『あいだにはたち』ミサさんの行為は”精子泥棒”!? 現役弁護士がジャッジした!

優秀な遺伝子で子どもを作ろうと目論むミサさんに一目惚れし、25歳の大学院生である兄の名を騙ってセフレとなった男子高校生・高江玲於奈(たかえれおな)。そんな二人のサスペンスフルな関係を描いた『あいだにはたち』(さおとめやぎ/コミックDAYS連載中)の第2巻が発売中! 高江くんを相手に戦略的に立ち回り、優秀な精子を狙うミサさんの行為は「精子泥棒」となり犯罪ではないのか? 本記事では、そんな疑問を現役弁護士・田畑淳先生へぶつけてみました!

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優秀な遺伝子で子供を作ろうと目論むミサさんに一目惚れし、25歳の大学院生である兄の名を騙ってセフレとなった男子高校生・高江玲於奈(たかえれおな)。そんな二人のサスペンスフルな関係を描いた『あいだにはたち』(さおとめやぎ/コミックDAYS連載中)の第2巻が発売中!

高江くんを相手に戦略的に立ち回り、優秀な精子を狙うミサさんの行為は「精子泥棒」となり犯罪ではないのか? 本記事では、そんな疑問を現役弁護士・田畑淳先生へぶつけてみました!

プロフィール
田畑淳(たばた じゅん)…… 溝の口法律事務所所長 東京大学、慶應義塾法科大学院卒業。東京と横浜の法律事務所で勤務の後、2010年に神奈川県川崎市にて溝の口法律事務所を開設。 夫婦・離婚の問題や不動産、中小企業の支援など、幅広い分野で活躍中。

協力:永島友悟(ながしま ゆうご) ……弁護士(日本、ニューヨーク、コロンビア特別区登録) Sterne, Kessler, Goldstein & Fox法律事務所所属

ミサさんはギルティ・オア・ノットギルティ?――精子泥棒は罪なのか!?

――本日は田畑先生に、『あいだにはたち』で描かれた出来事について、いろいろジャッジしていただきたいと思います。よろしくお願いします!

田畑: よろしくお願いします。今回の企画を聞かせていただいた時、興味深い事例だなと思いながらも思わず笑ってしまいました(笑)。とはいえ、真面目に考察していきますので、どんどん聞いてください。

――さっそく直球の質問ですが、ミサさんが行っている行為は「精子泥棒」ではないのでしょうか?

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田畑: 盗む、騙し取るということで問題になりうるのは“窃盗”か“詐欺”です。窃盗も詐欺も、財物に対して行われる行為ですから、簡単に言えば「精子が財産に当たるのか」が問題になってきます。それに当たったとしても、任意で性行為をした場合に「窃盗」を問うことは難しそうです。
また、詐欺についてミサさんは「ピルを飲んでいるから大丈夫」と言って高江くんと性行為をしているわけですが、そういった嘘をついて妊娠・出産したことに関してペナルティを問うことは難しいでしょう。
コンドームやピルは避妊率が100%ではないと表記してあり、社会通念上でもそのように認識されていることから、裁判所も100%避妊できる性行為はないという前提で考えていると思われます。実際、2000年頃に、イギリスでコンドームに欠陥があった結果妊娠したと主張する人がコンドームメーカーの「デュレックス」を訴えた事案がありましたが、ユーザーが敗訴しています。

――なるほど……! コンドームに穴を開けたとか、そういった行為も罰せられないと。

田畑: どこまでが詐欺かという話だと、「今日は安全日だから」と言われたら詐欺になるのかとか、嘘のレイヤーもいろいろありますし、「絶対避妊できたはずなのに!」という立論自体も現実問題としては成り立ちにくいんです。

――男性側が全く知らない内に女性側が妊娠して裁判に至った、というケースはあるのですか?

