モーニング40周年を記念して各界の著名人が40歳の自分を振り返るインタビューシリーズ、第11回は、モーニング連載作『イチケイのカラス』が原作のドラマそして映画で型破りな裁判官・入間みちおを演じる、竹野内豊が登場。「常に葛藤のようなものを抱えていた」という30代を経て、竹野内がたどりついた「かっこよさ」、そして生き方とは? 若い世代への熱い思いもあふれ出した。
(取材・文:門倉紫麻 写真:柏原力 スタイリスト:下田梨来 ヘアメイク:CHIE(HMC Inc.))
※この記事はモーニング6号に掲載されたインタビューのフルバージョンです。
「あの時が40歳かあ……」
40〜41歳の竹野内豊は、映画『太平洋の奇跡 -フォックスと呼ばれた男-』でブルーリボン賞主演男優賞を受賞。重いテーマとジャングルでの過酷な撮影を乗り越え、役者としても乗っていた時期――外からはそう見えていたが、本人は首をかしげる。
「40歳前後のことは……全然覚えていないです」
30代から40代になることに際しての不安のようなものもなかったのだろうか。
「確かに30代は、目の前の景色が追いつけないほど速く流れていっていたので、葛藤のようなものは常に心の片隅に抱えていた気はします。そういうことも全部受け入れようと頑張っていたのかなあ……いや、でもやっぱりよく覚えていないですね(笑)」
質問するたびに「うーん、どうなんでしょう」と真剣に考え、覚えていないことは「覚えていない」と口にする。正直な人であることが語り始めてすぐわかる。
以前、あるインタビューで〈結構長くやさぐれていて、頑なな心〉を持っていた時期があり、ドラマ『瑠璃の島』で34歳の時に共演した俳優・緒形拳の言葉に救われた、と語っていたことがある。
「ああ、あの頃ですね。当時、仕事においてもプライベートにおいても何かこう、歯車が嚙み合わないことが続いていて。今言った葛藤のようなものを誰に相談できるわけでもなく、自分の胸の奥に押し込むしかなかったんですよ。でも、仕事の時間は待ったなしにどんどん、どんどん進んでいく。自分で自分に無理をさせないと、人前に出られない心境になることもありました。そういう時に、緒形拳さんとご一緒して。沖縄の離島での撮影だったんですが、空き時間があった時に、浜辺を散歩しようと誘われたんです。特に何も話さず歩いて……ただ綺麗な海を眺めている時に、後ろに立っていた緒形さんが僕の背中に向かって突然『タケ』と。『タケ、頑固になることは、俺は悪いことだとは思わない。ただ、卑屈にだけは絶対になるな』って言われたんですよ。緒形さんとはそれまでも車での移動中に一緒になることもあったんですが、特に会話はなかった。なくても、一緒にいて居心地がいい方なんです。でもその時は、急に言葉をかけられて、驚きましたね。しかも説教臭くなく、言ってくれた。自分としては、抱えているものを見せまいと思って撮影現場にいたんですけど、そのひとことを言われた時に『全部見抜かれてたんだ』と思いました。一瞬、とぼけましたけどね。『緒形さん、気づいていたんですか?』とも言わず、『え? はい……』みたいな返事をして(笑)。すごく刺さりました。卑屈な考えをしていては、いいことが何一つない。そこから良いエネルギーは生まれないですからね。元々わかっていたつもりのことではあったんですが、それ以来、肝に銘じるようにしています」
その言葉をもらって以降、40歳に向けて徐々に変化していったのだろうか。
「変化していったんですかね……他人の変化はわかりますが、自分で自分の変化はわからないものですしね」
だが40代になってからは「葛藤を抱えるようなことはなくなったと思います。そこを突き詰めても、時間が勿体ないですし」と明快に答えた。
できることなら、本物になりたい
10代の終わりに「MEN'S NON-NO」でモデルとしてデビューし、20代ではドラマ『ロングバケーション』『ビーチボーイズ』、30代では映画『冷静と情熱のあいだ』など多くの作品で人気を博した。重厚な役もこなす40代を経て、最近はCMで見せるユーモラスな一面も新たな魅力的として加わった。
この取材について事前に打ち合わせた際、26歳のモーニング編集者と52歳の筆者とでは「竹野内豊像」が微妙に異なっていたのがおもしろい。どちらも「かっこいい」のは同じなのだが、編集者にとっては「ユニークで、ユーモアのあるかっこいい大人」。ほぼ同じ年齢である筆者にとっては「若い時代の無敵ともいえるほどのかっこよさに、最近やわらかさが加わった人」。竹野内も、その違いを「ああ!」と頷きながら聞いている。こんなふうに、様々な意味で「かっこいい」と言われ続けてきた竹野内豊にとって「かっこよさ」とはどのようなものなのだろう。
「かっこよさですか? ……そうだなあ。かっこよさにもいろいろありますよね。表面的なもの、見た目のかっこよさって、いくらでもごまかせるんですよね。でも僕の思うかっこよさは、人生をどう歩んできたかによってにじみ出るものなんです。厚みとか、奥行きとかそういうものですよね。だから楽な方、楽な方を選択してしまったら、なかなかにじみ出ないものなのかなと。……ものすごく古臭いことを言っている感じですよね」
