連載6周年!『刷ったもんだ!』特別企画 同人誌制作をめぐる「印刷会社と漫画家の素敵な関係」

モーニング編集部も印刷会社さんを取材する中で、「うわあ、凝ってるなあ」と羨ましくなった同人誌に出会うことが多々ありました。その中でもグッと心をつかまれた2タイトル。凝る方向性は違えど、間違いなく所有欲をかき立てられた2作品です。これがいずれも同じ印刷会社=緑陽社さん(本社:東京都府中市)で刷られたものと知り、「描く人」「刷る人」それぞれに制作秘話を伺いました。

印刷会社の「あるある」をコミカルに描くお仕事漫画『刷ったもんだ!』。モーニング→モーニング・ツーと連載媒体を変えながら、おかげさまで連載6周年を迎えました。
本作の舞台は「虹原印刷」、同人誌と卒業アルバムを業務の2本柱とする印刷会社です。最新13巻では同人誌が大好きな海外からのお客様を迎えたエピソードが話題でしたが、

モーニング編集部も印刷会社さんを取材する中で、「うわあ、凝ってるなあ」と羨ましくなった同人誌に出会うことが多々ありました。その中でもグッと心をつかまれたこの2タイトル。

『the Chocolate Monster Maison Chocolate box set』(星野リリィ)

『Helvetica Standard Royal Straight Flush』(あらゐけいいち)

 

凝る方向性は違えど、間違いなく所有欲をかき立てられた2作品です。
これがいずれも同じ印刷会社=緑陽社さん(本社:東京都府中市)で刷られたものと知り、「描く人」「刷る人」それぞれに制作秘話を伺いました。

 

お話を伺った漫画家さん

星野リリィ

漫画家・イラストレーター。『ほしいほしい君がほしい』(光彩書房)で商業誌デビュー。主な商業作品に『都立魔法学園』(海王社)、『スーパーダブル』『おとめ妖怪ざくろ』(以上、幻冬舎コミックス)、『きぐるみ防衛隊』(講談社)など。アニメ『輪るピンクドラム』のキャラクター原案も手がける。同人作家としても精力的に活動中。

 

あらゐけいいち

1977年群馬県生まれ。漫画家・イラストレーター・アニメーション作家・ロゴデザイナー。2006年に「コミックフラッパー」(KADOKAWA)でデビュー。同年「月刊少年エース」にて『日常』を連載開始。同作は2011年にテレビアニメ化。2016年より「モーニング」で連載した『CITY』が2025年にアニメ化され話題に。同人活動は2003年からはコミティアにサークル参加。

 

PART1 星野リリィ×神保克宏(株式会社緑陽社 執行役員 )
『the Chocolate Monster Maison Chocolate box set』について

 

聞き手:モーニング編集部

──そもそも星野さんが緑陽社さんに同人誌の印刷を依頼したきっかけは?

星野リリィ(以下、星野): 同人誌を始めてイベントに行きますよね。そこで大手さんの本の奥付をみると、緑陽社さんと書いてあることが多くて。

──たしかに多いですよね。

星野: はい。どれも綺麗に刷られていました。当時の大手さんは、巻末のあとがきでご自身のことを書く方が多くて、そこには緑陽社さんとのやりとりも書いてありました。「社長さんとやりとりした」とか「極道入稿した」とか。

神保克宏(以下、神保): (苦笑)。

星野: コピー本を刷るのがやっとというペーペーには憧れでした、「大手さんだったら緑陽社さんで刷るんだ」と。背伸びしたくて、オリジナル本で変形本を作ろうと友人と話していたところ、変形本だったら緑陽社さんにと、私はついて行ったんです。それが初めてでした。たしかに今までお願いしていた印刷会社さんよりお値段は高いんですけど、やっぱり綺麗で。なので、私も次からは緑陽社さんにお願いしようと決めたんです。

神保: その頃、まだ私は緑陽社にいなかったですね。

──

星野: 当時は100部刷るのがやっとでしたから、まだ当時は営業さんと仲良く話せるような関係ではありませんでした。緊張しながら入稿に行っていましたね。

──それまで印刷会社に直接入稿に行くという経験はあったんですか?

