『いんへるの』第1巻発売記念!カラスヤサトシ×施川ユウキの盟友対談

Webコミックサイト「コミクリ!」にて『いんへるの』を連載し、本格的にストーリー漫画の実力を見せ始めたカラスヤサトシ先生と、『銀河の死なない子供たちへ」『鬱ごはん」『バーナード嬢曰く。」などの独特の世界観が人気を博している施川ユウキ先生の盟友対談が実現!

f:id:comicdays_team:20191029125116j:plain

Webコミックサイト「コミクリ!」にて『いんへるの』を連載し、本格的にストーリー漫画の実力を見せ始めたカラスヤサトシ先生と、『銀河の死なない子供たちへ』『鬱ごはん』『バーナード嬢曰く。』などの独特の世界観が人気を博している施川ユウキ先生の盟友対談が実現!

カラスヤサトシ
1995年、大学時代に本名の片岡聰名義で『海辺の人々』ほか3編により第6回COMICアレ!漫画賞優秀賞を受賞しデビュー。2003年より「アフタヌーン」にて4コマ漫画を13年以上にわたり連載。2010年には自身の上京当時のことを描いた『おのぼり物語』が実写映画化。その後、育児漫画などにも活動の幅を広げる。現在は「コミクリ!」にて『いんへるの』を連載中。
施川ユウキ
1999年「週刊少年チャンピオン」に4コマギャグ漫画『がんばれ酢めし疑獄!!』が掲載され、プロ漫画家としてデビュー。その後、2004年には同誌にて『サナギさん』を連載するなど複数のギャグ漫画やエッセイ漫画などを執筆。『鬱ごはん』『オンノジ』『バーナード嬢曰く。』の3作品は、合わせて第18回手塚治虫文化賞短編賞を受賞。2019年で画業20周年を迎える。

10年前、出版社の忘年会でずっと見ていた

――このたびは『いんへるの』第1巻発売おめでとうございます。今回は発売を記念しての対談となりましたが、お相手を施川先生に指名したのはカラスヤ先生ご自身だそうですね。

カラスヤ:そうですね。施川さんとは実はこの取材の2日後に飲みに行く予定があるくらい、ずっと親しくさせてもらっているので。施川さんとなら深い話ができるかもと思ったんです。
施川:本当のところ、カラスヤさんは飲みに行って、ぐでんぐでんに酔っ払ってからの話が面白いんです。こういう場では取り繕ってしまいますから。
カラスヤ:それは、お酒が入って結構あかんことを言ってるから面白いんですよきっと。こういう場では抑えないと。

――お二人はどういう経緯で知り合われたんでしょうか?

カラスヤ:最初の出会いは竹書房の忘年会です。
施川:確か10年以上前ですよね。
カラスヤ:僕は『おのぼり物語』とか『キャラ道』とかを描いていた頃だったかと思います。
施川:僕は『サナギさん』を描いている頃ですかね。
カラスヤ:そうそう! 僕はもともと施川さんの最初の連載『がんばれ酢めし疑獄!!』を読んだ時めちゃめちゃ面白い漫画を描く人だなと思っていたんですが、その後『サナギさん』でまたテイストを変えてきて、これがまた面白かったんですよ。 施川さんはアクロバティックな作風というか、僕の発想にないことをやってのける。そこを単純に凄いなと思っていましたね。
施川:ありがとうございます。僕も『カラスヤサトシ』読んでいましたよ。非モテ系でありながらルサンチマンがあるようなないような独特の感性を持っていて、どんな人が描いてるんだろうと気になってました。
カラスヤ:それがあって、初めて忘年会でご一緒した時に、施川さんのことが気になってずっと見ていました(笑)。わーあの人が施川さんかーって。

