『だんドーン』第1巻発売直前! 作者・泰三子氏×監修者・下豊留佳奈氏 「薩摩」と「川路利良」を愛してやまない2人の特別対談!

10月23日(月)に『だんドーン』待望の第1巻が発売されることを記念して、作者・泰三子氏と作品の監修を務める郷土史家・下豊留佳奈氏(鹿児島県出身)に寝ても醒めても考えてしまう「薩摩」と「川路利良」について、語ってもらいました! 「薩摩の不思議な文化」、「『ハコヅメ』との繫がり」、「川路・源そっくり問題」、「川路に対する誤解」など、読めばもっと『だんドーン』と『ハコヅメ』が楽しめる内容が盛りだくさんです。皆様、ぜひご一読ください!

 

仙巌園にて桜島をバックにパシャリ。

10月23日(月)に『だんドーン』待望の第1巻が発売されることを記念して、作者・泰三子氏と作品の監修を務める郷土史家・下豊留佳奈氏(鹿児島県出身)に寝ても醒めても考えてしまう「薩摩」と「川路利良」について、語ってもらいました!
「薩摩の不思議な文化」、「『ハコヅメ』との繫がり」、「川路・源そっくり問題」、「川路に対する誤解」など、読めばもっと『だんドーン』と『ハコヅメ』が楽しめる内容が盛りだくさんです。皆様、ぜひご一読ください!

下豊留佳奈 profile

志學館大学教授の原口泉氏の秘書を務め、NHK大河ドラマ『西郷どん』の史料取材協力や、鹿児島テレビ開局50周年記念ドラマ『前田正名‐龍馬が託した男‐』の時代考証を担当。2020年より「オフィスいろは」を立ち上げ、鹿児島を盛り上げるためにフリーの郷土史家として活動中。第一工科大学と鹿児島第一医療リハビリ専門学校の非常勤講師。
著書に『鹿児島偉人カルタ55』(燦燦舎)。

お着物について

鹿児島県奄美大島の伝統工芸品である大島紬を着用いただきました。光沢感のある上品な生地と、軽い着心地がお気に入りだそう。大島紬は、ストールやネクタイなどの小物も生産され、鹿児島のお土産としても人気です。

撮影場所:仙巌園

鹿児島県にある島津家別邸「仙巌園」。日本を代表する大名庭園であり、鹿児島を代表する観光名所。桜島を望む雄大な庭園に加え、殿様が暮らした御殿があり、お食事やお土産物の施設も充実している。また隣接地には、島津家に関する史料を展示する博物館「尚古集成館や、薩摩切子の製造を見学できる工場もある。

 

まずは、なぜ今、川路利良を描こうと思ったのでしょうか?

泰三子 (※以下、敬称略):川路利良は故郷からどれだけ嫌われても、最期まで自分の信念は折りませんでした。現代のネット上でよく見る光景ですが、攻撃的な言葉には攻撃的な人たちが集まり、「自分たちの意見が間違いなく正義なんだ」と暴走してしまう。西南戦争前の状況と非常に似ているなと個人的には思います。今だからこそ、無数の罵倒の中でも自分の信念を貫いた川路の生き方をたくさんの人に知ってほしいです。

川路の作った警察制度はフランスのものを手本にしていますが、薩摩の郷中教育*1にも親和性があるように思います。

泰:戦国時代の薩摩軍で、兄貴分と弟分でペアを組ませる手法があったそうです。お互いへの信頼や愛情があったから、裏切らずに命がけで戦う心構えに繫がると。互いの腕に入れ墨を彫りあったという逸話もあるので、相当強い絆だったようです。江戸時代になるとその習慣が郷中教育に変化します。お兄さんたちが、愛情を持って少年たちを教育する。そうやって育てられた少年たちは、「俺もあんなふうになるぞ!」と憧れ、精進するというシステムです。
同性同士のそういった繫がりを衆道と言って、薩摩ではすごく盛んだったそうです。川路の組織づくりは、郷中教育をかなり意識しているなと思うことが多々あり、今でも各都道府県警察では上下間の絆づくりをとても大切にしています。
だから『ハコヅメ』での藤と川合ペア、源と山田ペアの関係性は、薩摩の衆道文化を意識して描きました。『ハコヅメ』の世界観を描き切りたくて始めた『だんドーン』ですが、「ハコヅメゼロ」とおっしゃる方も多いようです。言われてみると本当にエピソードゼロみたいになったなと自分でも思っています。

『だんドーン』では、ハコヅメファミリーの大先輩である川路を描いていますが、読者の間では、「川路が『ハコヅメ』の源に似ている」との声も上がっています。

泰:98%は私の描き分け能力が原因です!
ただ、残りの2パーセントくらいは、源が警察2世(父も警察官)で、ずっと駐在所で 警察官に囲まれて育ってきたキャラクターだからだと思います。川路の言動をまとめたものを、警察では職務倫理の教科書にしているので、「理想の警察官=川路利良」みたいな部分もあるかと思います。
子供の頃から理想の警察官像に矯正させられた源は、無意識に川路大警視の言動に寄せるように成長していくことになります。
だから私としては、2人のキャラクターについて、言動は似ていても人格は全く似てないと思って描いています。
見た目が似てしまったのはもう、全て描き分け不足です。私の能力の限界です。

 

川路たちを育んだ地・薩摩。

 

作品でもすでに薩摩の衝撃的な文化や精神性がたくさん描かれていますが、そのあたりについて語ってもらえればと思います!