こんなふうに、時々ふと客観的な目線が入る。
「古臭いとしても……楽な方ばっかり選ぶと薄っぺらになっちゃう気がするんです。できることなら、やっぱり本物になりたい。本物になりたいんだったら、楽をするとか、要領よく生きるっていう選択肢はない気がするなあ。50歳を過ぎた僕が、自分の人生を振りかえって言うと、いろんなことがうまくいっている時よりも、この場から逃れたいなと思うような苦しい時間の方が大事だったんですよね。過ぎ去ってからわかることなんですけど。うまくいかなかった時間があるからこそ、人生に深みが出てくるんじゃないかなと思います」
そして「あ、そういえば……ある偏差値のすごく高い大学の先生がおっしゃっていたそうなんですが」とこんなエピソードも語った。
「『この大学の学生は、確かに頭はすごくいい。でも、その頭の良さというのは、ある地点からある地点までいかに早くたどり着けるかを考えられる頭の良さ、なんですよ』と。でも人生で大切なのは早く着くことではなくて。目標地点まで、紆余曲折を経て、どういうプロセスをたどったかということなんですよね。『プロセスの大切さに気づいてほしい』とその先生がおっしゃっていたと聞いて、なるほど、そうだよなあと思いました。できることなら苦労したくない、という若い人は多いんじゃないかなあ」
少し離れたところでそれを聞いていた編集者が「確かに、楽がしたいと思っているところはあります。あと『間違いたくない』という気持ちもある気がします」と率直な感想を述べる。竹野内は「そうだよねえ」とその言葉を受けつつ「『でもそれは違う、苦しい時間も必要だよ』って言っちゃうと、クソジジイだって言われるよね」と笑う。編集者は「いや、そういうことを言ってくれる人がいるのはありがたいです。何も言われないと『もうこれでいいんだ』と思ってしまうので」と返した。
編集者は取材後に、「竹野内さんの行動原理がわかった気がしました。〝本物になりたい〟っていう気持ちで動いておられるんだな、と。僕の中にもそういう気持ちは確かにあって……それを言葉にしてくださった気がしました。もともとあった竹野内さんのイメージとも合致しますよね」と語っていて、竹野内と後輩世代との普段のやりとりが少し見えたような気になる。
多数派=安心できる場所、ではない
「新しいものが出てきては消えていく、というのを繰り返していて、情報過多でもありますよね」
今の時代を、そう捉えていると話す。
「今が、ちょうど時代の変わり目なのかもしれないですね。新しいものが現れると、すぐにSNSで情報が広まって、みんなそこに飛びついて、同じことをやる。多数派に入っていれば『自分も今、それに乗れている』と思えて、安心している人が多い気がして。でも、そこが安心できる場所ではないんじゃないのかなあ。長くそこにいると、そのうち『なぜ自分はここにいるんだろう?』という疑問が生まれてきて、どんどん苦しくなっていっちゃう気がするんですよ。多数派にいる必要なんてない。情報とか周りの人の声ではないものを、自分で考える時間を大切にした方がいいと僕は思います」
竹野内自身は、若い頃から周りの意見ではなく、自分の考えを大事にすることができていたのだろうか。
「できていたのかな……いや、僕も多数派の方に流れていってしまいそうな瞬間もあります。みんなと違うところにいる自分がちょっと怖かったりもしますよね。でもちょっと待った、これはちょっと違うんじゃないのかなと思ったら、そこから抜けるようにはしています。若い人たちは、今言ったようにたくさん情報がある中でも自分で情報を処理をして、世の中の動きを肌感で捉えていると思うんですよ。だから『いや、今のはちょっとおかしいんじゃないのか?』みたいな心の声を、実はみんな持っていると思うんですよね。でもそういう彼らの声や、才能みたいなものを、上の世代の大人たちが押さえ込んでしまってる気がします。思っていることがあっても言える場もないし、自分は主張したらいけないんじゃないか、人より目立っちゃいけないんじゃないか……そんな気持ちになってしまっているのかなと。本来はいいことであるはずの日本人の生真面目さが、裏目に出てしまっているのかもしれないなと思います。ちょっとうまく言えないんですけど」
「彼らより上の世代」の一人である竹野内がそう感じ、今こうやって声に出すこと自体が、若手が何かを主張しようと勇気を出す際の、大きな安心材料になるはずだ。
今必要なのは、若い人のエネルギー
編集者が抱いていたような、竹野内のやわらかなイメージは、昨年、50歳で演じたある役によるところも大きいだろう。ドラマ『イチケイのカラス』の主人公・入間みちお。信念を貫き(しかもユーモアを忘れず)、自由に、時に常識外れに見える行動をも厭わず真実を追求する裁判官だ。モーニングで連載された同名のマンガが原作で、今月13日からは映画版が公開される。
