押し入れから宇宙に届く。 小山宙哉インタビュー(2)

コミックDAYSインタビューシリーズ 第3回「小山宙哉」(2) 幼少期、漫画家を目指すきっかけ、傑作の誕生秘話──。 なかなか表に出てこない漫画家の真の姿に、かかわりの深い担当編集と共に迫る。

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コミックDAYSインタビューシリーズ

第3回「小山宙哉」(2)

取材:構成=木村俊介

幼少期、漫画家を目指すきっかけ、傑作の誕生秘話──。
なかなか表に出てこない漫画家の真の姿に、かかわりの深い担当編集と共に迫る。

漫画家─
小山宙哉 作品に『ハルジャン』『ジジジイ-GGG-』『宇宙兄弟』など
編集者─
佐渡島庸平 担当編集者/現「コルク」代表取締役

■小山宙哉インタビュー第1回はこちら

■シリーズ第1弾 幸村誠インタビューはこちら

■シリーズ第2弾 松浦だるまインタビューはこちら

第2回 「ありありと感じられたもの」を漫画に積み重ねる

漫画家にとって、編集者とはどんな存在か……?

小山:編集者に求めることは……まず、感想です。ネームができたあとに佐渡島さんに毎回電話でもらう感想から、どれぐらいのおもしろさなのかも、声の感じや興奮の度合いでだいたいわかりますので。あんまりな感じだったら、電話を切ってから考え直す。

佐渡島:どこを直せばいいか、は言わない関係になってきています。

小山:だから、直しは自分で考えてやります。

佐渡島:僕は、初代編集者であるだけでなく、小山さんをはじめ、自分の抱えている作家をずっと支えられる立場になるためにも、講談社から独立し、作家のエージェント会社であり、作品のコミュニティづくりを多角的におこなう企業でもある「コルク」を立ち上げました。

そこまでして、小山さんの編集者をずっと続けたかったわけで、今も、もちろん毎回のネームには感想を伝えているけど……でも、率直に言うなら、今の僕は、いい意味で完全に「読者代表」とでも言えるような立場から小山さんに関わっているんです。

雑誌連載におけるスケジュール管理は、講談社の担当編集者たちや、うちのコルク社員にお願いしているし、かなり前は、どんなストーリーがいいだとか、こうして欲しいというようなリクエストも伝えていたけど、今では、小山さんから来たものがどれだけおもしろいか、でしかない。

僕の役割は「いかに、小山さんがみずから楽しめるような漫画を描き続けられる環境づくりを推し進められるか」。そのためにも、小山さんの漫画を楽しんでくれているファンの人たちが喜ぶような環境づくりをすることにほとんどの時間を割いています。

作品は、小山さんが自発的におもしろくしてくれる。最近言っているのは、「いよいよ『山王戦』がはじまったんじゃないか?」ってことです。

小山さんと僕にとって、井上雄彦さんは憧れの作家なんです。先ほど言った「山王戦」は『スラムダンク』の最高潮に近い戦いである山王工業との試合のこと。あのぐらいの興奮を再現したいというのは大きな目標でした。

それで、今、雑誌で展開しているあたりは、『スラムダンク』にとっての「山王戦」のようなものが来ているんじゃないか、と。ここまでの34巻ぶんは準備体操で、『宇宙兄弟』にとっての「山王戦」が、ここから展開するんじゃないか……と、かなり興奮しながら話しています。

小山:はい、今、まさにそう思って描いているところです。

佐渡島:山王戦に比べてもわくわくするだとか、今回は山王戦に比べたら「まだ」だとか、共通にイメージできる感覚で、今のストーリーのおもしろさについて話すんです。

「モーニング」の部員として支えているなら、異動後、次の担当に替わったのに、作家に連絡を取るのは、後任に「悪い」となるけれど、今は「コルク」の代表として小山さんを支えているから、いつでも電話はできるわけです。

すごく困った時には、いつでも関わることができる。その準備ができていることが大事で、あとは近くにいる現場の編集者たちから新しい意見や感覚を汲み取って、小山さんは描き続ければいい。

才能のある作家は多作であるべきと僕は思うので、小山さんに「『宇宙兄弟』を早く終えて、違うものを描きましょう」ともよく言うんだけど、そういうのは、目の前のことに追われていないから言えることではないかなぁ。

小山:若い頃、佐渡島さんが言ったことで「おっ」と思ったのは、キャラクターの考え方です。最初の連載を描いた時、「キャラクターが立っていない」と注意をよく受けました。