田畑: 日本では、妊娠への経緯はさておき、生きている父親の生物学上の子であれば親子関係を認める傾向があるように感じます。例えば昨年の奈良地判で「別居中の妻が、夫の同意なく冷凍精子で妊娠した」ケースで、父子の関係を認めています。ただ僕自身の興味もあって、友人でありワシントンD.C.で国際的に活躍している永島弁護士に海外の事例を教えてもらいました。その中で興味深かったのが、元々付き合っていた男女の間で、女性が検査と偽って男性から精子を受け取り、人工授精をして妊娠したというケースです。

この事例では、デラウェア最高裁で争った結果、女性が年齢を偽っていたこと、「既に妊娠している」と嘘をついていたこともあり最終的に「男性は騙されたのであって、子供を作ることに合意していない」ということで、法律上の父親ではないと判断されていました。ただ、本作のようにSEXに合意していることと、検査だと偽られて精子を渡している違いはとても大きいため、この件と同様に考えて高江くんが父親としての義務を免れるとは思えません。

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まんまとミサさんの嘘を信じてしまう高江くん。でも、誘いに乗った以上は……。(第3話)

いつか“精子”に値段がつく!?

――精子を奪うこと自体は罪に問われないのでしょうか?

田畑: 「人間は財産として扱えず、人体の一部も同様に財産ではないが、人の身体の一部が分離され人から区別されるに至った場合にはそれが財産になる余地がある」というのが一般的な学説です。例えば、臓器が何百万という価格で取引されたときに、臓器取引は違法性が強かったとしても臓器の財産的価値自体は否定できないという議論があるんです。精子の場合は、将来的に冷凍精子が取引されるようになった場合、財産として扱われることはありうるのかなと思います。

――優秀な精子(遺伝子)によって価値も変わってくる?

田畑: 私は価格面についての知識があるわけではないですが……それは臓器売買と同じ議論で考えられそうですね。誰かから臓器を買う場合、若くて健康な人のか、重い病気を持った人のかで、差が出てきますから。作中でも、運動率が高い精子のほうが、海外の売買サイトで高値が付くというお話がありましたよね。
精子も絶対に妊娠したい人が使うものだと思いますので、提供者が健康なほうが価値が高まるであろうと考えられます。一方、受精卵の場合は人間に近くなりすぎていて、財産として扱うのはどうか、という議論がありますね。

――現段階では、受精卵はどういった扱いなのでしょう?

田畑: 今のところ、法律上受精卵は人間ではないし、受精卵を潰したとしても殺人罪には該当しないのですが、かといって物として扱うには生命そのものに関わりすぎている。人としては認めないまでも、物としての価値はあるとしないといけないのではないか、という議論があります。
例えば、人工授精を考えている人間の受精卵を意図的に壊したという事例があったとして、それは人ではないので殺人に当たらず、モノでもないので器物損壊にも当たらず、隙間のようなところで罪に問えないことになるんです。私は受精卵を壊したことに関する判例は存じませんが、捜査の現場では、受精卵を培養するための器具を壊したことに対する器物損壊として立件するような方法も考えているようです。

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若くて優秀な遺伝子を求めるミサさん。(第6話、第15話)

もし現役の弁護士が高江くんを弁護するとしたら!?

――もしもミサさんに子供ができて困った高江くんが田畑先生の事務所を訪れた場合、どのようなお言葉を掛けますか?

田畑: ここまでのお話は、精子は欲しいけど彼には魅力を感じないという非常にデジタルな考えで行動しているミサさんありきですからね。実際に高江くんがやってきたら、弁護士としては「性行為をしたけど、子供を作るつもりじゃなかったっていうのは通じないから、養育費は払わないとダメですよ」というごく当たり前の回答をすることになりそうです(笑)。

――なるほど(笑)。高江くんは現在18歳の高校生ということで、年齢的に斟酌されることはあるのでしょうか?