星野: 緑陽社さんの前に、某社さんと某社さんには直接入稿しに行っていたんですが、当たり前ですがビジネスライクな対応で。その頃は「今日が締め切りと言ったら締め切り」という時代でしたから、特にやりとりはありませんでした。

──締め切りが延びるという発想がない時代ですね。

星野: いつだかはっきり記憶していないんですが、一度緑陽社さんに「表紙に総箔押ししたい」という話をしたことがありましたね。表紙に余白を残して箔押しするのが普通なのですが、背表紙も含めてすべて箔押ししたいと営業の方に言ったら「すごい値段になりますよ」と言いつつも、「ちょっと待っててください」と社長さんと交渉してお値段下げてくれたんです。

──おお!

星野: それで、社長さんが「うちもやったことないからやってみたい」と。なので「それなら」とお願いしました。金額は忘れたいから覚えてないんですが(笑)、すごく綺麗に刷ってくださって。「ダメもとでも相談すればやってもらえるんだ」ということを知りました。たとえ料金表にないことでも、ですね。変な本を作るようになったのはそこからです。

──無茶な希望も受け止めてくれる懐の深さ、ですね。

星野: もちろん、本当に無理なことはダメですけどね。でも、提案すれば「だったらこれならどう?」と緑陽社さんからも逆提案をいただけるので、そこからお付き合いが始まりましたね。

即売会直前は大忙しの緑陽社さん。すべては漫画を描き、楽しむ方々のために!

──印刷会社と向き合うことで、イメージがより膨らむようになったわけですね。

星野: 書店で見かける素敵な装丁が、同人誌でもできるんじゃないかと思いました。それまで同人誌は「料金表通りに作るもの」というイメージがあったのですが、それ以外もできるかもと、表現の可能性を考えるようになりました。

──そうしたやりとりで思い出深いことは、やはり双方からの提案の応酬ですか?

星野: そうですね。

※武川 星野さんは最初からものすごく面白いオリジナル作品を描いていたので、感激して「なんでもかんでもやってあげたい」と思いましたね。
※緑陽社社長

──印刷会社さんも尽くしたくなるような作品だったんですね。

星野: 当時は直接入稿だったんで、話しやすいというのがありましたね。当時からデジタル入稿していたら、額面通り、サイトにある通りのことしか考えなかったと思います。

──それ以上のことを相談するのは難しいですよね。

星野: 相手の顔が見えてこそ、「これできますか」と相談できますからね。どういう相手かわからないのに、わざわざ電話で相談なんて、できないですよね。新しく同人を始めたような方で攻めた装丁の本を作る方がいますけど、そういう方たちは本物のクリエイター気質というか、やりたい理想があってやっているんだなと感じます。自分だったらビビってできないかもしれません。

──印刷会社さんの心の広さで、みなさん安心して依頼しているのではないですかね。印刷会社側でそういう対応の工夫を考えているのでしょうか。

神保: イベントに出展して見本を展示して、「こういうのをやりたい」という相談を受けたり。今はZoomでオンライン相談会をしていますが、顔が見えるということで好評をいただいています。

──手段は変われど、やはり「 顔を見て」なんですね。

神保: どうしてもメールだけだと限界があります。

星野: 直接話さないと、曖昧なリクエスト──「こんな感じ」というのがうまく伝わらないんですよね。

──ところで、我々がその作りに驚いた『the Chocolate Monster Maison Chocolate box set』ついて伺います。

星野: この本は、紙から作ってもらったんですよね。

神保: 紙はセミオーダーです。

星野: それこそ「紙はこんな感じがいい」というリクエストをして。似たような紙はあったんですが…。

──こういう紙にしたかった理由は?

星野: 革張りみたいなゴージャス感を出したかったんです。もちろん革は無理なので、ニュアンスのあるヌメっとした紙にしたくて。紙見本にあるイメージに近いものと思ったんですが、やっぱりお高くて。すると神保さんが「紙、作れますよ」と。

──え? 紙から作る、と。

星野: 「紙、作れるんですか?」と聞き返しましたね。

神保: リリィさんが某チョコレートブランドの紙袋を持ってこられて、「こんな感じで」と。

星野: そうそう。その時作った紙で、袋も作って。「それなら料金を抑えられますよ」と。

神保: カレンダーも作りましたね。

星野: 箱を開けても開けても何かが出てくる仕掛けで。なんならもっと入れたかったんですが、時間がなくて。

漫画以外にもたくさんの「グッズ」を同梱。ワクワクするセットに!