その頃、佐渡島さんが「飲み屋とかでそいつの噂話ができるなら、キャラクターは立っている」みたいに伝えてくれたんですよね。

佐渡島:そういえば、キャラクターというと小山さんは今、アシスタントたちと、独特な遊びをしているんです。原稿が終わったあとに、写真を見せあうんですけど。

小山:スタッフみんなに休みの間にそれぞれ自撮り写真を撮ってきてもらってそれを原稿終わりに発表するというコーナーです。

毎回テーマを決めて、1枚の自撮り写真でいかにそのテーマらしい人物になりきれるか、という課題で、例えばテーマとしては「売れてるミュージシャン」とか「チンピラ」「ジャニーズ」という感じ(笑)。

表情とか演技、服装、照明や構図なんかを工夫してそのテーマに見える写真を目指すという感じです。色調整はありで、合成とか画像加工は無しのルールで(笑)。

漫画って1コマの中に多くの情報を入れることや伝えたいことがちゃんと読者に伝わることが大事だから、この「なりきり写真」で一枚の画像でもテーマが伝えられる力を鍛えよう、という意図もありみんなでやっています。

……全部後付けですけど(笑)。

佐渡島:みんなでやると小山さんの自撮りがいちばんうまいんです。キャラクターをつくり込んだり、演出力を鍛えることを遊びとしてやっていて小山さんらしいなと思いました。

この10年間、読者はどういった存在だったか?

佐渡島:改めて訊きますけど、小山さんにとって「読者」ってどんな存在ですか?

小山:読者のみなさんというのはやはり「ありがたい存在」です。連載作品を長く描き続けるほど、読者も離れていくんじゃないか、という恐怖感もあります。長期連載作家なら、みなさんそうじゃないかと思うんですけどね。

長く続けていれば、時には、勢いが弱まってきただとか、うまい具合におもしろい話を描けていないだとか感じることもあるので、新刊を出すのはいつも怖いんですが、でも、毎回読んでくださったら、みなさん「おもしろかった」と言ってくださる……。その反応を見るとやる気が出てくるので、本当にありがたいですね。

連載作家さんのタイプによっては、読者の声を受けとめながら、それに対応して展開を少しずつ変化させていく場合もあると思います。僕は読者の方の感想で、やる気や描いていく勇気をもらいます。そして「自分がおもしろいと思うのかどうか」を基準に描いていきます。それは今も昔も変わっていません。

自分がおもしろいと思ったものを、自分自身が、読者よりも編集者よりも早く「いちばんの読者」として読む。夢中で描いた時とは距離を置いて客観的に読んで、その時の感触で「これでいこう」というのは判断しています。そこは、昔も今も、変わらず続けているところですね。だから、読者とは、自分のことでもあるのかもしれません。

『宇宙兄弟』を描く前、小山宙哉を形成してきたものはどんなものだった?

佐渡島:以前、奥さんのこやまこいこさんが、小山さんがデビュー前、京都の押し入れで描いてる姿のイラストをTwitterにアップしていましたよね。連載が10年続いているから、15年ほど前じゃないですか?この15年で小山さんの生活はかなり変わりましたよね。奥さんも漫画家としてデビューしたし…。

小山:奥さんと会ったのは19歳ぐらいの頃だから、長い付き合いですよね。26歳ぐらいの頃に結婚しましたが、デビューも決まっていない時期です。京都府から埼玉県に引っ越してきて、僕自身アシスタントをしていました。

奥さんのほうはコツコツと絵本やイラストを描き続けて、今では漫画家の「こやまこいこ」さんになっていて、そういう積み重ねもうれしいですよ。「絵、うまいなぁ。最近も、子どものいい表情をかわいく捉えているなぁ」と思って僕も見ているんです。

デザイン会社に通勤していた頃、帰り道かな、若作りのおじいさんが、ハンチング帽かなんかをかぶって、小さな子どもを連れながらスタスタ、すごい速さで歩いていたのを見かけ、なんやろうと思ったのが、最初に描いた漫画『じじじい』のアイデアのもとになりました。

孫かもしれんけど、誘拐かもしれん。そう連想し、構想した『じじじい』には、子どもも出る予定でした。おじいさんが、身寄りのない子どもと生活する話にしよう、とも考えながら描いたんです。漫画家になりたくて仕方ない頃の日常で見つけたもので、描きはじめられました。

憧れの先生方から受ける影響についても、試行錯誤したことで描きだせるようになったんです。もともとは、井上雄彦先生みたいになりたいと思って、画風も大きく影響を受けて描いていたんです。