田畑: 騙す側が悪いという話をする時に、もちろん未成年を相手に騙してという話はあるのですが、成年が18歳に引き下げられたら成年とみなされますし、結婚すると大人扱いという点では男性が18歳で大人になる状況はありえます。その点で高江くんが18歳という設定は本作の絶妙なポイントですよね。事実関係は複雑です。どの局面で騙されたかによっては「高校生だからこんなことは判断できなかったかもしれない」と斟酌されるかもしれません。大学院に通っている高江くんのお兄さんが騙されるケースとは扱いが変わってくることもあろうとは思います。ただ、高江くん自身が“成年”と偽っていることはマイナスですね。

――逆に、ミサさんは高江くんを帝工大の生徒で、優秀な遺伝子を持っていると思い込んだ上で関係を結んでいますが、ミサさん側が高江くんの嘘に気付き、損をしていると捉えた場合はどうなりますか?

田畑: 広義の「学歴詐称」の問題と言えましょうか。実は、夫婦も含む男女関係について、法はあまり「学歴」を重視しません。入社の際の学歴詐称と違って、男女関係において学歴は本質ではないと考えているのかもしれません。そうした嘘について慰謝料を求めても、認められない可能性が高いです。そもそもミサさんは勝手に高江くんを大学院生だと信じて、しかもセフレと言っているんだし、何か損を問える状況ではないだろうな、とも思いますけれども(笑)。

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高江くんの嘘がいつバレるかも、作中のサスペンス度を高めるポイントの一つ。(第9話)

高江くんは、「無敵」

――仮に高江くんがミサさんに養育費を払う場合、どのくらいの額になるのでしょうか?

田畑: 高江くんの収入が0円なら、養育費も0円です。私は財産・収入が全くない敵方からは1円も回収ができないので、皮肉を込めて「無敵」と言ったりもしますが、何も持ってない人は何も取られません。
ただ、本質的に養育費は毎年見直さないといけないものです。もし子供と一緒に暮らしていたら、その月のお父さんの収入からいくら子供の生活費が出るかという話じゃないですか。年収が上がったら金額を見直すことは当然であり、例えば私がミサさんの代理人に入ったとしたら「彼は大学生だから、まだ養育費はとれません。でも、彼が就職したら養育費の調停を行って見直しをしましょう」となっていくと思います。

――ちょっと本題からは逸れてしまうのですが、養育費はどういった計算で算出されるのでしょうか?

田畑: 養育費は「算定表」と言われる表に表れる計算方法が一つの目安となっていて、支払う側の年収によって増えていきます。

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養育費・婚姻費用算定表

 

――年収400万だった場合、母親側は月4万円ほどしか貰えないのですね。

田畑: 月4万円の場合、子供が塾や私立の学校に通うとなったら、全く賄えないわけです。そういったケースも多かったのか、ちょうど最高裁判所が今まで運用されていた養育費の算定表について、最大1.5倍まで見直しを検討するというニュースが出ていました。ただ年収400万の場合、手取りで20万前半くらいですよね。そこから毎月キャッシュで4万円だったのが、仮に1.5倍になって毎月6万になると、負担する側にとっては結構シビアになってくると思います。

――もし養育費を払うことになった場合、嘘をつかれていた高江くんの中には不公平感が生まれそうですね。

田畑: おっしゃる通り、騙して妊娠した女の人が養育費を取るのはずるいんじゃないかという観点が出てきます。ですが、法的には「母親」と「子」を完全に分けて考えるため、母親が父親を騙していたとしても、生まれてきた子供は両方の親に対して養育費を請求することができるんです。
これは「子の福祉の観点を重視するべきだ」という言い方をするのですが、子供は責任なく生まれてきているのだから、子供が親の事情のせいで割を食うようなことをしてはならない、ということになります。
養育費は女が貰っている、という感覚を男側が持ってしまうことがあるのは、母親が子供の財産を管理しているからお金の動きがそう見えるだけなんです。実際は既に親のフェーズから子のフェーズに移っているので、養育費の請求についてはなんら問題がないことが行われていると言えます。

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ミサさんが既婚者ではないかと疑い、不安に駆られる高江くん。相手がミサさんだったからいいものの、本当に心配すべきは養育費だった……?(第10話)

現在の法では精子泥棒は罪にならない! でも、これからは……?

