6000部から45万部へ!?『能面女子の花子さん』ブーム解剖座談会

「初版6000部の作品が、累計45万部に」――10人の編集者が聞けば10人が「まさか」と言うであろうこの数字を達成した作品がある。それが、講談社の雑誌「ITAN」で生まれ、来たる8月7日より「コミックDAYS」で移籍連載が始まる『能面女子の花子さん』!この奇跡はどのように成し得たのか――? コミックス最新4巻発売を記念して、作者・織田涼、担当編集2人の座談会にて、その秘密を解き明かす!

6000部から45万部へ!?『能面女子の花子さん』ブーム解剖座談会

「初版6000部の作品が、累計45万部に」――10人の編集者が聞けば10人が「まさか」と言うであろうこの数字を達成した作品がある。それが、講談社の雑誌「ITAN」で生まれ、本日8月7日より「コミックDAYS」で移籍連載が始まった『能面女子の花子さん』!

↑コミックス最新第4巻、好評発売中!(特装版は紙版のみの発売です)

 

この奇跡はどのように成し得たのか――? コミックス最新4巻発売を記念して、作者・織田涼、担当編集2人の座談会にて、その秘密を解き明かす!

——本日はよろしくお願いします!

 

織田(中央):作者の織田涼です。
米山(左):前担当編集の米山です。
田久保(右):つい先日担当を引き継ぎました、田久保です。

——言っていいのかわかりませんが………怖い! そして、誰が誰だかわからない! 能面が気になりますが、まずは順を追って…そもそもの織田先生と講談社との出会いは?

織田:もう4年前でしょうか。関西COMITIAに持ち込んだ時に、ITANの前編集長に見ていただいたんです。その時は8ページぐらいの4コマ漫画で、小面(※こおもて…能面の一種)だけじゃなくて他の能面も使ったいろんなキャラクターが出てくるオムニバスだったんですが…

——待ってください! そもそも、なぜ能面を題材に

織田:実は、それまでは西洋文化やファンタジー系の少女漫画を描いていたんです。でも、好きだけで描いていたからか、投稿しても次に繋がらなくて…。どうすれば目に留まるかを根本的に題材から考え直さなければと思い、カルチャーセンターにネタを探しに行ったんです。そこで、能面に辿りつきました。

——ネタ探しにあたって、カルチャーセンターを選ばれたのはどうして?

織田:好きなことだと視野が狭くなるので、客観的に何が面白いのか取捨選択できる立ち位置から、あんまり知らない世界を見てみたらよいかなと思ったんですよね。カルチャーセンターを選んだのは、世間の流れを見ていて、和風の漫画が流行りそうだなって考えていたこともきっかけです。中でも能面を選んだのは、見た目のインパクトが一番強かったから。能面漫画が本屋さんにあったら絶対に目に留まるなって。

——計算ずくだったんですね。

織田:歌舞伎や落語に対して、能楽を題材にした漫画はあんまりなかったですしね。私は新人なので、名前で手に取ってもらえることはまずない。そうなると“表紙映え”する必要があって、そしたら「インパクトがあるアイテムを借りないと!」って。

↑作戦は功を奏し、コミックスは間違いなくインパクトの強い表紙に。

 

——能楽も、実際に見に行かれたり?

織田:花子を描き始める少し前くらいから定期的に行っています。お能は『平家物語』や『源氏物語』などの古典文学をテーマにしていて楽しいですよ。屋内の能楽堂や野外ステージの薪能など、場所もさまざまで。でも正直に言うと、最初は…眠かった!(笑)
田久保:ストーリーがわからないと、何を面白がっていいのかわからないですもんね。
織田:そうなんです! やっぱり口上に慣れるまではとにかく眠くて。それでも、小面をつけた演者さんが出てこられたときには目が覚めました。「小面だ!」って(笑)。

↑能面にも種類がある……ことを、本作で初めて知った読者も多いのでは。

 