ただ、まねをしようとすると、ぜんぜんだめで、勢いがあって綺麗な線を描く井上先生のような絵にはほど遠い……と感じていました。それで、次はもう1人、やはり大きく影響を受けた松本大洋先生の絵も参考にさせていただいたんです。

もちろん、両先生とも本当にすばらしい絵です。ただ、たとえば『鉄コン筋クリート』あたりを連載されていた時期の松本先生の絵は、線がゆらゆらしているんです。ゆらゆらしている絵って、すごくゆっくり描けば、なんとかマネもできるようでした。そうか、じゃあ、自分はとにかくまず、こうしてゆっくり、ゆらゆらと線を描いていったら、漫画っぽくなるのかもしれないと考えたんです。

だから、はじめに描いた漫画を最後まで完成させられたのは、松本大洋先生のおかげで。漫画を描くということに対するイメージの範囲を豊かに広げてくださった。今の画風とは違いますが、当時は「こういう漫画もありなんだ」と思って描き進めていきました。

佐渡島:小山さんを担当しはじめた頃の僕は社会人2年目。いろんな意味での知識も、編集的な技術も、持っていなかったんです。だから、ただ、おたがい一生懸命に頑張って成功しようという。

得たばかりの知識を渡していったり、小山さんの原稿を、担当になって縁ができた三田紀房さんに読んでもらって、言ってくれた感想を伝えたり。そういう時期にできたことも、もちろんたくさんありました。でも、今の僕は「漫画家は、その人の持っている感性にこそ価値がある」と確信を持って小山さんを見守り、支えられるようになった気がします。

人生における成熟が、漫画の内容にも反映されてゆく?

佐渡島:小山さんが今話してくれた「おじいさんと子どもを見かけた経験」って、それこそがまさに物語の生まれる現場なんです。自分が日常で、見聞きしたり感じたりしたこと。フィクションであっても、アイデアの源はそれに尽きる。

そこからはずれて抽象的に「物語ってこういうものだ」なんて発想から入れば、作家自身の心を深く届けるよりも「『こうあるべきと想定している物語』の枠内に留まる平凡な展開」に過ぎない漫画しか出てきません。本当に、前よりも「小山さんの感じている心を大切に」という支え方をするように変わったと思います。

もちろん、人間だから、漫画雑誌の世界で物理的に時間がなくて、どうしても、日常的に「しめきりがたいへんだから、今回はこれくらいでいいかもしれない」なんて思う場面も出てきてしまう。

作家のほうも、漫画を描く時間だけでなく、日常生活で起きている出来事なども考えあわせて「こうしたい」と、普段と違うことを言ってくる時も出てくるものです。こちらの返答としては「それ、もしかしたら、自分の気持ちが入っていないんじゃない?」ぐらいのことは訊くようにしています。

そこまで、心の領域で話をできるようになっていくのが、重要と言うか……。気持ちは近くにいるし、現場の状況は聞いているから「生活がこうだから、こう感じているはず」とも予想できる。そこで、現在進行形の出来事に対して、感情が入っているのかいないのか、を考えて相談できる存在でありたいというか。

小山さんは、日常生活で感じていることを充分に活かして『宇宙兄弟』を深め続けてきています。漫画家が原稿を描く環境って、ほとんど部屋から出ないでずっと過ごすと気づいたからか、「その中のアシスタントたちも含めた人間関係を描けば、宇宙飛行士の物語も描ける」という漫画を描いている。スタッフの感情の動きを漫画に活かしているんです。

そんな中で、これから僕が楽しみにしているのは、親子の感情みたいなものが、今後の『宇宙兄弟』にどう入ってくるのかなんですね。小山さんの子どもたちが大きくなる中で、芽生えていく感情があるだろうから。作中の人物で言えば、ムッタや日々人に対するお父さんやお母さんの話もあるし、月面も含めて今まで会ってきた仲間たちにもみんな親も子もいて、という世界が豊かに描かれるんじゃないのかな。

ムッタや日々人には、シャロンとの擬似的な親子関係もあるわけです。仲間を見つけて、横の関係を描いてきた物語に、過去から未来につながる縦の関係も描かれるようになるはず。それが、本当に楽しみなんですよね……。

小山:いやぁ、熱く話してくれるのはうれしいんだけど、今後の展開への期待のハードルを、もう上げるだけ上げますね……(笑)。

今は「そこまでのクオリティを期待されるのはやばいなぁ」って感じしかしませんが、もちろん、頑張って描き続けていきます。

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