――現時点では、ミサさんの行為が犯罪になるということは基本的にはないわけですね。

田畑: 今の法律では彼女が捕まる可能性はないと思います。ミサさんって、そんなに悪いことをしているわけじゃないんですよね。彼女は高江くんからお金を騙し取るつもりはありませんし、高江くんも損害を受けて困っているわけではないですから。

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言われてみれば、高江くんいつも幸せそうです……!(第12話)

 

田畑: ただし、これから絶対的な避妊方法が現れて、「子作りのSEX」「楽しみのためのSEX」を完全に切り分けることができる世の中になった場合、この『あいだにはたち』でミサさんが行っているようなことに対して、賠償責任以前に「本当に自分の子供なのか」という議論が発生することがありうると思います。
現代法の枠組みは体外受精や人工授精がない時代に作られていますので、生まれてきたら男にも責任はあるというのが大前提となっているんです。が、さきほど挙げた男性側が知らないところで人工授精を行われた事例のように、全く子供を作る意志がないにも関わらず、子供が作られてしまうケースも出てきているわけですから。それこそ、完全に体外受精ができるようになると、闇市から仕入れた有名人同士の卵子と精子を掛け合わせて最強の子供を作るみたいなことをやられたら、親も、何より生まれてくる子供もたまったものじゃないですよね。

――技術の進化によって、法律上の扱いなども変わってくると。

田畑: 受精の仕方は20年前の人たちと我々の世代では認識も違うと思いますし、20年後はさらに違っているでしょう。それに伴い、扱われ方も変化していくと思います。

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とことん冷徹に優秀な精子を求めるミサさん。今の法律では罰せられることはないようです。(第12話)

 

――今後、先程の養育費の話のときのように、子供のフェーズに移ったから……とは言い切れない事例が増えていく可能性もありうるのですね。

田畑: 現在でも、アメリカの裁判で、「子供ができて責任をとらされるということは父親にとっては平等に違反する」と主張した人がいるんですよ。どういうことかと言うと、母親は自分で子供を生むか生まないか決められる。でも、父親は受精した後、堕ろせと言って無理やり堕ろさせることはできない。
つまり、性行為をしたら、あとは母親だけが主導権を握っている状態になるけれど、父親は母親が子供を抱えている以上養育費を払わなければいけない。男性は状況をコントロールできないのに常にお金を払う側にいて、憲法上男女が平等なわけではないんだと、連邦第6巡回区控訴裁判所で争われた事案がありました。

――それはどういった判決になったのでしょうか?

田畑: 平等権を侵害するほどのことではないということに加え、子供の保護が優先されるという話になり、この人の訴えは棄却されるのですが、今後の受精のあり方の変化を見据えて考えると、盲点を突いていると思いましたね。

高江くんが騙された部分とは?

田畑: 逆にお訊きしたいのですが、これからミサさんに子供ができたとして、それを高江くんが「騙された!」と捉えたとしたら、どこが騙された部分だと思いますか?

――ミサさんが妊娠をして、高江くんの預かり知らぬところで子供ができていたという点でしょうか。

田畑: でも、子供ができて子孫が残るのは結構なことじゃないですか。それがなぜ「騙された!」となって、損害があるとしたらどういう被害を被ってて、どう回復したいのかということになるのかな、と。憲法上の自己決定権=自分の生き方を決める権利にもつながる話ですが、今後を読む上でそこが気になるところだったんですよね。

――確かに、ミサさんは一貫して一人で子供を育てていくという考えですからね。

田畑: ドラマとしてはそういった展開のほうが面白いんですけれど、現実では、先程述べたように、子育てをしないで養育費を払わされる部分が肝になってくるんですよね。そこがどう現実と違い、ミサさんと高江くんならではの選択が飛び出してくるのかが、個人的に本作の今後の展開で楽しみなポイントです。

 

 

最新話では、ついに高江くんの嘘がミサさんにバレて……!?

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