──製作にはどれくらいかかったのでしょうか。

星野: そんなにかかってないんですよね。冬コミ出展ですが10月に言い出して…。「ガワ」ありきで考えた同人誌なので、紙に合わせてチョコレートの漫画を描いて…。本当はもっといろいろやりたかったですが、たしか12月25日に入稿したような。

神保: 記憶から消し去られています…(苦笑)。

星野: 緑陽社さん、大変でしたよね。袋入れは会場でしましたね。

──この同人誌セットは、やっていくうちにどんどんアイディアが膨らんで、アイテムが増えていったのですか?

星野: 箱に厚みがあるので、そのぶん何か入れないとガバガバになるよと、神保さんに言われて。でも、本当に時間がなかったので、たいそうなものは入れられず、入れても紙モノかなと。それでカレンダーを作りました。カレンダーにはケースがつくので、厚み問題は解消できますし。キレイに収まっている緩衝材については私は全然わからないので、そこは緑陽社さんにお任せしました。

神保: (緩衝材のサイズは)ちょっとキツかったですね…。

星野: (笑) 素人がやったら絶対うまくできないので「やってください」と。というような工程だったので、結果紙モノが多くなったというわけです。今だったらアクスタとか入れたら素敵だったかも。

──12月29日に完成品が届いた時の感想は?

星野: やり遂げた感がすごかったですね〜。思っていたよりセミオーダーした紙に厚みがありました。そして、袋がしっかりしていて、手持ちの紐もいい感じで。

──その紐も星野さんのご指定ですか?

神保: こちらで紙に合わせて選びましたね。

星野: 私は何も…ただ「いい感じにしてください」とお願いしただけでした。神保さんはイラッとしたかもしれないですが。とてもゴージャスに仕上がってきたので「やったぞ、みんな見てくれ!」という気持ちになりましたね。「こんな本、欲しいでしょ」と言いたくなる出来でした。

──「いい感じに」というオーダーを受けた時、印刷会社さんはどう思うのですか?

神保: この時は、星野さんから某チョコレートブランドの袋を見本としていただいていたことが大きかったと思います。それがないと「いい感じ」にはできなかったかもしれません。イメージをはっきりお伝えいただければこちらからもご提案ができますね。

──作家さんにご満足いただくための必須条件はあるのでしょうか。

神保: 基本的には、方向性で迷わないように、紙などの現物を見ていただくことですね。

星野: この本は、自分の力不足の部分はいっぱいあるのですが、本の仕組み、ガワの出来としては最高だと思っています。そして、この本の収まりがめちゃめちゃキレイで。私には絶対計算できない部分です。

神保: 設計図、まだ残ってますよ。

星野: 紙の厚みなどは、素人が計算したら絶対にガバガバになるかキツキツになるかどちらかだろうと。そこで失敗したら買う側も見ればわかりますよね。「同人誌だしサイズが合わなかったんだろうな」と。なので、これだけキチっとハマっていると、見た側も気持ちがいいですよね。

──仰る通りとてもキレイに収まってます。

星野: 中に入れる紙を、実際にチョコレートのパッケージに入っているような紙にしたいと相談しましたよね。それなら、より「チョコ感」が出ますので。そうしたら「特殊な紙だから高いですよ」と。

神保: 全く同じというのは難しいので、似たようなトレーシングペーパー系のものを提案しましたね。

星野: こだわった結果、おかげさまで当日完売しました。皆さん「すごい!」と。

高級感漂う作りは、まさにチョコレート!

──どこまでイメージを極めていくのか、という作業ですね。

星野: 「こんなこともできますよ」と印刷会社さんから言われるのが、一番楽しいです。一時期「ハート形の本ってできますか?」と相談したり、「宅配ピザの箱みたいな本も作れるのかなあ」と考えたこともありました。

──今後の同人活動で叶えてみたいことは?