「連続ドラマがクランクアップして数ヵ月経っても、カフェのレジで『『イチケイのカラス』、拝見していました。続編、期待しています』というように声をかけてくださる方がいて。思っていた以上に反響がすごいな、と感じていました。今まで、町なかで声をかけられたことっていうのは……ない、と言うとちょっとあれですが(笑)、これほどはなかったです」
とてもうれしそうに、そう話す。入間みちおというキャラクターの印象が、竹野内から近寄りがたい空気を消し去ったのかもしれない。
「この作品がここまで受けるのはどうしてなんだろう? ということもすごく考えましたね。ジャンルとしては法廷もので、難しい題材。こういう混沌とした時代に、みんな観たいと思ってくれるだろうか、もっと楽しいものを見たいんじゃないのかな? と最初は思っていたんです。でも実際に放送が始まってみたらそんなことはなかったですね。僕としては裁判官に背筋をカチッと伸ばしていなくちゃいけないイメージがあったんですけど、監督が遊び心満載でユーモアのある方で。僕の思い込みを一つ一つ崩してくださった感じです。当然、人を裁くお仕事ですから、裁判官を演じることに責任は感じています。お茶目なキャラクターではありますが、ちゃんとするところはちゃんとしなくちゃいけないなと思っています」
今回の映画では「対国家権力」という大きくて重いテーマが掲げられている。だが鑑賞後はずっしりとした見応えと共に、面白かった! という明るい印象が強く残る。そう伝えると「そう、明るい印象が残るんですよね」と笑顔。その明るさには、入間みちお、すなわち竹野内豊が果たしている役割は大きいのでは? とさらに言うと「そうですか? ありがとうございます」とまた笑顔。入間みちおを、この作品を、竹野内が愛していて、それをほめられることがうれしいのだと、よくわかる。
「作品に携わる度に、こう思うんです。『どうして監督は、この映画やドラマを世に送り出したいと思うのかな?』と。僕自身もそこについては考えますね。今回は子どもたち……は観ないかもしれませんが、学生さんとか若い人たちが入間や(後輩裁判官の)坂間千鶴を見て、『生半可な気持ちではできない仕事かもしれない。でも自分も何かできたら』と法曹界に入ろうと思ってくれたらいいなと。今の世の中に必要なのって、若い人のエネルギーだと思うんです」
若い世代への思いを、取材中、何度も口にする。
「保守的な世の中になっている気がしているのですが、そういう中で映像作品やニュースで型破りなエネルギーのある人が現れるのを見ると、やっぱりみんなの意識がそちらへ向くじゃないですか。僕自身も、入間みちおみたいな人を見ると、予定調和ではなく、いい意味での裏切りができるような生き方をしていきたいと思いますしね。その方が楽しいんじゃないかなと思いますし。失敗を恐れて年を取って、あの時もっとこうすればよかったなって後悔するのなら、入間みちおみたいに突き進みたい。まあ彼は周りを振り回すので、実際に同僚にいたら、みなさん困惑するとは思いますが(笑)」
目標通りになる必要なんかないんですよ
『イチケイ』のドラマ撮影中は、コロナ禍の「真っただ中」。その中で、考えを深める時間を多く持ったという。
「自分の今生きてる社会のことや、自分の過去、まだ見ぬ未来のこと……ずっと考えていました。そんなに重く、というわけではないんですけどね。東日本大震災の時もそうだったんですが、自分たちに何かできることがあったら積極的にやっていきたいという意識は強くあります。だからといって、社会を大きく変えたいとか、そんなことは思っていないんです。でも先ほど言ったように、『イチケイ』を観て法曹界を目指す若者が出て来てくれるとか、自分が携わった作品で何かお役に立てたらいいなと。餅は餅屋というか……自分にできることは、そういうことぐらいしかないかなあと。役者の仕事というフィルターを通して、何かしていきたいです。もちろん、娯楽として楽しめる作品にも参加したいと思っています」
現在52歳。この先の自分のことは、どのくらい先まで具体的に見えているのだろう。
「5年先、10年先にこうなっていたいなっていうものが漠然とはあるんですよ。ポラロイド写真を撮ったばかりの状態というか……最終的には画が見えるんだけど、まだ薄くしか浮かび上がってきていない状態(笑)。そのくらいでいいのかなと。目標をこうだとはっきり決めても、絶対そうはなっていかないので。途中で変わるんだったら、それでいいじゃないですか」
途中で変わるのもいい──とても心強く感じられる言葉ですね、と言うと、重ねて「目標通りになる必要なんか、ないんですよ」と言って笑った。
(了)
1971年東京都生まれ。
1994年俳優デビュー。以降多くのドラマや映画に出演。京都国際映画祭2022で三船敏郎賞を受賞。2023年には映画『唄う六人の女』『探偵マリコの生涯で一番悲惨な日』が公開予定。
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