお似合いになるところも素敵です。
かわぐち ほう。ふふふ。
中村 満州の帽子を被っているのに下は民族衣装のような格好をされていたり。それを見て、こちらはその服のことをまた調べたり。
かわぐち 私自身、明治、大正、昭和のファッションが好きなんですよ。だから草加にいろいろ着せたいという気持ちはありました。なので、草加がいろいろなところに行くのはちょうど良いなと思っていたんです。角松も丘に上がったときは目立たないように当時の日本人の格好をするようにしたりして。いろいろなファッションを描くのは楽しかったです。
──おふたりとも事前取材はかなりされるほうだと伺いましたが?
かわぐち 実際どういう感じなのか知って描いているのと、知らないで描くのは全然、違います。モノを描くときにそのカタチがどういう理屈でできているかをわからないまま描くのは不安でツラいんです。そのまま描くしか手がないわけですから。ですが、わかって描くと、そのカタチのいいところを伝えたい“演出”がこちらでできる。なので、大事な舞台になっているところは実際に行って理解しておきたい。マンガ家ですから、妄想を働かせながら描くことはできますけどね。楽しんで描くにはやはり実際に理解するほうがいいです。
──かわぐち作品における潜水艦やイージス艦、そして世界各地の情景のリアルさは楽しんで描かれているからこそなんですね。
かわぐち 私は小さい頃から船にいっぱい乗ってきたので、船を描くときは船に乗っている実感を伝えたいんです。
中村 私はインドにはまだ行けてないですけど、バチカンには行きました。かなり緊張して行ったんですけど、教会や絵を見学しているうちに、キリストにすごく愛着を持ってそれらを作っているのだなと感じました。幸せそうな顔に描いたり、教会を綺麗にして、声が通るようなデザインにしたりとか。いろいろな工夫を施されているところが信仰している人たちの愛情なのかなと実際に行ってみて思えました。
史実をどう描くか
──『聖☆おにいさん』も『ジパング』も現在に伝えられている出来事を土台にしていますが、昇華する際に意識されれいることは?
中村 そもそも大昔のことなのでいろいろな説があるんです。イエスもブッダも弟子がたくさんいるので、それぞれの弟子が書いた文章が残されているわけですけど、それは弟子の主観なんですよね。彼らから見たキリスト像がひとりひとり違うんです。なので、その文章を畫いた彼が“キリストをどう見たいか?”を想像します。
かわぐち 歴史を素材にしていると、どこまで歴史的事実に関わっていくのか? 自分なりにこうあって欲しい気持ちであえて変えることもありますが、悩むポイントです。以前、レオナルド・ダ・ヴィンチを描いた『COCORO〈心〉』の執筆時にイタリアに行ったのですが、ダ・ヴィンチは『最後の晩餐』を描くとき、他の弟子は描けたのに、キリストの顔は最後まで描けなくて相当、悩んだという話を聞きました。キリストの顔が「わからない」から描けなかったらしいのですが、最後には誰が見ても納得する顔を描いたんです。
中村 はい。
かわぐち 中村さんにお聞きしたいんだけど、ブッダとキリストは私たちの時代の人ではないですよね? 自分も『ジパング』を描くときに太平洋戦争のことを調べましたが、やっぱり今とは違う時代なわけです。理解はできるんだけど、やっぱり自分たちとは違う感覚です。そこでブッダやキリストを描くときに理解できない部分をどうされていますか? ブッダやキリストに寄って描くのか? それとも理解出来ない性格なりをこちらのほうに引き寄せて現代的な解釈で読者に提供するのか? そこは悩みませんか?