『おとろし』の面白さが生んだ『いんへるの』

――もともとエッセイ漫画やルポ漫画を描かれていたカラスヤ先生ですが、『いんへるの』を描くことになった経緯を教えてください。

カラスヤ:『いんへるの』については「コミクリ!」の編集さんがホラーを描きませんか? と打診してくれたことが始まりですね。
担当:カラスヤさんの『おとろし』(秋田書店、2015年)というホラー作品がとても面白かったんです。でも全1巻で完結していたので、もっと読みたいと思って依頼したのが最初です。
カラスヤ:もともとホラー漫画を描きたいと思っていたわけではなかったんです。『おとろし』も「ストーリーもの、かつホラーの作品を描いて」と編集から要望があって描き始めたんですが、実際描いてみたら意外と自分でも面白かったんです。
施川:『おとろし』がまず面白かったですからね。もともと秋田書店の雑誌でギャグ漫画家がホラーを描くみたいな企画があって、僕も描いたんです。わりと手応えあったんですけど、カラスヤさんのを読んだらそっちのほうが面白くて……で、それがそのまま『おとろし』につながってます。
カラスヤ:こういうホラーみたいな作品を続けられたらなとはずっと思っていたところで打診があったので、これは幸せ者だなぁとしみじみ(笑)。しかも今回その作品を紙の本として出版できるというのが本当に嬉しいです。デジタルで読むことも多い時代ですが、この本は紙で出したい気持ちが強かったので。
施川:確かに絵柄としては紙に合っているかもしれないですね。ちなみに『いんへるの』はアナログですか? デジタルですか?
カラスヤ:ついにフルデジタルになりましたね。最終的にはプリントアウトして確認はしますけど、修正などが楽になりました。
施川:それにしてはデジタルっぽくないような、手描きのような画風になっていますよね。描いたものと印刷したゲラで違いとかなかったですか?
カラスヤ:いや、全然ないです。え、普通はあるんですか?
担当:デジタルに移行すると絵の雰囲気が変わる作家さんのほうが多いんじゃないでしょうか。むしろ、ここまで変わらないのは珍しいケースでは。
カラスヤ:そうなんですか! いや僕ももっと綺麗に、アニメみたいな絵になるのかなと思ってはいたんですけど……。別に震えながらやっているわけではないんですよ(笑)。ただ、集中線なども素材は使ってないし、手描きの描き方そのものは変わっていないからかもしれない。
施川:え? 集中線、手描きなんですか……でもアナログ感が出ているから、話にはマッチしていてちょうどいいのかもしれない。

描いている自分でも嫌になる後味の悪いホラー

――今回第1巻に収録された内容について手応えなどはありますか?

カラスヤ:手応えがあるかと言われると、正直ないです。今は何万リツイートされた、とか数字の指標みたいなものがあるじゃないですか。そういった結果はまだ何もないので。自分の中で面白いものが描けたなとは思っていますけど。
施川:今は「コミクリ!」で第28話まで連載されていますよね(注:対談収録当時)。今回収録されているのは第15話までですけど、これは傑作だから入れたかったみたいな話はあります?
カラスヤ:まぁ手応えがないもんであんまり(笑)。実際、連載していてバズったとかないですからね。ただ、今回第1巻に連載順そのままで15話入れてもらった形ですけど、並び順としても内容的にもバランスはいいんじゃないかとは思っています。
施川:めっちゃ面白いですけどね『いんへるの』。じゃあ、カラスヤさんの好きな話は?
カラスヤ:そうだな~。手前味噌ですが、第6話の「子守と飛行船」なんかは怖い話だなと我ながら思いますよ。

第6話「子守と飛行船」、1ページ目

施川:僕としては連載していくごとにだんだんカラスヤさんの味というか、作品に深みが増していっているような気がします。だから、第1巻発売記念なのにこう言うとアレなんですけど、第1巻に収録されていない話も読んでほしい(笑)。第17話の「ぢごくもよう」なんか傑作ですよ。

第17話「ぢごくもよう」、1ページ目。第2巻が発売されれば収録は間違いない

施川:怖いのは怪異よりも人間、ってパターンの話はふつう人の悪意が怖いんですけど、これは悪意よりも得体が知れない。異文化の話とも読めるし、だとしたら本当に人の世は地獄ですよ……。
カラスヤ:僕は自分で描いてて嫌な気持ちになりましたけどね。嫌な気持ちマニアがいれば、確実に響くとは思うんですけど(笑)。
施川:後味が悪いのを読みたい人は一定数いますよね。全般的にそういう人たちにはとても興味深く読める作品なんじゃないでしょうか。後味の悪さで言うと、第2話の蛸の話もいいですね。特に6ページ目。