織田:その後、能面を中心にするなら、ストーリーよりギャグの方がきっと読みやすいだろうなとまず思いました。あと、設定の説明にページ数がとられないように、読者がイメージしやすい学園ものにしようと。…例えば、制服を着た女の子がいて、学校と“1年何組”っていうプレートと机が並んでいたら、「これ女子高生の話なんだ」ってすぐわかりますよね。

↑モノローグなど、文章での説明を極力省いた構成。

 

米山:「能面をつけた女子高生」という題材が一目で伝わります。
織田:書店での“試し読み”も冒頭の数ページが勝負なので、パッと見で内容がわかるものを意識しました。
田久保:織田さん、投稿時代から、書籍化した時の試し読みまで見据えていたんですね…。編集者みたい!

——なるほど、話を戻して…関西COMITIAに持ち込まれた時の感触はいかがでしたか?

織田:ITAN前編集長さんに「小面を中心に描いていったらどう?」って言われて。
田久保:すごいアドバイスですね(笑)。
織田:「女子高生と小面の組み合わせが面白いからそれを中心にした方がいい」って。直した原稿をITANの新人賞に応募したら、それを米山さんが気に入ってくれて、担当になってくださいました。
米山:新人賞の最終選考まで残っていたので、「めっちゃ面白い!」って高評価を付けました。能面をつけた花子さんが、飄々としているのが面白くて。この時は、デビューには至りませんでしたが、奨励賞を受賞しました。
織田:初めて電話をいただいた時、米山さんめっちゃテンション高かったですよね。「すごい好きです!」みたいなことをずっと言われて、最初はかえって不安になりました(笑)。でもお会いしたら、冷静に作品を分析して、花子をどうしたらいいのか考えてくださっていて。それから、デビューに向けた作品作りをしました。
米山:題材はそのまま、「能面でいこう」と話していましたよね。
織田:本当は、私は別のものも描きたかったんですよ? 元々はストーリー漫画を描きたくて漫画家をしていたので。でも、米山さんの押しがすごくて…(笑)。そうして描いたのが1巻の巻末にある読み切りです。それが新人賞を受賞したので、その内容をさらに連載へと繋げることになりました。

↑連載版とは細かな設定の異なる読み切り版。オムニバス形式で構成されている。

 

米山:受賞しましたよって伝えたときの、織田先生のテンションの低さは今でも忘れられない(笑)。「デビューですよ! やりましたよ!」って言ったら「はぁ…」みたいな感じ。「あれっ、嬉しくないの!?」って(笑)。
織田:私としては「ようやく最初のハードルを越えたな」という感じだったんです。漫画家としてご飯を食べていくには、そこからが長いですよね。元々、“どうしたら本屋さんで手に取ってもらえるか”っていうのを考えて花子を描いたのもあったので、「ここからだな」って。

——連載にあたって、意識して行ったことなどはありましたか?

米山:読み切りの花子は言動が少しギャルっぽかったのをおしとやかにしましたよね。連載なのでより愛されるキャラクターにしようとご相談しました。それから、主人公である花子さんに、夢や目標を持たせるか否かについても話し合いましたね。

↑読み切り版の花子には、連載版よりも女子高生らしい一面がチラホラ。

 

織田:能面だけでもキャラが立っているから、他の特徴や目的を持たせるのは逆効果かなと思っていたんです。その分、周りで“花子”を象ろうと考えました。花子の個性が映えるように、サブキャラの香穂は小柄でふわっとした感じの女の子にしたり…逆に花子の“普通”の面を強調するために、けんちゃんっていう友達キャラを出したり…あとは、能面をつけているなら、能楽師が興味を持つだろうなとか。何話に誰を出すのか計画を立てて、1巻からいろんなキャラクターを盛り込みました。
田久保:織田先生は、コミックス1巻ではどんな話まで収録すべきかとか、考えていらっしゃったんですよね。
織田:“1巻が売れなかったら連載は終わるかも”と聞いていたので、ここが重要だなと。有難いことにまだ話を延ばしていいよと言ってもらえたので、今はちょっと風呂敷を広げています。とはいえ、連載するからには“終わり”は絶対に描かなきゃいけないので、常に考えながら描いていますね。

——連載開始後も、取材はちょくちょく行かれているんでしょうか?