中村 悩みます。特にギャグの場合だと少しだけ共感がないと笑いが起きないと思っているので、性質に寄せたりしますね。本当に理解できないこと……例えばすごく苦しいことを進んでやる、何日もものを食べないで悟りを開くみたいみたいな常人には理解できないような行為は、“わからない”ってことにするしかないと思っています。理解しようとすると、自分のなかにある俗っぽい気持ちを勝手に当て込みすぎてしまうのではないかと思っちゃうんです。ブッダとキリストは聖人なので……。
かわぐち わかります。
中村 そうするともう、そこは人ではないので、“わからない”でいいと思っています。
かわぐち そのさじ加減が微妙なキャラクターの魅力になっているんじゃないですかね。
中村 そうなんですかね。かわぐち先生が描くキャラクターも神様に近い、何を考えているか常人にはわからないところがあると思うんですけど、そういうキャラクターがちょっとふざけたりとか、かわいいことをすると、近くに感じられます。世界を変えたいと思っているキャラクターが、わざと人間らしくふるまったことによって人間との違いを感じるというのをすごく感じます。
かわぐち ほう。
描きやすい“ふたり”
──かわぐち先生の作品も中村先生の作品もふたりのキャラクターを軸に物語を展開していく作品が多い気がします。
かわぐち 言われればそうなんですよね。描きやすいんですかね、ふたりのほうが。どっちが上とか下じゃなく、ライバルという関係性が自分としては魅力ある関係なんです。その理由としては自分が双子だったことが大きいと思います。同じふたりを主人公にしても、主従や師弟の関係性だと自分のなかでわかりづらい。ライバル関係っていうのは双子である自分にとって理解しやすかったんだと思います。いちばん共感して描けるといいますか。
──ふたりの主人公、どちらも魅力的なのはそういう理由なんですね。
かわぐち 私は格闘するマンガが好きでずっと描きたいと思っていたんです。だけど、肉体的な部分だけでは格闘は描けないと思いましてね、やっぱり精神的なバトルといいますか、その人が抱えているテーマと、相手の主義主張がぶつかることで、肉体がついてくる。そこの部分を描くのが面白い。相反するテーマを持っている同士が同格でぶつかるのが一番描きやすい。
──『沈黙の艦隊』も『ジパング』も『サガラ』もそうですね。
かわぐち 自分を信じている者同士がぶつかるときどうなるのか? そこが描く上でいちばん緊張します。だから海江田と深町、草加と角松、『サガラ』もそうなると思いますけど、そこを描くのがいちばん楽しいんです。
──『聖☆おにいさん』もふたりの主人公ですけど、また違うテイストの趣を感じます。
中村 ブッダとイエスは、私から見た兄と姉の感じです。兄姉と私は10歳以上離れているので、ふたりを見ている感じが出ていると思います。
かわぐち お兄さんとお姉さんの関係性が好きだった?
中村 はい。兄がいちばん上なんですけど楽しいと思ったらすぐにゲームを買ったり、片付けをしなかったりするタイプで、姉はそんな兄のためにご飯を作ってあげたり、部屋を片付けたりしてくれるんですけど、決して優しいだけじゃなくて怖いんです(笑)。
かわぐち ほう。
中村 その感じがなんかかわいらしく見えていたので。その影響は大きいと思います。
──ブッダとイエスの関係性の秘密を知った気がします。
▲ブッダとイエスのモデルは兄と姉!?
怖くて3年読めなかった結末
──『ジパング』は2000年から2009年まで本誌で連載され、全43巻にて完結しています。完結したときには読者から賛否両論が起きたのですが、中村先生はラストについてどう思われましたか?
中村 え? それを聞きますか?(笑)。実は私、ラスト2冊を読むまでに3年かかったんです。なぜかというと、結末についての噂を聞いてしまったんです。好きなキャラクターが大変な目に遭ってしまうと……。ちょうどそこの頃、私は自分の作品を連載していたので、『ジパング』の衝撃的な結末を読んだら連載が止まるんじゃないかと読めなかったんです。
かわぐち (苦笑)
中村 そこから3年経って読んだんですけど……未だに咀嚼し続けているところがあります。ただ、好きなキャラクターの望みは叶ったと思えるので、それはもう……喜ぶしかないって気持ちですね。
かわぐち うん。
中村 救いもあるので、そこを全面的に信じるしかないと思いました。むしろ続きが読みたいです。マンガがダメならNetflixとかで草加のくだりを映像化してくれないかなとも思っています。
かわぐち (苦笑)
中村 そしてラストはやっぱり泣くしかないですね……あ、話しているとまた頭がぼっーっとしてきました(笑)。自分でもしつこいなと思うんですけど、草加拓海少佐が持っている軍刀のレプリカを買ってきて、かわぐち先生に描いて貰った草加のイラストの前に軍刀を置いて気持ちを落ち着けていました……旦那さんが海から帰ってこない未亡人の気持ちというか……あ、こんな話をして大丈夫ですか?
かわぐち ほう。それはすごいというか、怖いというか。
中村 あー、この話はする予定じゃなかったんです! Zoomって怖いですね(笑)。
──面白いエピソードを聞けてZoomで良かったと思います。
中村 そ、そうですか。好きな作品が終わるのは悲しいので、自分のなかでは終わらせないって気合を入れるためにやっていたことです。
かわぐち うん、今のお話を聞いていて、『ジパング』のクライマックスを描いていた頃のことを思い出しましたよ。
──あのラストシーンは最初から考えられていたんですか?
かわぐち ……どうですかねえ。描いているうちにだんだん決まってきたっていうのが本音ですかね。いろんなエンディングがあるなかで、もう、これしかないなと思えるところまで見えたのは、ラスト近くになってからだったと思います。あのラストを描けて良かったです。ちゃんと投げ出さないで描いたご褒美ですかね。
中村 すごい話を聞けました。
かわぐち 途中で空中分解するんじゃないかって思う瞬間が何回もありましたから。頑張った記憶がありますよ。うん。
──もう一度、『ジパング』を読み直したいと思われる方が増えると思います。今日はとても面白い話をたくさん聞かせていただきありがとうございました。
かわぐち 中村さん、これからも元気でマンガを描き続けてくださいね。
中村 はい! 私はこれからもファンとして新作を楽しみにしています。これからもたくさん読まさせてください。
かわぐち ありがとう。健康に留意してがんばります。
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