第2話「蛸と観世音」、6ページ目。施川先生が絶賛するのが、女性が手を広げているコマ

カラスヤ:実はここは施川さんっぽいと思いながら描いたんですよ。よくこういうシーン描いていませんか?
施川:そう言われればそうですけど(笑)。でもこんなにも登場人物二人の感情がすれ違ったまま進む話をよく描けるなと思いました。恐ろしいですよね、この話。すごい嫌な気持ちになりましたよ。どういう発想なんですか? 女と一緒に大蛸に呑まれたいっていうのは願望ですか?
カラスヤ:そんな願望ないですよ(笑)。これのネタ元を言ってしまうと、ガシャポン改造なんですよね。パーツを付け替えて新しい人形を作っていた時に、蛸が出てきてそこから。
施川:ガシャポン! もっと民俗学的なものや昔の風習とかの背景があるのかと思ってました。
カラスヤ:あとで調べてみたら、蛸の話はたくさん出てきたので、結果的に原典がありそうに仕上がりましたけどね。

感情を加えて生まれるオリジナリティ

施川:『いんへるの』を描く時に資料とかどうしてます?
カラスヤ:本はめちゃくちゃ集めてますよ。図書館も行くし、買える本は買うし。
施川:第5話の「護国様」とか、第10話の「狼の祀り」もそういったものを参考にしていそうですよね。
カラスヤ:第5話は完全オリジナルです。第10話は、狼を祀る風習は各地に同じような話が無数にあるのは調べてわかっていたので、参考にしつつも細かいところを変えていますね。
施川:第7話の「自霊」なんかは初めて見るアイディアでした。結構特殊な話ですよね。自分の霊を見る話ってあまりないじゃないですか?

第7話「自霊」、1ページ目

カラスヤ:そうですか? 生霊ものとかってよく見ませんか?
施川:生霊は自分で見ることはあまりないと思いますよ。しかもこの場合、自分しか見られないわけですよね。オチもない、というか。
カラスヤ:そうですね。変にオチを作るとそれは、怪異もののセオリーどおりの話になってしまうので。そうはならないように、人間の感情とかそういった視点から考えるようにしていますね。 怪異からは考えていないんですよ。

――ほかにもお話を考えるうえで大切にしていることはありますか?

カラスヤ:どの話にも自身の感情みたいなものが話の根源に入っていることですかね。たとえば第3話の「暗渠」は子どもの頃のいじめの話なんですけど、程度の差はあると思いますが、子どもの頃いじめられたような経験がある人は少なくないと思うんですよ。それは僕も同じで、その時の自分の感情を思い出しながら描いていて出来上がりました。そういった感情をベースにしていかないと、8ページとはいえ続かないんです。

――なるほど。8ページで描き切ることの難しさはありますか?

カラスヤ:とは言っても、4コマ漫画よりはマシかもしれないですね。4コマを考えるのが特にしんどいというわけではないんですけど、4コマは8ページだと16個の話を考えなければいけないわけですから。『いんへるの』は1つ描きたい要素があって、出だしが決まってしまえば、ある程度スムーズに進んでいきます。
施川:8ページで描いていますけど、『いんへるの』は意図的に物語の途中から途中までを描いたという感じじゃないですか?
カラスヤ:そう! まさにそのとおり! さすが施川さん(笑)。
施川:カラスヤさんの4コマを読んでいると、必ず最後でオチを作っている。こんなに描かなくてもいいのに、と思っているんですよいつも。だけど『いんへるの』に関しては、最後は無理に落とさずに断片だけを描いていますよね。
カラスヤ:自分の中では全体で12ページくらいの構想があって、その中の8ページを抽出している感じです。その中のどこからどこまでの8ページを選べば全部伝わるかなと思いながら描いています。
施川:必要な部分だけ伝わるように切り取って、あとは読者の想像力に委ねるというか。
カラスヤ:もちろんそれで意味がわからないと言われることもあるんですけど(笑)。ただ、ホラーを描くうえではそういうのが自然だろうと僕なりに思ったんです。余計な説明は極力入れないで。
施川:カラスヤさんの4コマは説明しすぎなところあるって前から思ってました(笑)。
カラスヤ:エッセイ漫画なんかは、必ず最初に「はーい、カラスヤです」と自己紹介を入れますし。もうそれしかないと思っているので(笑)。でもそれを『いんへるの』みたいな作品でやってしまうと、ギャグになってしまう。
施川:無用な説明がないからこそ僕は『いんへるの』を読んだ時、「カラスヤさんこれだよ」って思いました。
カラスヤ:結末まで丁寧に描いてもいいのかもしれないですけど、単純に自分にグロ耐性がないのと(笑)、何かが最後に起こったのだろうと思わせることができれば、決定的なところは描かなくても伝わると思ったんですよね。
施川:最後まで描き切らないからこそ、1話ごとの読後感が変わるというか。それが面白い理由の1つだと思います。

あえて何も起こらないエピソードもアリ!? 