織田:はい。最近取材を兼ねて、米山さんと能体験も行きました。誘ったら、「能やるの?じゃあ私も」みたいな軽いノリで(笑)。
米山:なかなかそういう機会でもないとやれないので。大学の能楽研究会を取材させていただいたこともありました。
織田:やっぱり取材すると、より臨場感を表現できて、説得力も生まれますよね。能楽師の人の仕草とか能面の扱いとか、その場にいないとわからない舞台裏を拾いたいんです。以前描いていたファンタジー作品では、“私が”好きなシーンや好きなものを描いてたんですが…私が大好きな漫画にはなるけど、他の人には読んでもらえないんです。経験則に基づいた方がいろんな人に読んでもらえる。実際に感じた面白いことをどんどん漫画に取り入れなきゃって思うので、取材は結構行っています。
田久保:取材が好きな方は、漫画家さんとして息が長い印象があります。編集者の指示を待つんじゃなくて、自分でスタスタと行っちゃうような好奇心の強さ。
織田:外に行ってインプットしないと。引き出しには限界がありますから

——他に、編集サイドから何かリクエストされたことは?

米山:最初の頃は、ネームをだいぶ描き直していただきましたよね。
織田:1〜2話の頃は特にひどかったですからね。米山さんは、私よりも「花子ってこういう子だよね」っていう核があったので、私自身ハッと気づかされることが多かったです。
米山:花子がいい子だからこそ、読者の方も好きになってくれるのではという思いが強くありました。奇異な見た目をしているけど堂々と生きている、そこに共感してくれる人も多いのではって。…でも、織田さんには共感してもらえない(笑)。
織田:私は逆に、花子はちょっと子供だなという気がするんです。悩みを乗り越えて周囲の目を気にしないんだったら強い子だと思いますが、ただ無頓着な子供だから(笑)。米山さんとはツボが違った分、私にないところを補完してくれて、すごくよかったです。反対に、現担当の田久保さんは感性が似ているのですごくわかりやすいです(笑)。

——そうして世に出したコミックス…反響はいかがでしたか?

米山:コミックス発売にあわせて、いろんな電子書店さんが推してくれたんですよね。Yahoo!ブックストアさんには特設ページを作ってもらったり。他の電子書店さんも、バナーを設けてくださったり…その広告の力はとても大きかったと思います。リアル書店さんも作品を面白がってくれて、店頭で能面を飾ったりして盛り上げてくださいました。
田久保:と言うより、米山さんが書店さんに能面を送ったんですよね? 自腹で!

——自腹で!? ハッ、さっきからつけているその能面ですか!?

↑先生との体験取材を経たからか、面のハマり具合も堂に入っている?

 

米山:いえ、今つけている面は、経費で購入したものです(笑)。けれど確かに1巻発売時は、とにかく書店店頭で目立たせたくて、ネットで調べて20個くらい買いました。本当の能面は高すぎたので、お祭りなどで見るプラスチックのお面ですが(笑)。初版部数が少なかったのもあって、意地で「売ってやる!」って思ったんです(笑)。
田久保:初版6000部でしたよね。今は累計45万部ぐらいになりました。
織田:ありがたいことです…。

——と、とんでもない伸び率…!! 6000部でスタートして、重版はすぐかかった?

米山:結構すぐ決まって、「よし!」って思った記憶があります。最初は確か2000部で、3週間後くらいに4000部、次に1万部…と、倍々ゲームみたいでした(笑)。
織田:重版かかったってすごく言われるんですけど、本当に小刻みにでしたよね。3巻あたりからは、初版をガッと刷っていただくようになって、今に至ります。