下豊留佳奈(※以下、敬称略):基本的に描かれているのは、全部本当にあった文化です(笑)。七話に出てくる“肝練り“は「天井に銃を吊るし、回転させ、輪になった男たちは発砲に怯えずに酒を飲み続け、怯えた人は切腹する」というものですが、これはいわば度胸試しですね。「戦で逃げない、何があっても動じない」という気持ちを試すものです。

戦の前に肝練りで死んでしまいそうですが…(笑)

下: そしてもう一つは“ひえもんとり”ですね。「処刑された罪人の死体を男たちが奪い合う」という薩摩武士の奇習です。優勝したらものすごく名誉なことで、死人の肝も与えられるそうです!

泰:たとえば、総理大臣になった山本権兵衛も薩摩出身で、ひえもんとりがめちゃくちゃ強かったらしいですね。

下:みんなが尊敬するんですよ。「総理大臣になるのも納得、ひえもんとり強かったからね」みたいな(笑)

実際の総理大臣の名前が出てくると一気にリアルになりますね(笑)

下:勝者は肝を食べることができるのですが、肝は栄養があるから、みんな手に入れたいんです。

人の肝を食べるんですね…現代人には想像のつかない世界ですね(笑)

下:そうですね。昔は、人胆は起死回生の妙薬とされていました。鹿児島では今でも武道仲間でレバーを食べることがあり、ひえもんとりの名残りだと聞いています。

他にも薩摩の食文化は特殊なものがあったのでしょうか?

下:当時の平均的な日本人と比べて、薩摩の人は体格が良かったと言われています。おそらくそれは、食べ物に関係すると思います。
まず、肉をあまり食べない時代に豚肉を食べていました。とにかく豚を大事にしていて、「家の一番良い部屋で育てて食べていた」、「大金を払って豚を買い、一文なしになった人がいる」という話があるくらいです(笑)
精をつけるものとして、ニンニクもよく食べられていました。薩摩の人はよく「芋侍」と言われていましたが、ニンニク臭いと馬鹿にされることもあったみたいです。
あとは、うなぎ!

スタミナのつくイメージのあるものばかりたくさん食べているんですね(笑)

泰:花街で、いかに薩摩藩士が嫌われていたかという歌や逸話が多数残っていますが、ニンニク臭いなら納得です。あと当時の遊郭の女性から多かったクレームが“長い” 。「じんばり」って言うらしいですが、貧乏な分、お店で損したくなくて体力のままに頑張るらしいです。薩摩藩士がモテる要素が資料をめくってもめくっても出てこない。

有村三兄弟の登場した七話を読んだ多くの人が、当時の「男性観」と「女性観」にすごく興味を持ったと思います。

下:郷中教育で、男は女をジロジロ見るなというような教えがあるのですごく納得できる。鹿児島の人たちは読んでいて、「おお!」ってなったと思います。現在はそんなことはないと思いますが…。
また口数が多い人は、好かれない傾向はありました。当時の武士たちには「多くを語るな」っていう考え方があったと思いますね。

泰:おしゃべりな人は出世しづらかったみたいですね。
チャラチャラした人は、先輩から嫌われて男の輪の中に入れないから出世もできなくなるようです。その代わりに美少年を可愛がるっていう文化ができて。郷中の美少年には振袖を着させて日傘をさしてあげていたそうです。そしてそういう美少年が性暴力の被害に遭わないように、郷中の二才(青年)たちが夜は代わりばんこで警備をしてあげていた。

下:美少年、美青年っていうのは、薩摩の中では大人気です。ただ、女性は男の子を立派な武士に育てることを誇りに思っていたので、女性が遠ざけられ、虐げられていたというわけではありません。郷中教育では後輩が先輩の家に来て、母親の目の届くところで勉強しますし、寝る時は軍記物語を読み聞かせて教育していたようです。

泰:公に対して恥ずかしいような卑怯な行いをした息子に対して、母親のほうが切腹を迫るという逸話も残っていて。「あんた、そんなんだったら腹を切りなさい、腹も切れないんだったら首をくくりなさい」って𠮟りつけて、実際にそうさせています。好戦的で気合の入った薩摩の女性は多かったようです。

下:だからいわゆる男尊女卑という認識だと、ニュアンスが違います。逆にメインに女性がいるんです。そこを踏まえて読んでほしいと思います!

 

『だんドーン』は史実?