施川:話の時代設定にはこだわりはあるんですか? 古い時代の話があると思いきや、いきなり現代風のものになったりしてますよね。
カラスヤ:こだわりはないですね。基本、どの時代でもいいと思っています、話にさえ合っていれば。それぞれの話を考えていくと、現代が合っているなとか、江戸時代が合っているなとか、戦時中だなとか、自然と舞台が決まってきます。
施川:未来の話を描く予定とかはないんですか?
カラスヤ:未来の話は今のところないですね。難しそうで。なんか、ギャグになってしまいそうで怖いんですよ。
施川:海外ものとかはどうですか?
カラスヤ:描けるものなら描いてみたいですね。今後海外が舞台で適切な話を思いつけば、特に抵抗はないです。ただ、海外に行ったことがないのでボロが出てしまうのは怖い(笑)。
施川:確かに絵のタッチからしても、昔の日本の風景が合っている気がします。
カラスヤ:昔のヨーロッパとかならなんとか描けそうとは思うんですが。この話はフランスが舞台に適していると思ったら、描くかもしれません。と、言えば言うほど、描く機会がなさそうな気がしてきますが(笑)。
施川:『おとろし』にも出てきましたが、カラスヤさんはピュアな少女を描くのがうまいと思ってるので、純粋な姉妹キャラが出てきて、恐ろしいことに遭いそうで遭わない話とか読みたいですね。ギリギリで避けられる、みたいな。
カラスヤ:それはアリですね。何かが起こるばかりが怖いわけではないので。最近は何かが起こってしまうものばかり描いていて、やはりできるだけ違うパターンの話を出していきたいと思っています。

――第24話の「拳銃忌」などは何も起こらない話かもしれないですね。

カラスヤ:確かにそうですね。これはぜひ第2巻が発売されたら読んでいただきたいです。
施川:第24話で思ったのは、窓から手を入れて拳銃を構えているシーンがありますよね? あえて手しか描かないあのアングルというのは、すごく意識して演出しているんだなと感じました。

第24話「拳銃忌」、7ページ目

カラスヤ:恨みを持って誰かを撃ちに行くというのは、別にホラーとは言えないじゃないですか。でも突然の乱射はホラーに近いわけですよ。そこで、そのへんの窓からいきなり撃たれそうになるのが一番ホラーなのではないかと思ったんですよね。銃を拾うという点ではありがちな話にはなってしまっているんですけど。
施川:ありがちな設定は作家性を際立たせられるのでいいと思います。最後はちゃんとオリジナリティがありますよね。
カラスヤ:ありがとうございます。今後、多少は救いのある話とかを描いてもいいかなとは思っています。安易な救いにはしたくないですけど。引き出しはあると思っているので、これまでの話との違いをどんどん出しながら、状況が許す限り連載は続けていきたいと思っていますね。

最終的にはパリピに届けたい

――『いんへるの』はどういう人に手に取ってほしいですか?