星野: また「箱入り」はやってみたいですね。あと何かテーマを決めた「セット」をやりたいですね。突き詰めていくと、それは本である必要があるのかとも思ったり。本、漫画があくまでメインで、それを飾るためのグッズとして、作れたらなあと思っています。

神保: ドキドキしますね。

星野: 紙は高くなっていますしね。

神保: 種類も減ってますし。

星野: でも、やっぱり紙が大好きですから。紙見本も緑陽社さん経由で取り寄せていただいて。今となっては廃盤のものも多いですけど、見本帳は見ているだけで楽しいです。

神保: 新作の紙の情報を星野さんから伺うこともありました。

星野: 紙の本っていいですよね。印刷会社さん、緑陽社さんは、私たちの同人活動にはなくてはならない存在です。表現の幅を広げてくれるし、綺麗な印刷はいい作品に見せてくれるんですよ。線がシュッとしているだけで見栄えが全然違ってきますから、印刷は最後の仕上げでもありますね。それで自分のテンションも変わってきます。

 

──緑陽社さんはこういうリクエストにずっと応え続けてきたわけですね。

星野: めちゃくちゃ困らせてきたとも言えます…。

神保: 星野さんとのお仕事で、自分の引き出しが増えましたね。

 

 

あらゐけいいちに聞く
『Helvetica Standard Royal Straight Flush』と緑陽社

 

聞き手:モーニング編集部

コミティアでの出展時に話題となった、『CITY』のあらゐけいいちさんによるフルカラー同人誌『Helvetica Standard Royal Straight Flush』。海外の絵本のような装丁ですが、こだわりはそれだけにとどまらず、隅から隅まで遊び心を楽しめる一冊です。この本を印刷したのも緑陽社さん。あらゐさんに印刷会社とのエピソードを訊いてきました。

全ページ、隅から隅まで工夫を凝らし、遊び心たっぷりの一冊に。

──『Helvetica Standard』を同人誌として作ると決めた際に、緑陽社さんに印刷をお願いした理由は?

あらゐけいいち(以下、あらゐ): 実はその何年も前に緑陽社さんに頼んでいて、それをうっすらと覚えていたので、その記憶を頼りに神保(克宏)さんにメールしたんです。

──緑陽社さんにはどのようなオーダーを?

あらゐ: 正直、具体的なプランと言えるものはなかったのですが、神保さんが作ってくださったサンプルをいくつか見せてもらったんです。それが「どうやってこんな本、作ってるの?」のオンパレードだったので、めちゃくちゃ心躍りました。その中で一番しっくりくる形のモノがあったので、参考にさせてもらいました。

──オンパレードとはすごいですね!

あらゐ: 印刷会社がこんなに丁寧に、親身になってくれるのかと、ただただ感謝感心しておりました。次に、もし同人誌を作るとしたら、もう神保さんしか見えません。

──そんな理想の関係から生まれた『Helvetica Standard Royal Straight Flush』ですが、まず紙にこだわりを感じました。

あらゐ: 紙は神保さんからの提案です。私に紙の知識は、ケント紙とコピー用紙くらいしかありませんので。

──紙だけでなく、カバーが本体とくっついている仕様も珍しいですよね。

あらゐ: これもまた、神保さんからの提案です。私にはあのような知識はございません。

カバーと本体が一体化している斬新なデザイン。これ、実は珍しいのでは?

──ということは、もう「神保プロデュース!」ですね。できあがった時の感想は?

あらゐ: やっぱりですね、いつになっても感動するんです。初めてコミティアでオフセット本を手に取った感動と全く同じでした。感動は色褪せません。あと、匂いがいいんですよね。

──あらゐさんにとって、印刷会社とのやりとりとは?

あらゐ: 知らない知識をたくさん教えてくれるので、新しくて楽しい扉が開きそうな、そんな瞬間が多々ありました。改めて、紙で見る漫画というのはいいなあと感じましたね。

 

以上、星野リリィさん、あらゐけいいちさんへのインタビューでした。お二人とのやり取りから、印刷会社とのやりとりは「理想にどうやって近づけるか、理想をどう叶えるか」の積み重ね、という印象を受けました。『刷ったもんだ!』の虹原印刷も、描き手の理想と「本気」をどうかたちにするか、きっと日夜奮闘していることと思います。そんな評判を聞きつけた海外のお客様が会社見学をするエピソードが最新13巻で読めますので、ぜひご覧ください。

 

 

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