 

先ほどの薩摩文化のところでも少し触れていますが、読者の間では「どこまで史実なのか」という声も聞きます。

下:「タカはオリジナルキャラなの?」と聞かれることが多くて、実はモデルがいますよね? 言わないほうが面白いですかね?

泰:言いたいです! 言いたいです!
大河ドラマの『花の生涯』にも登場しますが、ちゃんと「村山たか」というモデルがいます。オリジナルの要素は多いですが、そういう女性が井伊直弼にはいたんだよ、というのは知ってほしいです。井伊直弼はイイ男だったんだよ、って。
多賀者については創作ですが、政治体制側の密偵として、日本で初めて女性の名前が出てきたのが村山たかです。だから敬意をもって描かないといけないと思っています。

西郷隆盛のキャラクターについて「新解釈だ」と言われることが多いですが、なぜこのようなキャラクターにしたのでしょうか?

泰:西郷の人生を見た時に、語り継がれている「神様のように全てわかった上で行動している人」として描くと、晩年の西郷のすごさが出せないような気がしたんです。幕末から明治にかけて、多くの人の意識が変わっていく状況で、彼は陸軍大将という誰も経験したことのないすごい官職についても、ずっと薩摩の小役人時代からブレない。彼だけが規格外の純粋さや真っ直ぐさを持ち続けていて、だからこそ様々な誤解もあったし、問題も起きてしまった。薩摩がチーム戦で幕末維新を進めていく中で、最終的に西南戦争にたどり着いてしまう結果を考えると、西郷を神様のような人格者として描くとすごく安っぽいキャラになってしまうと思いました。それでもやっぱり最終的には、「西郷は100年に1人の人間だった」というのは表現したいので、自分なりに考え抜いた結果が、あのキャラクターだったんじゃないかなと思います。

西郷は本当にこんな人だったんじゃないかと思ってしまうくらい良いキャラクターだと思います。続いて川路について、「ここを見てほしい」などありますか?

泰:川路が嫌われているのは「西郷に取り立てられて出世したのに、西南戦争では西郷を裏切った人」という通説のせいなのですが、それが間違いだと絶対に知ってほしいです。第一話の通り、13歳で斉彬に取り立てられて以降、島津家に信頼されて暗躍していた人なので。

下:川路が『だんドーン』のような描かれ方をしたのは初めてだと思います。「やっと川路の誤解が解けるのか!」と思えて、私はすごく嬉しかったんですよね(笑)

泰:あと大久保利通の腰巾着みたいに誤解されている場合も多いです。川路は大久保に非がある場合はきちんと「それはダメ」って言っていますし、2人の間では対等な協力関係が築けていたと思っています。川路が守りたかったのは政府の権力者ではなく、国民だったんだよ! と伝えたいです。

下:川路はすごく誤解されている人です。そもそも情報が少ない上に、Wikipediaでも禁門の変からしか説明がないため、未だに悪いイメージが付きまとっているのだと思います。『だんドーン』を通して、川路の良さを知ってもらいたいです。

泰:「幕末史ほぼ皆勤賞男」ですよね! こんなに幕末の事件事故に参加してる人他にいる!? ってくらい、たくさんの出来事に関わっていてびっくりします。

そんな、隠れた仕事人である川路を描く『だんドーン』ですが、作品を作る際に気を付けていることはありますか?

泰:歴史物は突っ込まれることが多いですが、ビビりながら描いてると絶対面白くないので、あの世に行った時に、モデルにさせていただいたご本人にきちんと説明ができるように創作をするというのは心がけています。だから好きになってからじゃないと名前付きで出しません。

なるほど。そんな大変なルールが…。ありがとうございました!
終わりにお2人から一言いただきたいです!

泰:今、山縣有朋の魅力を探し続けています。彼を避けては通れないのですが、まだ私の力不足で好きになれるポイントを見つけられていません。功績を考えると、間違いなく魅力を持っていたはずの人なので、そこを見つけられない私がひたすら悪い。「ここに行けばハマるぞ!」「こんな良い逸話があるぞ!」みたいな情報、是非教えてください。

下:『だんドーン』を読むと『ハコヅメ』がさらに面白くなるから、もう一度最初から読み直してください!

泰:『ハコヅメ』は川路の言動をまとめた『警察手眼』(けいさつしゅがん)をネタ帳にして現代風に引用した部分も多いので、下豊留さんに気付いてもらえて嬉しかったです!『ハコヅメ』内の「隠れ川路」を見つけてもらえた! って。でもそこに気づいたの担当編集さんじゃなかったか…。

すみません…。

下:皆さんも一話から読み直しましょう(笑)

 

文責:編集部

※本対談は2023年9月、感染対策をして取材を行いました。

 

 

『だんドーン』を1話から読む!

 

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*1:武士の居住地を「郷」という単位に分け(現代でいう町内会)、同じ郷に住んでいる仲間同士でおこなう教育システムのこと。