カラスヤ:うーん、とにかく多くの人の手に届いてほしいですけど、最終的にはパリピですかね。
施川:パリピ?(笑)
カラスヤ:そう。パリピって読者層として一番遠そうに思えるので。そこに届けばバズっていると言っていいんじゃないかという。
施川:ちゃんとパリピが手に取りそうな映(ば)える表紙にはなっているんですか?
担当:表紙は、今の流行りみたいなものとは真逆な感じです。
施川:カラスヤさんの作品はもっといろいろな人に見てもらえてもおかしくないと思うんですよね。なんで多くの人に届かないんでしょう? エッセイのイメージがあるから?
担当:連載媒体の知名度が……。
カラスヤ:いやいや、僕はそれは言い訳にしたくないんですよ。同じ「コミクリ!」でも、しっかり人気が出ている作品はあるので。
施川:ベタなことを言えば、『蟲師』とかみたいに固定のキャラを出してキャラクター漫画にすればいいんですよ。
カラスヤ:それは確か最初に担当さんに言われたんですけど……あっさり断ったんですよね(笑)。
施川:そういうキャラクターがいないと読者との関係性が築きにくいんじゃないですか?
カラスヤ:それはあるかもしれない。でも突き詰めて考えると、1人の登場人物が何度も怪異に遭うのは僕のこの漫画では不自然だと思っているんですよ。一生に一度経験するかしないかの怪異、という感じを出したかったので。それを固定のキャラクターが遭遇し続けるとギャグになってしまう気がして。
施川:『名探偵コナン』だって殺人事件に毎回遭遇するし、連載漫画の宿命として割り切るしかないんじゃないですか。そこまでいかなくても『アウターゾーン』みたいに、最初と最後だけ出すみたいなこともできますし。そういう点で『いんへるの』は良くも悪くも読者のほうを向いていないですよね。
カラスヤ:いや、たまにチラチラと視線は送っているつもりなんですけどね(笑)。読者からしたら背中を向けているように思われているかもしれない。
施川:読者に視線を送れるのはキャラクターだけだと思うんですよ。
カラスヤ:確かに、いろいろな人にストーリーテラーを作ったら? というアドバイスは受けるんですよね。
施川:だとしたら、もうそれが正解ですよ。カラスヤさん的には何かを失うかもしれないですけど(笑)。
カラスヤ:1話8ページで描くと決めたので、ストーリーテラーを入れると逆に描きにくくなるんですよね。最初と最後の1ページをそれで使っちゃうと、残り6ページになっちゃうわけで。表現の幅が狭まるというか。
施川:キャラに頼らないストイックさが作品の高尚さにつながっているので、歯がゆいんですよね。
カラスヤ:とにかく、僕の中の現時点での最上の形はこの『いんへるの』になるのかもしれない。ストーリーテラーを出すのは、もっと技術を身につけてからでないとヘンなことになる予感がしますね。むろん売れるんであれば挑戦します! いつの日か。

「水を得た魚のようだ」と言われました

――今後はどういった作品を描いていきたいですか?

カラスヤ:ホラーものはできる限り描いていきたいと思っていますね。エッセイ漫画は自分に起きたことだけを描くので、そういう意味では『いんへるの』みたいなストーリーものは経験していないことを描けるので実はやりやすい。
施川:僕は昔からカラスヤさんはインテリだと思っていたので、やっぱりそれが発揮されるものをもっと描いてほしい。ホラーに限らず。普段はエッセイ漫画とかで道化を演じていますけど。
カラスヤ:いや別に道化を演じているわけではないですけどね。たまには賢者ぶろうとしてるんですけど。
施川:演じているように思えますよ。カラスヤさんのエッセイとか見ていると編集にこき使われている感じだし、アホだと思われるんじゃないかと心配になります。こんなに知的な漫画が描けるのに。
カラスヤ:もっと言って! ナメられるとほんとロクなことないんで。
施川:でも、本当に『おとろし』でも思っていましたが、今回の『いんへるの』でインテリ説が確信に変わりましたね。知識の裏付けもあるし、台詞回しも単純に凄いなと思ってます。
カラスヤ:インテリかどうかはわかんないですけど、ある編集からは水を得た魚のようだと言われましたけどね(笑)。エッセイ漫画よりイキイキと描かれていると。
施川:そうでしょうね。『いんへるの』を読んだ時に、本当に描きたかったものを描けているのかなと思いましたもん。
カラスヤ:今まで漫画家なのに創作をしていなかったようなものですからね。16年もエッセイを描いてくるとやりようがなくなってくることもあって、想像で描けない窮屈さみたいなものを感じることもありました。でも、ストーリーものと並行して描いていると、想像力を使っていないようで使っている部分もあると気付く。ですから、エッセイも続けたいとは思っています。
施川:僕は、カラスヤさん自身が出てこないものを期待しています。ちなみに、カラスヤさんはガチャガチャしたものが多いですけど、綺麗な作品とか描いたことはないんですか?
カラスヤ:いやー、ないですね。
施川:描きたくないんですか? 
カラスヤ:そんなことはないです(笑)。
施川:長編とかも?
カラスヤ:長編は機会があれば描きたいです。
施川:『おとろし』の中には、長編にできそうな綺麗な話とかもありましたよね。
カラスヤ:ありましたっけ?
施川:ありました。さっきも言ったピュアな少女が出てくる話です。だから長編もアリだと思いますよ。そんな何十巻とかの話じゃないですけど。
カラスヤ:もちろん、1~2巻くらいですよね。そういう施川さんはどうですか? 実際『銀河の死なない子供たちへ』で長編のストーリーものを描いたわけじゃないですか?
施川:実は『銀河の死なない子供たちへ』の後に何を描けばいいか、というのがあるんですよ。前から描きたいと思っていたことは描き切ってしまったみたいな。
カラスヤ:なるほど、それは時間が経ってからどうなるか、という感じですね。僕は施川さんの『ヨルとネル』とか『銀河の死なない子供たちへ』を最初に読んだ時、もうギャグやんないのかと心配したし、なんなら施川さん死ぬんじゃないかなと危惧したんですよ。
施川:なんでそんなことに?(笑)
カラスヤ:だって読んでたら施川さんが羽を生やしてどこか天上界まで行ってしまうんではないかと思ったんですよ。でも、そういうのと同時に『鬱ごはん』とかも描いているから、安心できましたけど。
施川:なんなんですか天上界って(笑)。昔から言ってますけど、僕は賢く思われたがってる馬鹿で、カラスヤさんは馬鹿のフリしたインテリなんですよ。
カラスヤ:いえいえいえ。施川さんはもう、誰がどう見ても賢いでしょ。
施川:……なんか、馬鹿が二人で励ましあってるみたいになってますよね?