——6000部が45万部に…その1番の理由を言うとすると、何だったのでしょうか。

田久保:根本ですけど、やっぱり能面だったのがよかったんじゃないかと思います。能面の見た目の怖さって、やっぱりインパクトがあるというか。好きと嫌いって紙一重ですよね。今まで全く開かれていなかった可能性を織田さんは切り開いたのかなと思います。なおかつ、織田さんは“多くの読者に読んでもらいたい”って、目的がはっきりしていますよね。ただ「能面好きだから」とか「描きたいから」ではなかったことが、一番よかったのかなと感じます。
米山:私はやはり織田さんの戦略がすごかったなと。なかなかここまで、いい意味で割り切って「売るんだ!」って思って描けないと思うんです。自分の絵がどういう絵で、読まれるためにはどういう題材がいいかということを本当に考えているから、頭が下がる思いですね。“描きたいものを描いていた”頃から、今の境地に至れたことがすごいです。
田久保:本当ですね。
米山:売れなくてもいいから描きたいものを描きたいと言うなら、それもひとつの創作のあり方だと思うんですが、本当に売れたいなら、腹をくくった方がいいのかもしれない。
織田:投稿時代、編集さんのアドバイスで「好きなものを描いていいよ」と言われたけれど、好きなものを描いてもネームが通らないことがたびたびありました。そんなことが続くと自分を否定されたような気持ちになって卑屈になって「なぜネームが通らないのか」と堂々巡りな悩みを抱えていました。でも、本当に考えるべきは「どうしたらネームが通るのか」ではなく「どうしたら多くの人に読んでもらえるのか」だったと思うんです。「好きなもの」を描くのはいいけれど、「好きなものを人にわかってもらう」努力が圧倒的に欠けていた。私が今、商業誌を目指していた頃の私にアドバイスするとすれば「自分だけが描いて気持ちいいものは、落書き帳でやっておけ」です。

——乗り越えたご本人だからこそ言えるお言葉ですね。

織田:今はネットや同人誌など、商業誌でやらなくても発表の場はいくらでも開けているんです。それでも、同人誌であってもお金を出して買ってもらうなら読まれることを大前提にしてそれなりのクオリティで描かなきゃいけないですよね。「漫画を描く」をお仕事にするなら、なおさらだと思うんです。
米山・田久保:(静かに頷く)
織田:その考えに至れたのは今まで指導して下さった方のおかげだと思うし、ここまで来るのは私一人では絶対に無理だったと思うので、本当に感謝しかないです。

——これからの『能面女子』はどうなっていくんでしょうか?

田久保:私はもっと花子さんのいろんな面を見たいなと思っています。
米山:どんな面!? いい子じゃない花子さんになっちゃうの…!?
一同:(笑)。
田久保:恋したらどうなるのかとか、何か秘密を負ったらどうなるのかとか。いろんなが今後ついていくのかなと。
米山:私は、もう担当を離れてしまいましたが、今後も登場キャラクターのみんながわちゃわちゃとやってくれたらいいなぁと思います。
織田:あとは…やっぱり花子が面を取るか取らないか問題を、どう着地させるかですね。

——能面の下にある花子さんの“素顔”は、先生の中ではハッキリしているんですか?

織田:最初からあります。けど、見たくない人も中にはいるのかもしれないので悩みどころですね。あとは…最初は花子をどう終結させるのかってことだけを考えていたんですけど、これだけ他のキャラクターも育ったので、それぞれの終着点っていうのも描いてあげたいです。恋愛要素とかもちょっとは入れられたらなと。
田久保:今後の展開を楽しみにしていただければ! 因みに4巻では特装版もあって、リフレクターが2種類ついてきます! 米山さんのアイディアです(笑)。
米山:光りますよ〜。

↑光る花子さんといつでも一緒にいられる。特典グッズのアイディアにも能面愛が。

 

米山:男女関係なく楽しめる物語ですから、だまされたと思って読んで欲しいです。読んだらなぜか絶対、能面が可愛く思えますよ!(笑)
織田:小面は、描くたびに新しい発見があるんです(笑)。ぜひ、読んでみてください!

——ありがとうございました!

…初版6000部から45万部発行を達成した奇跡。それは実は“奇跡”ではなく、読んでもらうための多くの“戦略”、作品の奥行を深くするための度重なる“取材”、担当者や各書店の“熱意”“愛”によって、起きるべくして起こった必然だったのかもしれない。