20年以上漫画を描き続けてきたカラスヤさんの真骨頂が『いんへるの』

――カラスヤ先生は今回また新作を出されるわけですが、お二人とも漫画家として20年以上経ちます。振り返っていかがでしょうか?

カラスヤ:施川さんは、今年20周年記念やったばかりですよね。
施川:やりましたね。正直、デビューした頃からここまで漫画で食べていけるわけはないと思っていたんですけどね。なんだかんだで連載とかは途切れなかったので、気付いたらここまで来てたな、という。
カラスヤ:僕は24年前に『石喰う男』で初めて原稿料をもらいましたが、それからずっと漫画を描けていました。ただ、いくつかの連載が一気に終わってしまった時とか本当にマズイと思った時期は2~3度ありましたけどね。ポスティングのバイトでもやろうかとか本気で思いましたよ。
施川:僕はそこまではなかったですけど30歳を過ぎた頃から、これから別のことできないだろうなとは思って覚悟を決めたようなところはありました。
カラスヤ:僕は若い頃サラリーマン経験をしているんですけど、サラリーマンってやっぱり仕事以外のしがらみが大変じゃないですか。飲み会含めた人付き合いとか。それが本当に死ぬほど嫌で。向いてなくて。
施川:わかります。たまに通勤ラッシュとかに遭遇すると、心の底から無理だなと思います。
カラスヤ:それもありますね。それで一生サラリーマンを続ける自信がないので、ある意味漫画家に逃げたんですよね。紆余曲折あって寿命が縮む思いもしましたけど、なんとか続けられていてありがたいことです。

――この20年で変わったことはありますか?

カラスヤ:施川さんはすごく変わっていった印象がありますよ。ギャグのテイストは残しつつも、ストーリー漫画で突き抜けていきましたからね。驚きもしましたけど、施川さんならあり得るだろうなという感じだったので、違和感はまったくなく。美しくなっていったなと。
施川:美しくって(笑)。カラスヤさんは、ようやく覚醒してきたなという感じ。作風の変化としてはこれからが一番楽しみですね。

――漫画業界はいま激変していると思いますが、お二人はどのように感じておられますか?

施川:Webなどの発表の場も増えているし、若い漫画家志望者にとっては良いことかなと思います。ただ一方で、反響があるかどうかとかですぐ評価が出てしまって、才能のありなしをいきなり突きつけられてしまうのは少し酷かなと思う部分もあります。
カラスヤ:その怖さはありますね。本当はそれでも続けていけば、のちに芽が出る可能性もあるのに最初の部分で諦めてしまうっていう。昔は編集にダメ出しされても、この人とは合わなかったんだなーって自分に言い聞かせて、次に行けたものですけど。
施川:結局、描き続けるしかないのかもしれないですね。漫画を続けられるかどうかが才能の1つになるのかも。そこは今も昔も変わらないかもしれない。

――では最後に、読者に向けてメッセージをお願いします。

カラスヤ:『いんへるの』は紙の本向けに描いたので、ぜひ単行本で買ってほしいという気持ちはあります。描き下ろしもあるので、買わないと読めない話もあります。そして施川さんオススメの話が収録されている第2巻を出すためにも、まずは第1巻をみなさんに手に取っていただきたいです。あと施川さんの漫画はマジで全部ハズレなしで面白いんで、どれからでもぜひ!
施川:道化の仮面を脱いだカラスヤさんの真骨頂を、ぜひ多くの人に見ていただきたいと思っています。そして後味の悪さを感じてください。

単行本第1巻、好評発売中!